ツン9割デレ1割な彼女がちょろすぎる
「そんなこと言わないでよ!」
終わり悪ければすべて悪し。
いい雰囲気のデートも、後味の悪いものになった。
僕が悪いんだ。あんな一言さえ発さなければ……
昨日、美玖の買い物に付き合った。
「これ、似合うかな?」
美玖はカーキのワンピースを試着して、僕に問う。
「に、似合うんじゃない?」
女子のファッションのこだわりはよく分からない。
正直、美玖は何を着てもかわいいから、似合う以外に答えの選択肢がない。
「また似合うって? 適当に言ってるんじゃないの?」
「適当じゃないって、めっちゃかわいいよ」
「ふ~ん」
美玖はワンピースを気に入ったのか、レジへ持っていった。
こういうときに買ってあげたいのは山々なのだが、うちの高校はバイトが禁止されていて、僕にはお金がないんだ……。
すまない美玖……大学生になったらバイトして、いい思いさせてやるからな……。
お金が入ったら何をしよう。
綺麗な夜景が見えるレストランで、一緒に美味しい料理を食べたいな……。あ、一緒に温泉旅行に行くのもいいな……。露天風呂を貸し切って、二人で……むふふ。
「陽太、いくわよ」
妄想に浸っていると、美玖が買い物を終え、戻ってきた。
* * * * *
「面白かったね」
美玖は前から見たがっていた映画を見られてご満悦。
海外のラブロマンスの吹き替えだ。正直、海外映画は字幕派なんだけど、言ったら論争になるだけだから言わなかった。美玖は怒ったらこわい。吹き替えって外国人が日本語喋るから雰囲気壊れるじゃん。
「うん、面白かった」
相手に合わせておくのが吉だ。
その後、映画館の近くにあるお手頃なイタリアンで一緒にディナー。
寿司を食べたい気分だったけど、論争になるだけだから言わなかった。
カルボナーラを食べ終わり、そこで発した言葉がまずかった。
「はぁ、つかれた」
(やってしまった!)と思い、美玖の方にゆっくり目をやる。
美玖はこちらをにらんでいた。
「そんなこと言わないでよ!」
人間、思っても口にしてはいけないということがある。
デート中に、「つかれた」は禁句だった。
最近、サッカー部の試合が近く、練習が忙しかった。模試も近く、勉強にも必死だった。デートで気を使いすぎたところもある。
それでもネガティブな言葉を口に出してしまった僕が100パーセント悪い。
ネガティブな言葉は、言う側も、聞かされる側もますますネガティブにしてしまう。
ポジティブな言葉を使わないと!
しかしその前に、はっきり言っておかなければいけないことがある!
* * * * *
「昨日はごめん」
次の日、美玖に頭を下げて謝る。
「いい雰囲気だったのに、ぶち壊すようなこと言っちゃって」
美玖はふんと顔を横に向け、まだ機嫌が悪そうだ。
いまだ!
「でも僕にも言いたいことがある! 昨日見たラブロマンス、内容は良かったんだけど、正直吹き替えはクソだ! 雰囲気がぶち壊される! なんで外国人が日本語を話すんだよ! おかしいだろ! 感情移入できないだろ! やっぱ海外映画は字幕なんだよなぁ」
急な攻撃に美玖は驚いた表情を見せる。
ふっ、かかってこい!
「はぁ? なにいってんの? なんで映画を見に行くのに文字を読まなきゃいけないの? そんなに文字を読みたければ小説でも読んどきなさいよ! 文字だけ追ってたら、背景の凝った装飾に目がいかないでしょ? あれめちゃくちゃお金かかってるんだよ? 文字ばっか見てたらチケット代もったいないじゃん!」
「チケット代がもったいない? 別に僕たちは背景を見に映画を見に行ってるわけじゃない! 映画はストーリーやセリフを楽しむものだ! あともうひとつ、文句を言いたいことがある! 昨日ディナーでイタリアンに行ったが、正直僕は寿司が食べたかった!」
「はぁ? じゃあそう言えばいいじゃない! あとから文句ばっかり言っちゃって、恥ずかしい男ね!」
「いつも言ってるけど毎回お前と論争になるから合わせとくのが無難かと思った。これからは意見を言う。反射的にキレるのはやめてくれ」
「合わせてやったって? じゃあこのワンピースをかわいいって言ったのも嘘なの? 最低ね!」
美玖はさっそく昨日買ったカーキのワンピースを着ていた。
「そのワンピースをかわいいとか言ってないよ?」
「は? 言ってたじゃない! だから嬉しくて買った……ゴホンゴホンッ」
「そのワンピースをかわいいって言ったんじゃない。お前がめっちゃかわいいって言ったんだ」
「な、なに言ってるのよ!」
美玖は目を丸くしている。
「お前はかわいすぎる。そのくそみたいな性格をすべて打ち消しても、かわいさがまったく衰えないほどにかわいい。まあその性格もかわいいから打ち消されてしまったら困るけどな。ツンデレのツンとデレの割合が9:1になってるから8:2にするくらいで頼む」
「かわいいって言いすぎ! それに、わたしツンデレじゃないわよ?」
美玖の口元は緩んでいる。
「でも、かわいいだなんて嬉しい……陽太……いつも強く言っちゃってごめんね。いっぱい我慢させちゃってごめん。わたし、もう怒らないから、陽太がしたいこと、したくないことがあったら相談してね。陽太……すき」
ツンデレじゃん。
「ということで昨日のことは許してくれる?」
「うん! 陽太すき!」
ここまでデレるとは思わなかった。ちょろすぎるだろ……。
美玖はいつも強気だけど、かわいいと言われることにめっぽう弱い。
論争でヒートアップしていた分、不意打ちが効いたのかな。
「ポジティブな言葉を使うと心地いいよな。美玖、お前と一緒にいると楽しいよ。美玖かわいい好き愛してる結婚したい」
「きも」
急に裏切るなよ!
まだまだ!
「あいらぶゆー」
「みーとぅー」
お、デレた!
しかし……
「アイラブユーに対するミートゥーは『私もあなたが好き』じゃなくて『私も私が好き』という意味になるから、正しくは『アイラブユートゥー』だよ」
「だから『私も私が好き』って言ってんの。誰があんたを好きって言った?」
ツンモードに入るの早いって!
ちょろいところもありながら、なかなか扱いの難しい彼女だけど、ポジティブな言葉で励まし合って、支え合っていきたいと思う。
「大学生になったら2人で温泉旅行行こうな! 露天風呂貸し切りで!」
「きも!」
そう言いながら、僕の腕に抱きついてきたので、案外満更でもないんだと思う。