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筋肉はかつてのライバルに背中を押される

 今日の業務が終了し愛車であるスズキジムニーで自宅アパートに戻ると俺が月極契約している駐車位置にマセラティ・クワトロポルテが停めてあった。

 高校時代、甲子園で投げ合ったかつてのライバルであり友人の神坂英雄が窓から手を振りいつも通りの挨拶をしてきた。


「半年ぶりだなハタケ! 相変わらず運送屋で燻ってるのか?」


「俺は今の生活に満足してるって何度も何度も言ってるだろ? それなのにどいつもこいつも俺がまだ野球に未練があるみたいに言うから……最近はいい加減に腹が立つようになってきたよ」


 駐車場の車を入れ替えて神坂の車に乗せてもらう。飲みに行く時は大体このパターンだ、八年前の初対決の後、SNSのフレンド登録をしてから主に野球談義でやりとりをしていた。


「ところで神坂、ちゃんと今日も運転代行サービスの手配はしてるんだろうな?」


「当たり前だ! レールウェイズの神坂、飲酒運転で逮捕! とかスポーツ新聞やワイドショーのネタにされたら洒落にならん!」


「日本を代表する投手が不祥事やスキャンダルで調子を崩したり選手生命エンドとかやめてくれよ」


 二人で軽口を叩き合っていると神坂が急に真剣な顔付きと口調になる。


「なあハタケ、お前本当に野球に未練はないのか?」


 やれやれまたこの話か……コイツだけじゃなくかつてのチームメイトや友人、羽柴冷凍運輸の社長以下管理職から先輩に同僚や後輩、おまけに家族までが俺が野球に未練があると思ってやがる。


「さっき腹が立つようになったって言ったろ。今の職場は居心地が良いし生活にも満足している、本当にどいつもコイツも……」


「着いたぞ」


 神坂に連れてこられたのは煉瓦造りの門に華やかな庭園、南欧風の建物の洒落たイタリアン? スパニッシュ? まあ地中海料理のレストランだ。神坂が俺を誘うのはほとんどが西洋料理かアジアン、中国料理か洒落たバーだ。


「毎回男同士でこういう所に来るのも何だかなあ……こういう所には女の子を連れてこいよ」


「もちろんデートにも使ってるさ、ただお前を和食系に誘うのは気がひけるんだよ。なんと言っても飯の炊き方は俺が知る限り、お前の実家の店が一番美味いからな」


「そうだな……今は慣れたけど寮生活を始めた頃は飯が不味くてたまらなかったな。確かに実家に帰った時は飯が滅茶苦茶美味いわ」


「そうだろ? お前んとこの店の飯と実家で喰わせてもらった飯ほとんど同じ味だったからな。おかずも美味かったしどうしても和食には連れて行きたくねえ」


 俺の実家は津市でも有名な行列の出来る鰻屋だ。店は兄貴が継ぐ事になっており毎日親父にシゴかれているが、去年長男が産まれると少し丸くなったらしい。

 家族みんなで俺を応援してくれていたから肘を壊した時はみんなが心配してくれていたな。あの時小学生だった末の妹なんかワンワン泣いてたっけ。

 オードブルとワインが給仕されると乾杯して料理に手を付ける。最近はコンビニ惣菜や手軽なものばかり食べているけど、プロの料理人が作る料理はやっぱり美味い。


「なあハタケ話を戻すが、お前はいつも野球を引きずって無いって言うけど周りの人間はそうは見てくれないと思うぞ」


「何でかは分からないけど誰も信じてくれないんだよなあ。本当に何でだろう?」


 俺がそう言うと神坂は眉間にシワを寄せて頭を掻いてため息を吐く。


「お前なあ……そう言われる原因はその身体だよ! はっきり言って今でもトレーニングやランニングを欠かしてないだろ! それにその手のマメは毎日素振りしているよな! 選手やめた後もそうやって、バッチリとアスリートの身体作ってりゃ誰だって未練があると思うわ!」


「あっ! そんで……」


 確かに俺は仕事をしていない時間のほとんどをトレーニングに費やしている。それは野球に未練があるからじゃ無い、他に余暇や空いた時間の過ごし方を知らないからだ。

 本を読むくらいはするけど趣味らしい趣味は無いし遊びらしい遊びもした事がない。職場の仲間に誘われて釣りやサーフィン、パチンコや競馬、ゲームに他のスポーツにも挑戦したけれど、どれもしっくり来ずトレーニングやランニングで身体を動かす事が趣味となっている。


「身体を動かすのが好きなだけで目的があって鍛えてるわけじゃねえよ。他に趣味や楽しみも無いしな」


「お前は昔から超が付くクソ真面目だからなあ、ちょっとは遊んだ方が良いと思うぞ」


「そうは言われてもなぁ……」


 一応遊びも必要かと思って色々試してはいるんだけど夢中になれる程の物は見つからない。

 雑談しながらも次々とコース料理は進んでゆく。そしてデザートが出される時、神坂が俺のポケットを指差した。


「さっきから気になってたんだけどな、お前のスマホに滅茶苦茶通知来てんじゃね?」


「えっ⁉︎」


 普段そんなに通知が来る事は無いから気にしていなかった。スマホを開いてみると「真田明梨」からの新着通知が六件も来ていた。


「今日はお付き合いを承諾してくださりありがとうございました」


「嬉しくて今日のデザイン実習は集中出来ずあなたのことばかり考えておりました」


「友人の香苗から堅苦しい言葉遣いは会話でもSNSでも止めるべきだと注意されました」


「あっ! 香苗というのは今日私といた友人の事です」


「もしもこれからは会話も文章も口語でよろしければお返事していただければ幸いです」


「畠山さんと知人になれただけでも私は嬉しく思っております」


 えっと……文章は落ち着いているけど雰囲気的に凄く浮かれているのが伝わって来るなぁ。俺もよく知り合いにクソ真面目だと言われるけど、この娘も大概なんじゃ無いだろうか?


「真田明梨……女か?」


「最近知り合った女子大生で……」


 俺は真田さんとの出会いから今日とりあえず知人として付き合いを始めるまでの経緯をザックリと話した。神坂は少し目を閉じて考えると俺を指差す。


「ハタケ、お前この娘と付き合え」


「はっ⁉︎」


「お前はクソ真面目過ぎるから遊ぶ事を知らな過ぎるんだよ、女と付き合って色々と考えたらちょっとは趣味や興味の幅も広がるだろ?」


「いやっ! でも俺、女と付き合うって言っても何やったらいいか分かんないし!」


 俺が焦ると神坂は手を叩いて大笑いをする。


「いやあ、お前の焦る顔って新鮮だわ。お前この娘に好意持ってるだろ? 態度見たら分かるよ、まあ色々と手助けはしてやるから頑張ってみろよ」


 神坂が何も言えなくなった俺に笑いかけたところでデザートとエスプレッソが運ばれて来た。

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