筋肉と眼鏡の友人達
「デートプランはあんなもんでいいんじゃないかな。それにしてもあのハタケが女と付き合うか……少しはあいつの意識が変わればいいんだがな」
神坂英雄はかつてのライバルの小さな変化を心から喜んでいた。
いつも野球には未練がないと言っているが仕事以外は特に趣味も無く、遊びらしい遊びもせず唯ひたすらランニングと筋トレでプロアスリート並みの肉体を作り続けている畠山の事が心配だったのだ。
神坂の目から見て畠山泰明という男はストイック過ぎた。
日本プロ野球界を代表するエースピッチャー神坂と甲子園で戦い今では一流選手揃いとなった「神坂世代」の誰よりも高校大学を通して練習に励み学業も疎かにしなかった。
一流のプロ野球選手だって練習ばかりしているわけではない。女遊びをするし酒を飲めば煙草も吸う。ギャンブルやゲームもするし釣りやゴルフなど野球以外の趣味を持つ者がほとんどだ。
しかし畠山という男は肘を壊して大学野球とプロ入りの道を断念した後もストイックだった。
特待生では無くなると学費や生活費を住み込みのアルバイトで賄い勉強の成果で見事に教員資格を取得して卒業し、アルバイト先の運送業にそのまま就職。
就職後も運行管理者に衛生管理者、中型ならびに大型免許他運送業に必要な資格を取得し日々業務と自己鍛練に勤しむ日々。
軽い飲酒はするが羽目を外す事はなく読む本も実用書か文芸作品がほとんど、職場の先輩に誘われて風呂屋|(入浴料とサービス料が別表記のところ)には行くが付き合い程度。とにかく公私共にクソ真面目な男なのだ。
「だけどアイツがいなかった俺達の世代が黄金世代と呼ばれる事は無かったんだよな」
確かに神坂の世代は才能には恵まれた選手が多かった、しかし才能だけでは超一流にはなれない。知恵と努力と根性で彼等を追い詰めた畠山泰明という男がいたから自分達はここまで成長出来たのだと黄金世代の選手達は思っている。
「そうだ! ハタケに女が出来た事をあいつらにも教えてやんないと。みんな驚くだろうな」
そう呟きながら神坂英雄は同年代のプロ野球選手達にメッセージを送るのであった。
友人達によって着せ替え人形にされた真田明梨が疲労困憊で寮に帰ったその日の夜。大学近くのファミレスでは親友である梅野香苗を中心に、明梨の友人、先輩、後輩達が集まっていた。
「ちょっと明梨を引きずり回し過ぎたかなぁ?」
香苗が呟くと自称明梨の初恋応援団が苦笑いで明梨の事を話し出す。
「明梨ちゃんバテバテだったわねえ」
「ほら、あの娘普段オシャレとかしないから」
「でも山道とかいくら歩いても平気な顔してるのにあんなに疲れるなんて不思議ねぇ」
「なれない事すると疲れるのよ」
友人達が話していると後輩でルームメイトの立川千紗がボソリと呟いた。
「でもなんか、みんな明梨先輩で結構遊んでたっすよね」
彼女の呟きに場が一瞬凍りつく。最年長の四回生、田中麻耶の運転するワンボックス車でショッピングモールをハシゴしてカジュアルブランドの店やアクセサリーショップを何軒も周っては一日中、明梨を着せ替え人形にしていたのだ。
「明梨ちゃんって小ちゃくて可愛いけど出るところはちゃんと出てるし引っ込むところは引っ込んでるのよね。色白で髪質もいいし本当にお人形みたい」
「本当にあの娘って行動だけじゃなく心身共に女子力が高いのよね」
「そばかすはあるけど肌もきれいだしね。化粧っ気はないけどすごく清潔だし」
「身の回りの整理整頓も完璧っすよ。寮の部屋も掃除が行き届いて綺麗すっしワタシの散らかった机も片付けてくれるっす」
「う〜ん、聞いていると何だかチーちゃんのお母さんみたい」
「チーちゃん、お部屋は自分でちゃんと片付けないと……」
「明梨先輩がいないとチーちゃんの所、お部屋じゃなくて汚部屋になっちゃうね」
「う〜ヤブヘビだったっす」
千紗が自爆すると香苗が巧話題の方向性を変える。
「ところで明梨についてはみんなどんな娘なのかよく知ってると思うんだけど相手の畠山さんについてはどう思う?」
「細マッチョのイケメンかな?」
「凄く真面目そうだったわね。明梨ちゃんが好きな冷たいものを聞かれたけど、結構丁寧な言葉遣いだったわよ」
「確かに彼ってトラックの運転手にしては荒っぽく無いのよね。礼儀正しくて紳士的だし、なんていうかスマートな感じ」
「そう言えば香苗先輩、畠山さんについて調べてみるって言ってたっすよね」
全員の視線が香苗に集まると彼女は少し考えるような仕草をしてから話し始めた。
「畠山さんが明梨に送った画像にレールウェイズのエース神坂英雄とのツーショットがあったのよね」
「神坂英雄?」
「レールウェイズって言っても、プロ野球には興味ないからなあ」
「自動車保険とビールのCMに出てる人っすよ」
「あっ、トニー損保とアサヤケスーパードライの人か! えっ⁉︎ あの人そんな有名人と知り合いなの?」
「うん、そして畠山さんって大学で肘を怪我するまで野球をしてたって言ってたから調べてみたの……検索で彼の名前を調べてみたら結構出て来るし、野球好きのお父さんに聞いてみたら甲子園を沸かせたエースだって言ってたわ」
香苗の話を聞いてみんなが一斉にスマホで検索し始める。
「本当だ! 高校野球ファンの間では結構有名なんだね」
「怪我して野球辞めちゃったんだ」
「今ではトラックドライバーをしてるって話は載ってないわね」
「でも過去の事とは言え、甲子園のスターだったんならモテたんじゃないかな?」
「それが異性と付き合った事は無いらしいのよねぇ」
香苗の言葉に友人達が反応する。
「本当かしら?」
「あのルックスで有名選手なんだったら女の子なんか勝手に寄ってくるわよね」
「まさか明梨ちゃん遊ばれてるとか無いわよね」
畠山について疑惑を持ち始めた一同の中で千紗が突然立ち上がる。
「心配いらないっす! ワタシがあの細マッチョを丸裸にして本性を暴いてやるっす!」
「でもチーちゃんネットの情報や紙媒体の記事でも今の畠山さんのプライベートを暴く事は出来ないわ」
そう言う香苗に対して千紗は鼻を鳴らして不敵な笑みを浮かべる。
「フフフッ…….実はワタシに秘策があるっすよ!」