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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
96/170

21.モブ令嬢とややこしい片恋

 誰が来るのだろうか。ここは、ヴィオレットの秘密の場所だと言っていたはずだ。シルヴィは茂み越しに東屋の周りを人を探して視線を動かす。


「あぁ、ほら。優しい騎士が来た」


 リルの言葉に、シルヴィは目を瞬く。“優しい騎士”の心当たりは、一人しかいなかった。

 シルヴィが頭に思い描いた通りの人物が、ヴィオレットに近づいていく。ヴィオレットにハンカチを差し出したのは、攻略対象者である筈のマリユスだった。

 まぁ、マリユスの半分は優しさで出来ていると聞いていたので、シルヴィは特に驚きはしなかった。泣いているご令嬢がいれば、ハンカチくらい差し出すだろう。


「また貴方なの!?」


 ヴィオレットの混乱が滲んだ声が聞こえてきて、シルヴィは目を丸める。“また”というヴィオレットの言葉と、リルの様子からしてこのやり取りは毎回のことであるようだ。

 マリユスは困ったように眉尻を下げる。ヴィオレットに何かを言っているようだが、その声は聞き取れなかった。


「平民の貴方が……っ!! 迷惑よ!!」


 ヴィオレットはそう吐き捨てると、足早に東屋から出ていってしまった。マリユスの差し出したハンカチを受け取ることなく。

 それにマリユスは怒るどころか、何処か切なげにヴィオレットの背中を見つめる。何処をどう見ても、それは恋をしている顔であった。


「ま、待って~!! なに? え??」

「恋ですわよね? 恋してますわよね??」

「脳内で物凄い切ない片思いソングが流れてます」

「やだ~、世代がバレちゃうから黙秘」


 受け取って貰えなかったハンカチを握り締めながら、切なげに微笑む姿は流石の攻略対象者。髪が風に揺れているのも含めて、スチルのようである。


「何故にあのようなことに?」

「そうよ~、相手が違うから」

「だから、私に恋はないと言ったじゃないか」

「確かに言ってましたね」

「だからって、あれは何がどうなってますの!?」

「ふむ。マリユスは私の護衛だろう? 私がこっそりヴィオレット嬢のことを観察している隣にマリユスがいる率が高くてな。見守っている内に放っておけなくなったようで、何か気付いたらこうなっていた」


 シルヴィはもはや、「あぁ……」としか言えなかった。ロラやジャスミーヌも何とも言えない顔をしている。

 つまり、ヴィオレットはランメルトに片思いをしている。そして、そのヴィオレットにマリユスは片思いをしていると。


「とんでもなくややこしい事になってますね」

「そうなんだ。私はどちらを応援したらいいのかと悩んでいる……」

「ヴィオレット様が好きなのは、ランメルト様ですものね」

「う~ん……。ヴィオレット様が愛したい派なのか、愛されたい派なのか。どっちが幸せなのかによるかな~」

「ヴィオレット様は、マリユス様に対して『迷惑よ』とおっしゃられていたけれど」


 そう言えば、ヴィオレットは言葉足らずだったなとシルヴィは思い出す。そして、あの混乱したような声。しかし決して、嫌そうな感じではなかった。


「あの、私には『“平民の貴方に恋をしても報われないもの。だから、優しくしないで”、迷惑よ』に聞こえたんですけれど」

「シルヴィ嬢もそう思うか!?」

「ということは?」

「いや、本当の所は分からないんだ。しかし、嫌そうな感じではないだろう? だから、もう付け込めマリユス!! と私は思いだしている」

「寂しさに付け込む感じね~」

「マリユスなら幸せにしてくれるという確信がある。しかし、決めるのはヴィオレット嬢だからなぁ」

「難しい問題ですね。でも、平民であることがネックなら公爵であることを明かせば、可能性はなくはないのでは?」


 そうは言っても、マリユスが公爵であることを明かす時は、リルが王女殿下であるのを明かす時だ。それはつまり、エンディングを迎える必要があるということ。


「自分で言っといて何ですが……。厳しくはありますよね」

「昔な。マリユスには普通に生きて欲しいと思って、私に合わせる必要はないと言ったんだ。社交の場にどんどん出なさいと」

「けれど、マリユス様は今も平民の振りでリル様のお側にいますわよね」

「ふっ……。有耶無耶に出来なかったんだ」

「普通に考えて王女殿下の護衛なんて、騎士にとってこの上ない名誉だもの~」

「それで今、苦労してるんじゃないか!」

「そこは恋より仕事よ~」

「……それはそうだな」


 ロラの冷静な突っ込みに、リルも一気に落ち着いていく。流石は前世で彼氏と仕事を天秤にかけて、仕事を選んだキャリアウーマンである。


「仕事と言えば、テオフィル様は教皇になると聞いたんですけど、それって結婚できるんですか?」

「あぁ、それはヒロインと結ばれなかった世界線の話なんだ。ヒロインと結ばれると全員もれなく“王配”にジョブチェンジするからね」

「なるほど」

「テオフィル卿には気を付けた方がいい。彼は、上昇志向が強すぎるきらいがあるんだ」

「腹の底では何を考えてるか分からないキャラだものね~」

「大公閣下に溺愛されている伯爵令嬢。まぁ、ルノー卿がいるから大丈夫かな?」


 リルの言葉に大食堂の件を思い出したシルヴィは、思わず渋い顔になる。シルヴィと仲良くなった所で特に何のお零れにもあずかれないと思うのだが。重要なのは、伯母だというのに。


