20.モブ令嬢と2の悪役令嬢
これは、いったい? リルに連れられ、やって来たのは東屋が見える茂み。その茂みの穴からシルヴィはよく分からないまま東屋を見張る。気分は宛ら殺し屋である。
「やだ~、探偵みた~い」
間違えた。気分は宛ら探偵である。シルヴィは声に出さなくて良かったと思った。思考回路が物騒になるのは、幼馴染みの影響だろうか。
「これの目的が知りたいのですけれど」
「しっ! ターゲットが来たぞ」
やはり、殺し屋で合っていたかもしれない。リルの雰囲気が本物である。隣にいる筈なのに、あまり気配がしないというか。
シルヴィがそんな事を考えていると、リルの言葉通りに東屋に誰かがやって来た。一気に思考がそちらに持っていかれる。
「あれは……」
「悪役令嬢、ヴィオレット・ミロ・ラオベルティだわ~!!」
「何か様子がおかしくありませんこと?」
「本当ですね。……泣いてるように見えるのは、私の気のせいですか?」
「私にもそう見える~」
「わたくしにもですわ」
急に場が重苦しい空気になる。シルヴィが言ったように、ヴィオレットは泣いていたのだ。東屋で声もなく、独りきり。
「リル様、もしかして東屋に人が来ない理由って……」
「そうだ。この東屋は、悪役令嬢の秘密の場所なんだよ」
「切ない……」
「よく見つけましたわね」
「ふむ。何とか仲良くなれないかとチャンスを窺っていたんだ。その過程でな。まぁ、相変わらず仲良くはなれていないが」
「あ~、私はもう仲良くなれる気が一切しないんだけど~」
そうだった。ロラとジャスミーヌ曰く、悪役令嬢はゲーム通りの人。転生者でもないと言っていた。
「ヴィオレット嬢は、自分が公爵家の人間であるということに誇りをもっておられる。故に、平民の私と親しくし過ぎるのは、問題があると思っているらしくてな」
「まぁ、それは分かりますわ。上に立つ者として、線引きが必要なことはございます」
「耳が痛いな。前世庶民の身としては、分かっていてもなかなか……」
「リル様に同じく~。とは言っても、私は貧乏男爵家なので~」
「私もそんな……。目立つような伯爵家ではないので」
「いや、アミファンス伯爵家はね~」
「それも含めて策略ということですの? 恐ろしいですわね」
「えぇ……?」
ロラとジャスミーヌに何とも言えない凄い目で見られて、シルヴィは困ったように眉尻を下げる。それにリルが不思議そうな顔をしたが、後にすることにしたようだ。
「それと、ヴィオレット嬢は言葉足らずな所があってなぁ」
「言葉足らずぅ~?」
ロラが納得いかないといった声を出す。それに、リルは苦笑した。気持ちは理解できると言いたげに。
「いや、違うんだ。ロラ嬢は勘違いをしている」
「勘違いなどしておりませんわ。間違いなく、嫌味な方でした」
「ジャスミーヌ嬢もか……」
「どういう事ですか?」
「ヴィオレット嬢はな、ツンツン、ツン」
何だか“ツン”が多いな。“ツン”ばかりね。そんな事を三者三様に思いながら、次に来るであろう“デレ”を待つ。
「ツンッッ!! だ」
しかし、“デレ”は来なかった。一瞬、妙な沈黙が場を支配する。
「“デレ”は失くしたんですか?」
「至急、紛失届けを出した方がよろしくてよ」
「何処に落としたのよ~」
「分からないんだ。私も探しているんだが、永遠に見つけられない」
「大問題では?」
「ツンデレは、“デレ”があってこそ輝くというものですのよ」
「確かに、ツンツン、ツンツンしてたわ~」
「だろう? それプラス言葉足らずのコンボなんだよ」
東屋でしくしくと泣き続けるヴィオレットを見て、三人は複雑そうな顔をした。慰めたい所だが、隠れて泣いているということは涙を見られたくないということで。
特に親しくもない三人が出ていっても、ツンッッ!! と、されるだけなのが目に見えている。どうするのがヴィオレットのためになるのだろうか。
「あの涙は、どういった涙なんでしょう?」
「そうだな。おそらくだが、ランメルト卿と上手く会話が出来なかったのだろう」
「そういう~……」
「まぁ、ランメルト様もツンデレですからね」
「ツンデレとツンツンの恋の難易度よ」
「高過ぎませんこと?」
ツンデレは“ツン”の部分をおおらかに受け止める必要があるだろう。いや、喧嘩っプル的な世界線は残っている可能性があって欲しい。
「話を変えてすまないんだが、シルヴィ嬢に一つだけ。聞きたいことがあるんだ。良いだろうか?」
「勿論です。何でしょう?」
「実はな。ヴィオレット嬢はディオルドレン大公家に、その、嫌われているようで。何か心当たりはないかな」
「……んん?」
