眼鏡、筋肉にお弁当を渡す
平日のお昼過ぎ、いつものコンビニで畠山さんを待つ。SNSのやり取りだけじゃ埒が開かないから出来るだけ直に会った方が良いというみんなからのアドバイスでこうしてるんだけど……わたしのすぐ側には千紗ちゃんと香苗がいて、少し離れたところからは寮生と同じアトリエの娘や仲の良い大学の先輩、同期、後輩達が様子を伺っている。
わたしが畠山さんの肌着を握りしめて逃げるところを見てた人や寮や大学での様子がおかしいと心配してくれた人達が千紗ちゃんと香苗に事情を聞いてわたしの初恋を応援してくれようとしてるんだけど……とにかく数が多い!
コンビニの中に四人、駐車場に二人、私の側に千紗ちゃんと香苗、今ここにはいないけど応援してくれる友人達は他にも沢山いる。
さらにコンビニのオーナー夫婦まで「ハタケくんのこと好きなんだよね」「応援してるわよ」とにこやかに言われる始末。
今考えると陰から半裸の畠山さんを覗き見しているところや彼の肌着の匂いを嗅いでいるところ、見つかって変な事を口走って逃げ出した事や彼に話しかけようとしてパニクったところを結構沢山の人達に見られている。
「ねえ香苗」
「ん……どったの?」
新製品のマンゴーラムネヨーグルトフラペチーノを飲んでいた香苗が振り返る。
「わたしって畠山さんの件で色々やらかしてるよね。何でみんなこんなに助けてくれるんだろ?」
「面白いからっす」
無言で繰り出された香苗のチョップが千紗ちゃんの脳天に直撃した。結構本気でやったらしく、千紗ちゃんが頭を押さえてうずくまっている。
「明梨って面倒見が良くて優しいからよ」
「そうかなあ? 別に普通に生活して勉強や創作しているだけなんだけど」
コンビニや駐車場で見守ってくれている娘達も口々にわたしを激励してくれている。
「真田さん応援してるからね!」
「先輩が配送のお兄さんと仲良くなれますように」
「チーちゃん邪魔しちゃだめだよ!」
「香苗、ちゃんとフォローしてあげてね」
「緊張しないで自然体だよ明梨ちゃん」
何でこんなにみんなわたしの事を応援してくれるんだろう? 口には出していないわたしの疑問を察したのか香苗が優しい口調で言う。
「明梨って良く気がつくし、すぐに行動するから無意識に人を助けてるのよね」
「さらにお人好しで嫌味が無くて見返りも求めないところが誰からも好かれるっす」
「そろそろ畠山さんが来る頃よね、ワタシ達も離れて見守ってるから頑張ってね」
「困った時はワンギリするっすよ」
香苗と千紗ちゃんもコンビニ内外の見守りポジションに移動する。困った時には助けてくれるとは言ってもやっぱり畠山さんと一対一で話すのは緊張するなあ。
しばらくすると畠山さんのトラックがやって来ていつもの場所に駐車をする。
「こんにちわ真田さん、先に仕事を済ませるから少し待っててね」
「はい! 畠山さんを待ってます! いつまでも!」
「すぐに終わるよ、そんなに緊張しなくてもいいからリラックスして待っててね」
確か畠山さんもまともに女の子とお付き合いした事が無いって言ってたけどその割には落ち着いてるなぁ。やっぱりプライベートじゃ交際経験が無くても社会人だからお仕事とかで異性と話す機会があるからだろうな。
わたしはお爺ちゃん以外の男の人が怖くてずっと避けてたから全然ダメだぁ。
少し落ち込みかけたその時、スマホに沢山の通知が来た。
「明梨、リラックス」
「真田さん今のうちに深呼吸」
「先輩、焦らないで!」
「明梨ちゃんゆっくりでいいんだよ」
「彼が配達してる間に落ち着こう」
「明梨先輩ファイトっす」
みんなからのメッセージを見てたらなんだか元気出た! 焦らずゆっくりと畠山さんと話そう。
「真田さんお待たせ、先に汗流してもいいかな? 見ててもいいからさ」
水道で汗を流してわたしがプレゼントしたタオルで拭うのを見ていると、勝手に覗き見していた時よりも胸がドキドキする。
どうしてだろう? 前よりも距離が近いから? 知らない同士じゃなくて知り合いになったから? 理由を考えてみてもよく分からないや。
「お待たせ、それじゃあコンビニで昼飯でも……」
今だっ! わたしはトートバッグからハンカチ包みを取り出すと両手で畠山さんに差し出す。
「えっと……お弁当作って来たんです! もし良かったら食べて下さい!」
彼は少し驚いた顔をするとニッコリと微笑んでひと言「ありがとう」と言ってお弁当包みをトラックに置くとコンビニに入っていった。何で? と思っているとコンビニから出て来てわたしにカップに入ったフラペチーノを手渡す。
「ずっと俺が来るのを待っててくれたみたいだから暑かったよね。ちょうど中にこの間の画像にに写っていた友達がいたから真田さんの好きな冷たい物を聞いてみたんだ」
確かに手渡されたフラペチーノは今シーズンのわたしのお気に入り、白桃ミルクフレーバーだ。千紗ちゃんが彼に教えてくれたんだな。
「トラックの中、クーラー効かせとくから中で話さない?」
えっ⁉︎ 周りから見えると言ってもいきなり密室で二人きりだなんてわたしにはハードルが高い気が……そう思いながら助手席に乗り込むと物凄く懐かしい匂いがした。
お爺ちゃんと乗る軽トラの匂いに似てる! わたしが軽くトリップしていると畠山さんがお弁当の包みをほどきながら「それじゃ、ありがたくいただくよ」と言って箸を手に取る。
「この漬物、もしかして真田さんが漬けたの?」
「はい……えっ⁉︎ 何で分かったんですか?」
「スーパーじゃこんな丁寧な糠漬け売ってないしね、専門店か自家製かなと思って。この辺には漬物屋さんなさそうだからね」
「寮で漬けてるんです、寮生のみんなに好評でお野菜は持ち寄ってくれるから材料費はほとんどありません」
「まあ、このレベルなら持ち寄るよな。蓮根の挟み焼きや玉子焼きも美味しい、塩むすびの塩梅もいいから普段から自分で料理してるんだね」
えっ⁉︎ お弁当一つでそこまで分かるなんて、畠山さんってかなり舌が肥えてる?
「えっと……畠山さんって結構グルメなんですか?」
「実家が飲食店だからついついね。三重じゃ結構有名な鰻屋なせいか、よく味にうるさいって言われるんだ。大学の寮の飯は不味かったから今では贅沢言わないけど」
「えっ! じゃあ私のお弁当なんか……」
「美味しいよ。すごく丁寧に作ってあるし、糠床の管理もしっかりしてるよね。お弁当の包み方や盛り付けも繊細だし、真田さんがきめ細かい配慮が出来る真面目な女の子だってよく分かるよ」
どうしよう! すごく嬉しい! クーラーが効いているし冷たいフラペチーノを飲んでるのに自分の顔が熱くなっている事がよく分かる。でもこの緊張状態、これ以上続けて保つかな私?