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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
94/170

19.モブ令嬢と“あの”ルート

 普通に居心地の良さそうな東屋だ。リルに案内して貰い、辿り着いた東屋を見てシルヴィはそう思った。

 どうして、ここに人が来ないのかが分からない。場所も不便な訳では決してない。ただ、少し隠れた位置にあるにはあるが。


「よし、まだ少し時間があるな。東屋で座りながら話そうか」


 リルが懐中時計を見ながら、そう言う。時間が分かるようになのだろうか。机の上に懐中時計を置いて、椅子に腰掛けた。

 それに倣って、シルヴィ達も椅子に座る。まだ暑さの残る季節。日影に気持ちのよい風が吹いて、一気に涼しげな空気になる。


「ネジ式の懐中時計ですか?」

「いや、これは魔力で動いているんだ」

「時計にも魔蓄石が使われているのですね。本当に便利ですこと」

「まぁ、便利は便利なんだが……。万能というわけでもないよ」

「へ~、ヴィノダエム王国はかなり発展してみえるけど~」

「そう言ってもらえると、光栄だな。でも、この話はまた今度にしよう。今は、乙女ゲームクリアに尽力しなければ……」


 リルが真剣な顔で顎に手を添える。下唇にスラリとした人差し指が触れて、それだけで絵になった。


「あの~、確認させて! もしかしなくても、リル様の突き進んでるルートって~、“あれ”なの!?」

「あぁ、たぶん“それ”で間違いないよ」

「嘘でしょ~!? 何で!?」

「唯一、クリアしきれなかったんだ。たぶん、クリアする前に……。あと少しだったんだよ!? もう本当に、クリア直前だったのに!! だから、自分でエンディングを見てやろうと思ってな!」


 リルがドヤ顔で親指を立てる。ヒロインに転生したからこそ、なせる技という事だろうか。


「えぇ~……」

「あの、因みにどういったルートなんですか?」

「そういえば、省略したんだっけ~。あのね。このルートは、攻略対象者との恋愛そっちのけで、ヒロインのステータスをひたすら上げ続けるルートなの~」

「……はい?」

「通称“筋肉は裏切らないルート”!! 次期女王として、国への民への“愛”でラスボスをぶちのめすルートで~す!」


 ロラが可愛くウィンク付きで説明してくれたが、乙女ゲーム的には全く可愛くないルートである。しかし、次期女王としてこの上なく格好いいルートである。


「そんな!! 折角の推しとの恋愛をそっちのけですの!?」

「私は箱推しだから。それに、気付いたんだ。二次元は二次元だから良いのであって、三次元になると私はちょっと、うん……」

「あぁ、それは何となく分かります」

「シルヴィ嬢は分かってくれるか。ツンデレも腹黒も二次元だと好きなんだよ。でも、現実の恋人、ましてや伴侶に選ぶのはなぁ……」


 リルが渋い顔で唸る。まぁ、言わんとしている事はシルヴィには分かった。リアル恋勢ならば、万々歳喜んでなのだろうが。


「マリユス様は~? 実際に優しい感じに見えたけど~」

「マリユスか。確かに良い奴だし、優秀だよ。でもなぁ。小さい頃からずっと一緒だったんだ。もはや、年の離れた親戚の子感覚というか……」

「転生の弊害ね~……」

「そうなんだ。大きくなって、立派になって、そういう感情が強すぎて、恋愛に発展する気が微塵もしない。それに、マリユスは……。まぁ、マリユスも私に恋はないだろう」

「そうなの~? でも、幼少期の出来事があるでしょ~。ほら、誘拐されそうになってマリユスが傷を負いながら助けてくれるっていう」


 どうやらマリユスとヒロインには、幼馴染み特有の過去イベというものがあるようだ。傷が残ってしまったマリユスに負い目を感じていたヒロインとのわだかまりが溶けて、絆が深まるという固有イベント。


「あぁ、それか。その時には既に前世の記憶を思い出していて、体に障らない程度に鍛え出していてな。誘拐犯は私がぶちのめした!」

「何でよ」

「勿論、マリユスも私に負けたくないと鍛えていたからな。そんな重症を負うこともなく、背中を預け合って大活躍だったよ。私は母上……女王陛下にめちゃくちゃ怒られたがな!!」

「でしょうね~」


 ヒロインが逞し過ぎるというか、頼りになり過ぎるというか。兎に角、強い。これは、本当に乙女ゲームなのだろうか。


「あの、もしかしてセイヒカ2って……。乙女ゲームから本格バトルものに転向しました?」

「やめてやめて~。セイヒカ2は間違いなく乙女ゲームです」

「すまない……っ!! 私が前世でキックボクシングにハマったばかりに」

「何でよ」

「仕事のストレス発散に始めたんだが、思ったよりも楽しくて……。最終的にちょっとした大会で優勝したんだ」

「凄すぎない?」


 どうやらリルは元々、運動神経や反射神経が良いらしい。センスがあるのだろう。


「病弱だったのは、事実なんだ。しかし、鍛え出したらヒロイン補正なのか……。どんどん強くなるのが楽しくてな。あと、どれだけ鍛えても見た目があまり変わらないのもあって、いける所までいってやろうかと」