寝耳に水とはこのことか。シルヴィは驚いて目を丸める。考えてみたが思い当たることがなく、首を傾げた。
「昔は、大公夫人。つまり、君の伯母の誕生日パーティーに呼ばれていたようなんだ。しかし、ある日を境に何故かパッタリ」
「伯母様の誕生日パーティーに? んー……言われてみれば、見覚えがあるような?」
「本当か!?」
「あっ! あぁ……」
思い出してパッと明るくなった顔が、直ぐ様気まずそうなものへと変わる。それに嫌な予感がして、リルは口を引き結んだ。
「その、私の記憶が正しければなんですが。昔パーティーで、ヴィオレット様にお会いしてます」
「……そう、か」
「それで、ヴィオレット様に『貴女、魔力がないのね』と。その後に『憐れだこと……』って言われました」
「うわ~お」
「いつもの事だったので私は特に気にしなかったし、今の今まで忘れてたんですけど」
「シルヴィ様らし~い」
「問題があるとするなら。その会話を従兄二人に聞かれていたようで、『俺達の可愛いシルヴィに何か?』『文句でも??』みたいな事を言ってた、かなぁ……」
シルヴィは完全に思い出したのか、少しの気恥ずかしさのようなものを顔に滲ませる。何というか、周りが過保護過ぎる気がしてきた。
「それで……。しかしそれは、『“魔力でしか人を判断出来ないなんて、周りの方々は”憐れだこと……』だと思うな」
「言葉が足りなさ過ぎません? ごっそりと大切な部分だけがない」
「いや、本当に~。言葉足らずとかのレベルじゃない」
「何故そこをチョイスしたのかしら? という部分を選んでますわね」
「初対面には、ハードモードです……」
「十中八九、無理だろうな……」
しかし、そんな事であの伯母が公爵令嬢であるヴィオレットを切るとは思えない。いや、寧ろヴィオレットの性格を考慮して、敢えて“何もしなかった”のかもしれない。
あくまでも言い出したのは、従兄二人。伯母が目立つことなく、ディオルドレン大公家の面子も守れて、周りへの忠告にもなる。大公家は誰に対しても容赦はしない、と。
社交の場での発言は、とかく注意しなければならないだろう。足を掬われ、捨て駒にされたくないのならば。
「だとするならば……。すまない、もう一つだけ。もしかして、秋くらいに魔物と何かあったりしたかな」
「私がですか?」
「そうだ。シルヴィ嬢が、だよ」
「秋くらい……。もしかしたら、学園祭のことですかね」
「学園祭……イベントか!? 怪我を?」
「いえ、ルノーくんのお陰で無傷でした」
「そうか。それは、良かった」
「でも、何でそんなことを?」
「んんっ……。その頃から、ディオルドレン大公の魔物への嫌悪が増したというか。芽生えたというのか……」
リルが言い辛そうに、咳払いをする。それにシルヴィは、少しの間のあと素っ頓狂な声を出してしまった。
「そんなことあります??」
「あ~、でもあるかも。だってね。ゲームの大公閣下は、魔物絶許だったの~」
「確かに、イメージではもっと過激派でしたわね」
「そうそう。シルヴィ様が無傷だったから、緩和はしてるのかもね~」
「なるほど。言われてみれば、確かにゲームよりはマシではあるか」
「た、ただのモブなのに??」
「何故ゲームにモブが存在するのか。それはきっと、必要不可欠だからだよ。そもそもここは、もはや現実。ならば、“モブ”はいないさ」
「やだ~、キュンです」
リルが微笑むと破壊力が凄い。これは“リル様”になるし、キャーキャー黄色い声が飛ぶのも納得である。
リル様恐るべし……。シルヴィもちょっとドキドキとした。心臓を落ち着けようと、他の事を考える。ふと、ナディアの顔が浮かんだ。
あの利用価値を値踏みされている感じ。ヴィオレット様が如何に素晴らしいかを語る会。その他諸々……。
もしかしなくとも、シルヴィを利用してヴィオレットと大公家の仲を修復しようとしているのだろうか。
あれはただの切っ掛けに過ぎなかったとは思うが、シルヴィのせいでとナディアが考えていても可笑しくはない。
しかし、そうなると……。どうしようかとシルヴィは心底困ったように眉尻を下げる。随分と無理難題な事をさせようとするものだ。
ナディアの望みを叶えるためには、伯母を納得させるだけの何かを示さなければならないだろう。はてさて、ヴィオレットの何を押し出すべきか。
「ね~、これはどうするの~? ヴィオレット様はこのまま?」
「あぁ、それならば心配はいらない」
「どういうことですの?」
「もうすぐ、来るはずだからね」
リルが格好よくウィンクしてみせる。それに、シルヴィ達は不思議そうに首を傾げたのだった。