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協力体制

 千紗のアルバイト採用が決まり、オフィスのPCモニターを見て相談しながらシフトを組んでるいると寧々が不意に大切な事を思い出す。


「あっ! 採用を決めたのはいいが、そっちからの質問やらはあまり聞いて無かったな。何か聞きたい事は無いか?」


「これと言っては……そうだ! この会社って男性中心でセクハラとかパワハラとかは……」


「無いな。私が入社した十数年前はチーちゃんのイメージ通りの会社だったが現社長が就任してからゴミカス共は一掃されたぞ。飯場みたいだった事務所や休憩室、ゴミ溜めみたいだった作業場や私物化されたトラックも全部一新して今みたいなクリーンな運送会社になったんだ」


「一掃したって……現社長が会社の体質を根本的に改革した時、一番活躍したのは寧々ちゃんじゃねえか」


 不意に後ろから声をかけて来たのは白髪混じりの頭で黒縁の眼鏡をかけた初老の男性だ。


「ハッツン! まあ確かに老害のボスに真っ向から意見したのはこの私だけどね」


「初対面の時にケツ触られて笑顔で顔面に真空飛び膝蹴り叩き込むのが意見なのかい?」


「あれは肉体言語だ」


 そう言って大笑いする二人について行けず、ポカーンとしている千紗にハッツンと呼ばれた男性が声をかける。


「嬢ちゃん新入りかい? 俺はここで一番の古株で初田っていうもんだ。なんでも聞いてくれたらいいぜ」


「ハッツンは脳筋とも仲が良いからそっちの情報源にもなるぞ」


「嬢ちゃんハタケの知り合いか?」


「えっとっすね……」


「チーちゃんは脳筋の彼女の後輩であっちサイドのスパイだよ」


 あまりにもあからさまな寧々の言葉に千紗が噴き出すと初田は驚いた表情になった後、目を閉じて何度も頷いていた。


「ハタケに女が出来たって本当だったのか……なんだか嬉しいねえ」


「そうだろ、そうだろ! あの脳筋が女と付き合うって驚きだわ」


 そのやりとりを見た千紗は首を傾げる。そもそも彼女がここでバイトしようとした理由の一つは、畠山がルックスは悪く無いし、コミュ力もあり、かつては甲子園のスターだったというのに女性との交際経験が無いという事に疑問を持つ友人が多いから真相を確かめる為だ。


「すいません、畠山さんについての質問っす」


「おっ、何だチーちゃん?」


「支障のない範囲だったら答えるぞ、嬢ちゃん」


 千紗は二人にモテ要素の多い畠山に交際経験が無いという事に友人達が疑いを持っている為に畠山がどんな人間なのか調べに来た事、そして明梨が父親のDVにより男性が苦手になっていたが守ってくれていた祖父と似た畠山に恋をしてストーカーに近い状態になり紆余曲折を経て交際する事になった事を伝えた。


「なるほどねえ……確かに脳筋の身体をガン見して汗の匂いを嗅ぐとか一見すると変態行為だが彼女の素性を聞いたら分からんでもないな」


「そんな出会い方をしたのにハタケが嫌がらずに付き合うことにしたのは、女を意識した事がないのが良いように働いたのかもしれんの」


「やっぱり私達から見たらモテそうな細マッチョのお兄さんに女っ気が無い事が不思議なんすよね」


 千紗の呟きに寧々と初田は苦笑いになる。


「脳筋はストイックというか信じられんくらいにクソ真面目なんだよ」


「何というか仕事と自己研鑽だけが人生の全てみたいな奴だからな……野球に未練は無いと言いながら未だに身体をキッチリと作ってやがる」


 千紗は二人が何を言っているのかよく分からず、首を傾げる。どんなに真面目でストイックな人間だってモテたいとは思うし、寄ってくる異性がいればその気になるはずだ。


「今の若い子の感覚じゃ分かり難いかな?」


「あっそうだ、教育係はフライ級にやらせようか?」


「蒼太か、確かにあいつはハタケと仲が良いしお嬢ちゃんと歳も近いから丁度いいだろう」


 そう言って寧々は内線をかけると誰かにすぐ事務所に顔を出すように指示を出す。しばらく待つと小柄で華奢な若い男性が入って来る。


「チーッス、姐さん何の用ですか?」


「おうフライ級、悪いけど明日の早朝シフトから新人の教育頼むわ」


「いいですよ」


「よろしくお願いします」


「えっ⁉︎ 女の子? 姐さん、ウチって基本的に新人教育は同性がやるんじゃ……」


 困惑する青年に初田が笑いながら話しかける。


「蒼太、この娘はハタケの彼女の後輩なんだ。先輩が付き合ってるのがどんな男か心配でバイトのついでに職場を調べに来たんだよ」


「ぶっちゃけるとモテ要素満載の畠山さんが女の子と付き合った事が無いって言うのが信じられ無くて真相を暴きに来たっす」


「ぶっちゃけるねえチーちゃん。まあそういう事だからこの子よろしく頼むわフライ級」


 フライ級と呼ばれた青年は千紗を興味深そうに見るとホッとした顔になる。


「ヤスさんに彼女が出来たって本当だったんだ……今日はもう仕事終わりだから少しなら時間取れるな。僕はバイトの武田蒼太、ヤスさんとは一緒にトレーニングしたりしてよく話すから協力出来ると思うよ」


「立川千紗っす明梨先輩が変な男に引っかからないように見守る会の一員っす」


「仕事は明日から教えるとして、今日はヤスさんと彼女について色々と教えてよ。ところで此処にはどうやって来たの」


「チャリっす」


「丁度いいや、今から緑町のガズドで話しようか?」


「こっからチャリで十五分くらいっすね、いいっすよ」


 手続きと挨拶を済ませて千紗がロードバイクを取りに行くと上下ジャージ姿の蒼太がついて来る。


「じゃあ行こうか」


「へっ⁉︎ チャリじゃないんっすか?」


 驚く千紗に構わず蒼太は走り出す、そのスピードはロードバイクを普通に漕いで進むのとほとんど変わらない。そのままのスピードでガズドまで約十五分走り切ったが蒼太の呼吸はさほど乱れていなかった。


「スゲーっす! 武田さんってマラソン選手とかっすか?」


「プロボクサーだよ。姐さんがフライ級って言ってたろ? ちなみにヤスさんはもっと走れるよ」


「えっ⁉︎」


 驚く千紗に蒼太は少し寂しそうな顔で言う。


「ヤスさんは怪我で野球やめた後もプロスポーツ選手と変わらない身体を作り続けてるんだ。他の生き方が見つけられないって言ってるけどなんかちょっと悲しいだろ? そんなヤスさんに彼女が出来たとなったら上手くいって欲しいって思うのは当然だよね。僕達バイトや若手の社員は色々と世話になってるしな」


「あのお兄さんってみんなから好かれてるんすね……明梨先輩と同じっす」


 それから二人はファミレスガズドで情報交換し、羽柴冷凍運輸の若手社員及びアルバイトと明梨の友人達との間で二人の仲を取り持つ協力体制を作るべく話し合いをし、SNSのフレンド登録をした。


 こうして筋肉と眼鏡が知らない所で外堀が埋まっていくのだった。

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