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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
99/170

24.モブ令嬢と教皇

 あそこを曲がると、三年生の教室があって……。シルヴィは、もしもの時に迷わないよう復習で校舎内をリルに案内して貰っていた。勿論、ロラやジャスミーヌも一緒だ。


「聖地巡礼、何度しても幸せ~」

「今度はリルさんが、ジルマフェリス王国に来てくださいませ」

「そうだね。是非行きたい所だけど……流石に留学は無理かなぁ」

「一週間くらいの視察ならどうですか?」

「そうよ~。ジルマフェリス王国からは、こうして外遊に来てるわけだから。ヴィノダエム王国からだって、ね~?」

「ふむ。まぁ……。そのくらいなら、いけるか? しかし、全ては辿り着いたエンディングによるかもしれないね」

「です、ね」

「国交が回復するような円満エンディングですか。なかなかに難しい話ではありますわよね」

「フレデリク様の腕の見せ所ね~」


 フレデリクは、今や立派な皇太子である。だから、こうして外遊の許可が下りたのだ。他国に出しても恥ずかしくない、と。

 あと、魔王のお目付け役としての実力も認められているのだろう。こちらとしては、フレデリクの胃は心配ではあるが。


「私としては視察の許可が下りた場合、聖なる国に行ってみたいのだが」

「私も~! 結局、行けなかったのよね~」

「でも、行き方が分かりませんわよ」

「う~ん……。ルノーくんに聞いたら、分かるかも? 行きたがらない可能性はありますけど」

「まぁ、苦い思い出しかないだろうからね」


 行けるのならばシルヴィとて行ってはみたい。しかし、魔界には闇か光の魔力持ちしか行けないことを考えると……。果たして、聖なる国には誰でも行けるのだろうか?


「それで? シルヴィ嬢は、もう迷子にはならなさそうかな?」

「……たぶん?」

「不安ですわね」

「そうね~」

「大丈夫です! 本気で覚えようと思えば、覚えられる筈なので?」

「疑問符が付いているのが気になるのだが……」

「ルノーくん曰く、なので……」

「じゃあ、きっと大丈夫ね~」

「なるほど。そういう感じなのか」


 ルノー曰く、シルヴィは“やれば出来る癖に、やろうとしない”とのこと。シルヴィにそんな気はないのだが。まぁ、“やらなければならない”のなら、やるしかないとは思う。だから、今回はやるのだ。


「えっと、あっちに階段があって……。あれが三年生の教室で……。そうなると、最短の経路としては……」


 シルヴィが真剣に“最短の経路”を考え出したのを見て、リルが目を瞬く。それを見て、ディオルドレン大公夫人。シルヴィの伯母は、隣国で上手く隠れていることをロラは理解した。


「アミファンス伯爵家の血筋って感じ~」

「どういう意味か聞いても?」

「ん~? ひみつ」


 ロラは後々が怖いので、秘密にしておくことにした。語尾にハートマークを付けて、ウィンクで誤魔化す。


「嫌な予感しかしない」

「そんな事ないわよ~、たぶん」

「たぶん……」

「そこの君、待ってくれるかい?」


 急に割って入ってきた第三者の声に、全員が足を止める。振り向いた先にいたのは、テオフィルであった。それに、リルがスッの顔色を変える。


「何のご用でしょうか?」

「私が引き留めたのは、リルさんではないよ。そこのご令嬢」


 テオフィルの視線がシルヴィへと向く。それに、シルヴィはキョトンと目を瞬いた。しかし瞬時に我に返ると、丁寧に辞儀をする。


「ご機嫌麗しゅうございます」

「あぁ、そんなに畏まる必要はないよ。楽にして欲しい」


 テオフィルがシルヴィへと近付いていく。シルヴィはリルに、気を付けた方がいいと言われた事はしっかりと覚えていた。とは言っても、彼は攻略対象者なのだ。敵ではないという油断は、確かにあった。

 そのために、手が届く距離までテオフィルが来てもシルヴィは逃げることはしなかった。ただ不思議そうにテオフィルを見上げる。


「何ということだ……」

「……?」

「今すぐにその腕輪を外すべきだ!」

「えっ!?」

「さぁ、早くしたまえ! 危険だ!!」


 テオフィルがシルヴィの手首を掴む。優しくではあったが、シルヴィは驚いて目を白黒させた。テオフィルが腕輪に触れてくる。

 腕輪が危険だから、外せ。テオフィルが言った言葉を脳が処理して、弾き出した答えは“それが一番危険だ”であった。


「や、やめてください!!」

「よく聞きなさい。闇の魔力とは、この上なく穢らわしいもっ!?」


 シルヴィはテオフィルの言葉を最後まで聞かずに、渾身の頭突きをくらわせた。攻撃は最大の防御である。

 あと、穢らわしいとか言わないで欲しい。危険物扱いされてはいるが、シルヴィにとっては大切な誕生日プレゼントなのだから。


「本気でやめてください!! 余計なお世話です!! それと、何が起こるか分かりませんよ!!」


 シルヴィは腕輪を庇うように、胸元に抱き込む。何て失礼な人なのだろうか。シルヴィはテオフィルをきっと睨む。

 本気で怒っているらしいシルヴィに、ロラとジャスミーヌはちょっと驚いた。しかし、直ぐにシルヴィを守るように両隣に立つ。

 ロラはシルヴィを抱き締めると、頭突きで負傷した部分に触れた。「光よお願い、痛いの痛いの飛んでいけ~」と治癒魔法を使う。痛みは引いたが、シルヴィは少々気恥ずかしい気持ちになった。