「ごめんね、シルヴィ様。訂正するわ~。リル様だけ育成バトルものに転向したのかもしれない」

「です、ね。世界観が……」

「一人だけ違いますわね」

「頼むから、苦情は勘弁してくれ」

「まぁ、自分で決めてヒロインに転生した訳じゃないですからね」


 そこではたと、シルヴィは気付く。ルノーが何かせずとも既にシナリオはグッバイしていたのではないのか、と。


「あの、シナリオは正常ですか?」

「…………」

「……リル様?」

「いやぁ……。さっきも言ったんだが、私は細々とした事まで覚えていなくてな。それもあって、攻略対象者とあまり関わらなくて済むこのルートを選んだのもあるんだ」

「なるほど」

「しかし、その……。本当に申し訳ないと思っております」


 ここまでヒロインの性格が違っているのだ。それは、そうなる。既にマリユスとの過去は変わってしまっているし、関係性もゲームとは違うのだろう。

 とは言っても、前作をあそこまで変えてしまったシルヴィには何も言えなかった。しかも、がっつりセイヒカ2にも影響は出てしまっている。魔物の目的とか諸々。


「いえ、私達の方こそ……。誠に申し訳ありませんでした」

「……? 何を謝ることが?」

「あの、その、ルノーくんが……」


 何と説明したものか。シルヴィがしどろもどろになっているのをリルは不思議そうに見ていたが、“ルノー”という名を聞いて「そうだ!」と声を上げた。


「聞かなければと思っていたんだ。彼はフルーレスト公爵家の者だと聞いた。しかし、私の記憶が正しければ、フルーレストは“ガーランド”だろう?」

「ルノーくんは、ガーランド様のお兄ちゃんでして……」

「お兄ちゃん? なに!? ゲームでは亡くなってしまっていた兄なのか!? いや、そうか。フルーレストなのだから……」


 リルが驚いたように、目を丸める。次いで、納得したように一つ頷いた。そしてまだ気まずげに、もごもごと口ごもるシルヴィを見て嫌な予感がしたらしい。笑みに不安を滲ませた。


「これは、聞いた方が良いのだよな?」

「その~………」


 シルヴィはそのまま顔を両手で覆って、完全に動きを止めてしまった。誰にもルノーが魔王であることを説明したことがないため、上手く言葉が見つからなかったようだ。


「も~、しょうがないな。ここからは、お姉さんが説明させて頂きま~す」

「聞きたいような。聞きたくないような」

「必須事項でございます。どうぞ、ご静聴ください」

「承った……」

「ルノー様は、シルヴィ様が攻略したんですけど」

「してない」

「ご静粛に願いま~す」

「すみませんでした」

「なんとその正体は、聖なる光の導きのままに無印。ラスボスの魔王様で~す!」


 ロラの明るい声を最後に、重い沈黙が落ちた。「お願い、何かは言って~」というロラの懇願にリルがハッとした顔になる。現実に戻ってきたらしい。


「ま、魔王が幸せになって何が悪いかー!」

「急に」

「ルノーくんは悪くないです。ちゃんと無印は大団円ハッピーエンドでした!」

「まぁ、そうなんだけど~」

「いや、そうか。膨大な魔力量だとは思っていたが、流石に驚いた」

「セイヒカ2にまで、ご迷惑をお掛けした件に関しましては、本当に申し訳なかったなとは思っております!!」

「……なるほど? どうやら、物見遊山で来たわけではなさそうだ」


 リルがニンマリとした悪い笑みを浮かべる。それに、ヒロイン倶楽部は息を呑んだ。説明してくれるね? という顔で見られて、ここまでの経緯を事細かに共有したのだった。


「そうか。まぁ、魔王は生きている以上、“新たな魔王が世界征服”は無理になる。その結果として、“魔王の座を争った魔物達に巻き込まれた人間界”という構図になるとは……」

「その点につきましては」

「いや、良いんだ。謝罪はもう十分貰ったからね」

「リル様が光輝いて見える」

「それに、正直助かる。あぁ、勘違いしないで欲しいんだが、別に物見遊山でも怒るつもりはなかったんだ。まぁ、ゲームの情報が少しでも手に入れば嬉しくはあったがな」

「イケメンなんですけど~」

「それは、ありがとう。それと、これは悪い話ではないんだ。ゲームでは、新たな魔王ということで、魔界の魔物達が大勢押し寄せていたが」

「あっ! ルノーくんがいる今、敵は反魔王派の魔物達だけ?」

「そうだ。想定より少ないとは思っていたが、これは朗報だよ」


 そういう見方もあるのかと、シルヴィは感嘆の息を吐く。確かに魔界の魔物が大勢押し寄せることを考えると、かなり楽にはなるだろう。それに、魔王はこちら側にいるのだ。


「待てよ。そうなると……」


 リルはシルヴィを一瞥すると、思案するように目を伏せる。その時に机に置いておいた懐中時計が目に入り、「ん?」と声を漏らした。


「そろそろ時間か。ひとまず、皆こちらへ」


 立ち上がったリルに引っ張られるように、ヒロイン倶楽部の面々も席を立つ。リルに付いて、東屋から出た。

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