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働く筋肉、見つめる眼鏡

 会社支給の携帯端末がタイガーマスクのオープニング曲を奏で出す、トラックを使用した運輸業ではハンズフリー車載器の搭載が推奨されているが大手以外ではまだまだ浸透してはいない。

 俺が勤めている羽柴冷凍運輸は規模的には中小といえ、いち早く全車両に運行及び商品管理用の業務用端末とハンズフリー車載器を搭載している。ちなみに着信音の選択はプロレスが好きな社長の趣味だ、そもそも俺はその曲を知らなかったし。


「はい、南西地区三号車の畠山です」


「もしもし脳筋? そっちの車両にウルトラカップとゴリゴリ君の在庫って残ってるかな?」


 電話をして来たのは事務員というか実質的な俺達のまとめ役である淀川(よどがわ)寧々(ねね)さんだ。二児の母ではあるが若々しく少し派手な見た目の俗にいうヤンママである。社長を含む全社員をアダ名で呼ぶ口の悪い女性だが嫌味が無く誰からも好かれている。


「今日は暑いからアイス系は多く持ち出してますからね、ウルトラは五ケース、ゴリゴリは四ケースほど余裕がありますよ姐さん」


「流石うちのエースは気が効くわ! ニコマートの市民病院前店から急な発注があってね、そっからだと五分くらいで着くっしょ。悪いけど二ケースずつ持ってってくんない? 伝票処理とかはこっちでチャチャッと電算でやっとくからさ」


「了解です、先方さんには今すぐに向かうって言っといて下さい」


「じゃあお願い、暑いけど頑張ってね脳筋」


 梅雨の中休みの晴れ間は非常に蒸し暑い、冷凍車とは言っといても運転席は灼熱地獄だ。機械式冷凍器の排熱でかえって暑い気もするしコンビニ配送がメインである俺の担当はエアコンが効き出す前に次の店舗に到着するので毎日汗だくで配送している。


「こんにちは! 羽柴冷凍運輸の畠山です、注文の品をお持ちしました」


「お疲れさん、あら? いつもの人じゃないんだね」


「追加注文でしたので今日は別ルートの車両から持って来たんですよ」


「急に暑くなったから病院の看護師さん達がまとめてアイスを買っちゃってね。午後からも暑くなるから無いと困るからさぁ、急な注文で本当にごめんね」


 俺達が運ぶものは主にアイスクリームとフラッペにロックアイス、店舗調理のホットスナックに冷凍食品だ。

 夏場になるとアイスクリームや店舗調理のフラッペ、アイスコーヒー用の氷入りカップの発注が増えるのでゆっくりと昼食を取る時間も無い。


「次は……あかね台四丁目店か、少しだけ休憩させてもらおうかな」


 あかね台は総合大学の理系学部や美術系大学のキャンパスが進出している学園都市だ。ショッピングモールも近く大都市へのアクセスも悪く無いので新興住宅やマンションが多く分譲されているベッドタウンでもある。


「こんにちわ! 羽柴冷凍運……」


「ヤス君今日は遅かったんだね! 道でも混んでた? 納品が終わったらごはん食べていくよね! いつもみたいに裏の水道使っていいよ」


 挨拶が終わる前にさわしなく声をかけて来たのはオーナーの奥さん佳乃子さんだ。四年前、俺がこの地域の担当になった時「兄ちゃんいい体してるけど何かやってたの?」とオーナーに聞かれたので野球をやっていた事と出身校を話すと「畠山って! 久居工業のエース畠山(はたけやま)康徳(やすのり)⁉︎ 見てたよ! 夏の準決勝での豪徳学園の神坂(こうさか)とのエース対決! あれは感動したなあ」とすごく喜んでくれてそれ以来可愛がってもらっている。

 オーナーの加藤さんは高校野球のファンで俺がエースとして春夏合わせて三回甲子園で投げていた事も知っていた……もう八年も前の話なんだけどな。


「じゃあ今日もお言葉に甘えさせていただきます」


 納品を済ませるとサラダチキンに袋入りの野菜サラダ、冷奴用豆腐と日高昆布と高菜のオニギリにニリットルの麦茶を購入してトラックに戻り、店舗裏の水道を使わせてもらう。


 作業着と肌着を脱いで上半身裸になると頭から思いっきり水道水をかぶる。リトルリーグの時から暑い時はこうやって体を冷ましていた、効果云々よりも体感的な爽快感が気持ちいい。

 蛇口を捻って水を止めるとスポーツタオルで髪をバサバサと空気を入れながら拭き、そのまま濡れたタオルで汗を拭き取る。炎天下の中での配送業務は結構キツイけど体を動かすのと暑いのは嫌いじゃない。

 汗を拭き取りバッグから替えの肌着を取り出そうとした時、背後に視線を感じて振り返るとメガネをかけた小柄な女性が俺の方をじっと見ている。

 冷凍車は三トントラックとはいえ結構な大きさだから邪魔で車が出せないのかもしれない。


「あっ! すいません、トラックが邪魔になってますか?」


「えっ⁉︎ あっ、ごめんなさい! 何でもありません大丈夫です」


 そう言うと彼女は慌ててその場から離れて行った。俺は首を傾げたが特に何も無さそうだったので気にせずに肌着を着て、トラックに戻り昼食を取ろう。作業着は出発の時までミラーに掛けておこうかな。

 自宅から持ってきた容器に袋入りの野菜サラダとチキン、そして豆腐を入れてノンオイルの和風ドレッシングをかけたオリジナル? サラダとオニギリが二つが今日の昼食だ。

 同僚や姐さんにはダイエットメニューやトレーニング食みたいと言われるけど普通に好きな物を食べてるだけなんだよな。

 トラックの窓には日除けを付けて車内にエアコンを効かせて|(非エコだって? この時期にエアコンなしの休憩は命に関わる)食事をしていると窓に付けた日除けの隙間から視線を感じる。

 日除けを外してみるとさっきの女性と真面に目が合った。彼女はビックリした顔をして一歩退がると「ごめんなさい! ごめんなさい!」と何度も頭を下げて逃げるように去って行く。


 一体何だったんだ? よく分からない状況を前に、俺は一口だけ齧った高菜おにぎりを手に持ったままフリーズしていた。

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