「ルノーくんの我慢がどのくらい持つかによります」

「やめて怖いこと言わないで~」

「そこは甘やかさずに止めてくださいませ」

「善処します」

「ふむ。そんな感じなのか」


 リルは猫を被ったルノーしかまだ知らないのだ。貴族然とした物腰柔らかな微笑みは、擬態ということか。

 正体が魔王ということは、演習場での騒ぎも誇張はされていないのだろう。寧ろ、それさえも“我慢”である可能性が……。

 リルは浮かんだ惨状に、ぶるりと身震いする。“いい子”は彼女のためか。魔王を止められるのはシルヴィだけ。リルはその事を心に刻んでおいた。


「リルさーん? 何してんですか……」


 上から聞こえた声に、ヒロイン倶楽部の三人は悲鳴を上げる。リルは分かっていたのか、へらっと誤魔化すように笑った。


「よく場所が分かったな?」

「いやいや、リルさんだけは完璧に気配消してましたよ。素人のご令嬢三人に酷なこと言わないでください」

「まぁ、それはそうか。マリユスの恋路を応援しようかと話していた」

「あのですね……。人を話のタネにして盛り上がらないで欲しいのですが?」

「余計なお世話だったかな?」

「んんっ……。今みたいにそっと見守るくらいでお願いしますよ」


 マリユスが困ったように笑う。それに、リルは仕方がないと言いたげに息を吐いた。流石は幼馴染み。気安いやり取りに、シルヴィは何故かルノーの顔が浮かんだ。


「それにしても……。これは一体全体、何の集まりですか?」

「世界を平和にし隊だ」

「俺の目が可笑しくないなら、彼女達は隣国からの大切な留学生では?」

「大丈夫さ。彼女達のことは、必ず私が守って見せるからね」


 リルの声音は、自信に満ち満ちたものであった。それがとてつもなく頼もしく見えて、ヒロイン倶楽部はめちゃくちゃ胸が高鳴った。


「優勝……っ!!」

「これがエモいという感情ですの?」

「お姉様しか勝たん!!」


 ロラが発した言葉に「……ん?」とリルが不思議そうに首を傾げる。それに気付いたロラが「やだ~」と口を片手で隠した。


「ネタバレしちゃった」

「待ってくれ! 私はそんな情報知らないのだが!?」

「だって、これはリル様が見たかったルートで明かされる情報だもの~」

「なん、だと!?」

「私達は、生き別れの双子なのよ~。最後は無印ヒロインが駆け付けてくる胸熱展開で~す」

「そんな……。普通に見たかった!!」

「確かにそうでしたわ。このルートだったのですね」

「あの……。それは、かなりの胸熱展開で私もワクワクが凄いですし、是非詳しく聞きたい所ですけれど。マリユス様に聞かれて大丈夫な情報でしょうか」

「あっ……」

「大丈夫さ。な? マリユス」


 リルがニコッと含みを持たせた笑みをマリユスへと向ける。当のマリユスは、片手で顔を覆って重たい溜息を吐いた。


「大丈夫な訳ないでしょう。双子は……」

「そうなの! 王家に双子が産まれるのは良くないのよ~。禍を招くとされてるから」

「なるほどな。故に生き別れの双子か」

「お母様が、私を何とかして生かそうとしてくれたのね」

「そうか。母上が……。きっと、お喜びになるよ。姉妹愛で魔物をぶちのめせばな!」

「さっすがお姉様! 話が早~い!」

「そういうシナリオなんですね」

「そうで~す!」


 繰り広げられるよく分からない会話に、マリユスは疲れた顔で笑む。その顔が、ルノーに振り回されて溜息を吐くフレデリクと重なった。

 マリユスは、会話の流れからロラ達がリルの正体を知っていること。味方であること。リルが頗る楽しそうであることは理解する。


「やるよ、マリユス!」

「お任せを。全ては王女殿下の仰せの通りに」


 そこでシルヴィも理解する。この二人はとっくの昔に、“共犯”であるのだろうと。


「私、思ったんだけど~」

「何をですの?」

「リル様って、圧倒的にヒーローポジよね~」

「確かに、そうですね」

「じゃあもう、ヒロインポジ急募! ってした方がいいんじゃないかな~」


 ロラの提案に、シルヴィとジャスミーヌは深々と頷いたのだった。

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