「ロラ様、それは……」

「これが! 一番! イメージしやすいの~!」

「魔法の呪文ですからね」

「そう! 魔法の呪文だから~!」

「レノズワール様!! 淑女に馴れ馴れしく触れるものではございませんわよ!」


 ジャスミーヌが流石の威厳でテオフィルに苦言を呈する。それに、ロラが続いた。


「そうですわ! 何か起こった場合、どう責任を取るおつもりなのですか!」

「本気で何が起こるか分かりませんのよ!!」


 何というか……。味方をしてくれているのは有り難いし、気持ちはよく分かる。しかし、暗に腕輪は滅茶苦茶危険ですと白状している気がするのは気のせいだろうか。


「この……」

「え?」

「くそアマァ」


 テオフィルが負傷した顎を押さえながら、ドスの利いた声を出した。それに、三人が目を点にして固まる。テオフィルは優男なのである。そう見せている。普段は。


「あら、何かしら?」

「何の騒ぎ?」

「テオフィル卿じゃないか?」


 ここは、三年生の教室近くの廊下。しかも、ド真ん中であるため頗る目立った。放課後とはいえ、まだ生徒が多く残っていたらしく直ぐに注目の的となる。

 こそこそとした声に、テオフィルはハッと我に返ったようだ。杖を取り出すと「“ルソワール”」と、治癒魔法を使う。そして、シルヴィ達に穏やかそうな笑みを向けた。


「これは、失礼しました。少々、気持ちが急いてしまい……。不躾でしたね」


 正直に言って、非常に怖い。見てはいけない顔を見てしまった。シルヴィは何も言えずに、ただ首を勢いよく左右に振る。


「しかし、」

「シルヴィ?」


 テオフィルの言葉を遮った声は、聞き慣れた低音で。いつもであれば安心する所だが、状況が状況なだけに、シルヴィはごくりと唾を呑んだ。ヤバい人がヤバい時に来た、と。

 錆びたブリキのように、シルヴィは後ろに顔を向ける。悠然とした笑みを浮かべたルノーが、そこには立っていた。


「る、ルノーくん」

「うん?」


 こてり、態とらしくルノーは首を傾げる。これは、やり取りを見ていたのだろうか。別に怒っている感じではないが。


「女性の手首を無遠慮に掴むなんて……。随分と乱暴な人ですね」

「……っ! ですから、それは!」

「シルヴィ、見せてごらん」

「うん」


 ルノーに言われるがまま、テオフィルに掴まれた方の腕。つまり、腕輪を付けている手首をルノーに見せる。


「怪我はないようだね」

「吃驚しただけ」


 ルノーは納得したのか、一つ頷く。しかし、シルヴィの頭に触れると「勇ましいのは良いけれど、無茶はしないで欲しいな」なんて、しっかりと釘を刺してきた。


「正当な防衛です」

「シルヴィの頭突きは痛いからね」

「渾身の一撃だもの」

「君も負傷するだろう」

「そこが難点です」

「じゃあ、しないで欲しいな」

「……熟考します」

「いい結果になることを願うよ」


 ルノーは苦笑すると、シルヴィの腕輪に触れた。ぶわっと紺色の魔力が腕輪を包み込む。それが、腕輪に吸い込まれていった。あの時と同じだ。


「何したの?」

「魔力の相性の問題かな。光魔法のせいで、僕の魔法が一部消えかかっていたんだ」

「え!? そんなこと出来るの?」

「みたいだね。直しておいたから、大丈夫だよ」

「そうなんだ」


 シルヴィは深い紺色の腕輪を指で撫でる。


「ありがとう」

「うん。構わないよ」


 ルノーが幸せそうに頬を緩める。そんなルノーをシルヴィは、どこか観察するようにじっと見つめた。

 やはり、抱きついてこない。このタイミングであれば今までは、後ろから抱き締めてきていても可笑しくはなかった。何だろうか。


「シルヴィ?」

「んー……」

「どうしたの?」

「何でもない事はないけど、教えない」

「……???」


 ルノーがキョトンと目を瞬く。次いで、心底困ったように眉尻を下げた。


「僕、何かしたかな?」

「んー?」


 微笑みと共に首を傾げたシルヴィに、ルノーも釣られるように首を傾げる。


「ふふっ、何だったかしら」

「シルヴィ……」


 ルノーが縋るような声を出したが、シルヴィはニコニコと笑うだけだった。だって、何だか悔しいではないか。それならば、正面から聞けばいい話なのかもしれない。

 しかし、何故か恥ずかしいというのか。照れるというのか。して欲しいみたいになるのはちょっと困るというか……。複雑な心境にシルヴィは少々戸惑ってはいた。


「何故……」

「え?」

「貴方は余程、私の邪魔をしたいらしい」


 テオフィルが如何にも困っていますという表情を浮かべる。どうやら、周りを味方に付けてルノーを悪者にしたいようだ。


「君、なに?」


 テオフィルが面食らったように「……は?」とだけ漏らした。それはそうだ。何故ならこの二人は同じクラスであるし、廊下で会話もしたのだから。


「ルノーくん、レノズワール様だよ」

「知らない」

「……そっかぁ」


 シルヴィはよく知っていた。ルノーが“だれ?”と聞く時は、まだ存在を認識しているということを。そして“なに?”と聞く時は、完全に興味がない相手であるということを。

 場の気温が何度か下がった気がした。実際はそんなことはないのだろうが……。居たたまれない空気になっている事だけは、確かであった。


「申し訳ありませんが、急いでいるので私達はこの辺で失礼させて頂きますよ。行きましょうか、皆様」

「ごきげんよう、レノズワール様」


 空気を察して、リルが早口にそう言い切った。ジャスミーヌが美しい辞儀をしたので、ロラやシルヴィもそれに続く。テオフィルは二の句が継げずに、シルヴィ達を呆然と見送るしか出来なかった。

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