眼鏡、デートに誘われる
ダメだ……クーラーが効いているのに、冷たい飲み物を飲んでるのに全身が熱いし、心臓の鼓動がハッキリと感じられる。今のわたしの体温はどれくらいあるんだろう? 血圧も凄く高いに違いない。それなのにこの空間にもっと居たいという感情が何なのか正直言ってよく分からない。
「ご馳走様でした、真田さん凄く美味しかったよありがとう」
「お粗末様でした口にあってるかどうか少し心配だったんで……」
「いや本当に美味しかった。おにぎりの握り加減や野菜の切り口、玉子焼きの焼き加減なんかはにわかだとあんなに上手に出来ないからね」
「長野にいる時は毎日台所に立ってましたから。お爺ちゃん家は農家で昼間はみんな外に出ていたんで家族のお弁当はわたしが毎日作ってたんです」
わたし家事全般は得意だし結構好きなんだよね。美味しい料理がつくれたり、お部屋が綺麗になったり、お洗濯物が気持ち良く出来るのは本当に楽しい。
自分の部屋以外もついでに掃除しちゃうし、乾いてる洗濯物があったらついつい一緒に畳んだり、お料理も頼まれたら寮生の分も作っちゃう。まあ洗剤や食材はみんなが出してくれるから経済面で助かっていて持ちつ持たれつなんだけど。
でも千紗ちゃんを始めとする一部の……いや寮生限定だと過半数から影でお母さんと呼ばれてるのはちょっと嫌だな。
「真田さんって最初は緊張しすぎたせいで変な娘だと思ってたけど、こうして話してみると凄く女らしいと言うか女子力が高いんだね……あっ! 今ってこんな事言うのはジェンダー差別になるんだっけ?」
「わたしは言われても大丈夫というか、畠山さんにそう言われると嬉しいです」
なんか男らしいとか女らしいって言う事が差別とか性による格差を無くせって風潮が強いみたいだけど神経質になり過ぎるのもどうかと思うんだけどなあ。
「お弁当箱はちゃんと洗って返すよ」
「あっ、それならわたしがちゃんと洗うからいいですよ。えっと……もし良かったらこれからもお弁当を作らせていただいてもいいですか?」
恐る恐る畠山さんに聞いてみると彼は少し困ったような顔をする。
「真田さんって料理上手だからありがたいんだけど、まだ知り合って間も無いのにこんな事をしてもらうのも申し訳なくて」
「お弁当を作るのは苦にならないからいいんですよ。それに……今日、お弁当を作ったおかげで畠山さんと沢山お話し出来ましたから」
そう、今日は畠山さんが三重県出身で実家が鰻屋さんだと言う事を知る事が出来た。これから話す回数が増えればもっと彼のお話が聞けるし、過度な緊張にも慣れてくると思う。
「それじゃあお言葉に甘えようかな、ところで始めて会った時は真田さんとマトモにコミュニケーションが取れるのかと思って心配だったけど緊張が解けたら真面目な娘だと分かって安心したよ」
「とんでもないです! まだまだ緊張でクラクラしていて今にも倒れそうなんですよ。胸は凄くドキドキしてるしクーラーが効いてるのに汗の量が凄いんです」
わたしがそう言うと彼は両手を開いて見せて恥ずかしそうに笑う。その手は今手を洗った直後で拭っていないくらいにビッショリと濡れている。
「俺も緊張してこんなになってるよ、若い女の子と二人きりなんて初めてだからね。うっかりと塩むすびを手で食べてたら塩分過多になってたな」
わたしが思わず吹き出して笑ってしまうと彼もつられて笑い出した。まだまだ緊張は取れてないけれど畠山さんと話している事が段々と楽しくなってきた。
「そうだ真田さん、もう大学は夏休みになると思うんだけど休み中は長野に帰るの?」
「サークルでコンテストに出す作品の制作や学祭用の作品に学校の施設を使いたいし、アルバイトのシフトがあって友達とも予定があるのでお盆に一週間ほど帰省するくらいですね」
「それじゃ来週の水曜か土曜日に予定ってあるかな?」
「水曜日は夕方から、土曜日だったら一日空いてますよ」
「それじゃ土曜日にドライブと食事なんてどうかな? 友達が……あっ! この間の写メに写ってたあいつがそういうところに詳しいから良い場所教えてもらうよ」
「へっ⁉︎ あっ、はい! 大丈夫れす!」
「それじゃそろそろ午後の配送に行く時間だから……あっ! お弁当ごちそうさま! また作ってくれるなら休みや、滅多に無いけどここに来れない日をDMで送っておくよ」
「あっ、お仕事頑張って下さい、お気をつけて!」
畠山さんのトラックを見送ってため息を吐くと、コンビニの中と駐車場から香苗、千紗ちゃんをはじめとするわたしを見守っていた友達にいつの間にか周りを囲まれていた。
「明梨、話は聞かせてもらったわ!」
へっ⁉︎ 話を聞いたって……香苗達はトラックからかなり離れた場所からわたしを見守っていたはず。
「ふふふ、実は明梨先輩のトートバッグに盗聴器を仕掛けてたんすよ」
千紗ちゃんが悪そうな笑顔でそう言うけどそれって犯罪なんじゃ……。
「固い事は言わない、必要悪よ明梨ちゃん」
「正直言ってあの細マッチョがどんな男なのか分かんなかったしね」
「真田先輩にお似合いの真面目そうな人で良かった」
みんなが口々にそう言うと香苗がわたしの両肩をガッチリと掴み真剣な顔になる。
「まあ盗聴は悪かったけど来週の土曜日、明梨の人生初デートよね。私達が全力でサポートするわ!」
へっ⁉︎ 人生初デート? 私の⁉︎ えっ? 土曜日に畠山さんと一緒にドライブと食事に行く約束をなんとなくしちゃっ……!
「これってデートなの⁉︎」
自分の顔がたちまち赤くなっていくのが見えていなくてもハッキリと分かる。
「デートじゃん!」
「デートっす! とりあえず明梨先輩お洋服買いに行くっす! 初デートにオシャレは大事っすよ!」
「アクセサリーもろくに持って無いよね? そんなに高く無いのでいいから買ったほうが良いよ」
「車出すから今からみんなで見にいこうよ!」
「メイクはわたしに任せて! ソバカスは隠そうか⁉︎」
「明梨のはむしろチャームポイントだからそのままが良いって!」
「とりあえずそこのサイデリヤで作戦会議にしましょう!」
何気なく決まってしまった初デートにわたしが動揺しているうちに友人一同が滅茶苦茶盛り上がっている。わたしこれからどうなっちゃうんだろう?