筋肉、友人とデートプランを練る
「とりあえずドライブには誘ったけどデートって何をやっていいのかさっぱり分からないんだが」
「まあ、とりあえず一緒に車乗って食事に行って来い。その後の事は相手を見極めてから考えるのがベターだ」
ニュース番組のスポーツコーナーを見ながら電話で会話している相手は、先発登板した時には必ずこのコーナーで名前が出るレールウェイズのエース神坂だ。
俺が真田さんとコンビニで出会った事を知ってからというもの、俺と彼女を付き合わせようと企んでいる。
シーズン中なんだからちゃんと練習と調整をして試合に集中しやがれ!
「とりあえず今日までに手に入った彼女の情報はDMで送ってるから」
「今見てるよ、コンビニ周辺でそんなに大勢の友達が見守ってたんならコミュ力は低く無いな。弁当の味がお前の舌を納得させられるレベルなら女子力は相当高いと見て間違いない」
今日、弁当を作って持って来てくれたのは予想外だったけど彼女の事を少しは知る事が出来た。あれっ? 俺、真田さんの事をもっと知りたいと思ってる? こんな感情を持ったのは初めてかもしれない。
「それにしてもデートプランって結構色々と考えないといけないんだな」
「当たり前だろ! いいかハタケ、デートにしろその後にしても女と付き合う上で一番大事な事はいかに女を喜ばせるかだ! 男が自分の好きな所に連れて行き自分の好きな事をして自分の好きな物を食べるようなデートは俺から言わせればハラスメントでしか無い! 女と楽しく付き合う秘訣はサービス精神だということをしっかりと覚えとけ!」
「はっ、はい!」
神坂は球界一と言ってもいいモテ男なんだけど、女性関係でトラブルを起こした事は一度も無い。二股をかけたり人の女に手を出す事は一切しないし、付き合う相手の事は徹底的に調べ上げ地雷を踏む事は絶対に無い。
とにかく誰にも恨まれず、妬まれず、付き合う女性を満足させて別れる時もスマートだ。
こいつ……もしかして野球よりも女の扱いのほうが才能あるんじゃないだろうか?
「今、俺が野球よりも女遊びのほうが才能あると思ったろ?」
「うへぇ⁉︎」
神坂、エスパーか⁉︎ 俺がそう思って思わず声を漏らした瞬間、スマホのスピーカーから馬鹿笑いする声が聞こえてくる。
「ハハハッ、いや読心術とかじゃねえって。クソ真面目なお前の考えてる事くらいは簡単に分かるさ。まあ野球の実力に関しては才能プラス努力だが女の子と上手くやるコツは好きでやってるうちに覚えていった……まあ美味い飯が食いたくて料理を始めて凝ってたらいつの間にか上達したようなもんだ」
例えはよく分からんが女心も付き合い方もさっぱり分からない俺が真田さんと上手くやっていくには、こいつに頼る以外に道は無い。
「それで真田さんを満足させるデートプランってあるのか? 情報はかなり少ないと思うんだが」
「まあ、初デートだからな今の段階では十分な情報量だ」
神坂はニヤリと笑うとスマホを取り出して画面をスワイプさせながら俺に話しかける。
「まずは行き先だがとりあえず海だ」
「海? 初っ端から海水浴か?」
「いやいやまずは海辺のドライブだ。彼女は長野県出身で男と付き合った事が無く育った環境も農家なんだろ? 長野は海無し県だし農家だと旅行に行く機会も少ないからな」
「なるほど海は珍しいって事か。でも大学生なんだったら友達とかと海に行く事だって……」
「そんなに無いと思うぞ。美大のデザイン学部で夏休みも課題やコンクールがあるから盆くらいしか実家に帰らないんだろ? それに彼女、色白であまり日に焼けてないから海にはあまり行ってないはずだ」
「でも彼女そばかすがあるだろ? あれって日焼けが原因なんじゃなかったかな?」
「ああ、あの濃さだったらそばかすが出来たのは十中八九、子供の頃だろうな。あと彼女が海にあまり行った事が無いという予想は俺の経験と言うか勘でもある」
神坂の場合は勘という言葉が一番信用出来るんだよな。甲子園で投げ合った時もプロ入りしてからも此処ぞという時の直感は超能力に近い。
「海に行くとしても海水浴じゃないならどこに行ったらいいんだ?」
「まあ、最初だから岬の灯台とか展望台、海辺のカフェなんかがいいだろうな。水族館やミュージアム、アミューズメント系はもう少し彼女の趣味趣向を把握して親密になってからだ」
「女と付き合うのって頭使うんだな」
「ああ本気の恋愛はピッチングの組み立てや試合中の駆け引きなんか比べものにならないくらい頭使うぞ。まあ楽しいしやり甲斐もあるからいいんだけど」
ピッチングや試合よりも恋愛のほうに頭使うってお前プロだろ? いやこいつは超一流だからいいのか、まあ仕事と趣味はまた別物だという事で。
「海辺のドライブか……仕事と日常の足以外で運転した事ってあんまりないんだけど大丈夫かな?」
「お前は基本的に法令遵守の安全運転だから心配無いぞ、イケイケの運転をする奴は大概嫌われるからな。それよりも今後も女の子を乗せるんだったら車を買い替えたほうがいいかもな」
えっ⁉︎ 今乗っているジムニー、小回りが効くし使い勝手もいいから気に入ってるんだけどな。
「軽って駄目なのか?」
「駄目な事は無いんだがジムニーだとシートが小さくて狭いし乗り心地も良く無いだろ? トラックドライバーのお前は平気だと思うけど慣れてない人間には長距離はキツいぞ。出来たら居住性重視のセダンかコンパクトかな、SUVが好きなら乗用車ベースの奴もあるぜ」
ん〜車の件はとりあえず置いといてドライブコースをどうするかだな。そう思っていたら神坂は既に俺から聞いた真田さんの情報を元にコースと立ち寄りスポットを考えてくれていた。
「まずは漁港の方から海岸線を走って灯台を目指せ、海がよく見えるカーブが緩い道だから会話がし易い。時間があるなら灯台近くの喫茶店がロケーションがいいからおすすめだ」
うん、道幅も広そうだしゆっくりと走れそうな道路だ。
「灯台を過ぎて小一時間走った所に展望台とその少し先に、ナチュラル雑貨を扱うショップを併設したカフェレストランがある。俺の見立てじゃ彼女の好みに合うはずだ」
あれだけの情報でそこまで分かるのか? やっぱりこいつの勘って女に関してはエスパー並みなんじゃ……。
「シーフードパスタやピザ、海鮮を使ったサラダやアラカルトが豊富だから山育ちの彼女は喜ぶと思うぞ」
「行き先と行程はこれで良しだな、あとは当日に何かあったらDMで……」
「あっ! すまん、言い忘れてたがその日デーゲームで先発なんだ。当日は一人で頑張ってくれ」
えっ! 初デートでヘルプ無し⁉︎ 上手くやれる自信が全く無い……。
次回は筋肉と眼鏡の周囲が動きます。