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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
92/170

17.魔王と悪い共犯

 大したことはないが、騒ぎを起こされるのは困る。下から凄まじい速さで伸びてきた蔓が、魔物を捕らえる。驚いたように見開かれた魔物の目がルノーに向いた。それに、ルノーはゆったりとした笑みを返す。

 魔物が《あ、あぁ、まさか……》と、魔王の存在に気付いた時には既に遅かった。ルノーが立てた人差し指をくるりと回すと、蔓もその通りに動き出す。

 いつか見た光景だとトリスタンは、魔物に起こるであろう悲劇を想像する。魔物を振り回すスピードが徐々に上がっていき、もうこれ以上は可哀想だと思った瞬間だった。


「騒ぎを起こすなら、お帰りを」


 淡々とした声だった。ルノーが指を振ると、蔓が魔物を離す。魔物はスピードをそのままに、遥か遠くへと消えていった。


「う、うわぁ……」

「ルノー……」

「ですから、言ったでしょう? 大したことではないと」


 まぁ、それはそうなるか。フレデリクは他国の貴族達の手前もあり、小言は後でにしたようだ。溜息ごと小言を呑み込む。


「それで、何の話でしたか。あぁ、僕は関係ありませんでしたね。この辺で失礼しますよ」

「お待ち下さい」


 さっさとその場を離れようとしたルノーに待ったを掛けたのは、テオフィルであった。それをルノーは無視したかったが、何とか思い止まる。


「何でしょうか?」

「流石は魔王を退けた国の方だ。ただの魔物では相手になりませんか」


 そいつが魔王本人だからな。それは、相手にならないだろう。フレデリクは心の中でそう言い返しつつ、疑われないように堂々とした態度でテオフィルの話を聞く。

 そんなフレデリクの様子に、トリスタンも背筋を伸ばした。ここで変に視線を外せば、妙な勘繰りをされるかもしれない、と。


「まさか。僕など大した者ではありませんよ」

「ご謙遜を。今まさに魔物を退けた方が」

「運が良かったようです」


 悠々とした笑みを浮かべたルノーが、テオフィルを軽くいなす。出来るだけ穏便に済まそうとしているルノーに、随分とお利口なことだとフレデリクは思ったのだが。

 テオフィルだけではなく、ランメルトまでもがそうは感じなかったらしい。何故ならこの二人にはプライドがあった。自分は優秀であるという揺るがない自信が。

 だというのに、何も出来なかった。いや、させてさえ貰えなかったのだ。それを……。この態度、完全にあしらわれている。二人のプライドがルノーを許さなかった。


「……馬鹿にするなよ」

「ランメルト卿の言う通りだ。過度な謙遜は如何なものかと」

「では、僕にどうしろと? 何と言えば、ご満足頂けますか?」


 雲行きが怪しくなってきた。これは間に入るべきかと、フレデリクはタイミングを測る。

 しかしフレデリクの予想に反して、ルノーは不機嫌になるのではなく、何かを閃いたような顔をした。


「あぁ、そうか。魔王の退け方をご教授願うなら、僕などではなく彼女に伺った方がよろしいですよ」

「……は?」

「折角、“伝説の”光の乙女が来ているのですから。ねぇ?」


 ルノーの視線がロラに向いて、ヒロイン倶楽部の面々は肩を跳ねさせた。あれだけ騒いでいて、まだ隠れているのがバレていないと思っていたらしい。

 シルヴィのために我慢していたが、もはや限界である。ルノーはシルヴィの元へ行けないのならば、こちらへ来て貰う作戦に変更したようだ。

 三人はお互いに視線を交わし合うと、諦めたような顔をする。ジャスミーヌが先陣を切って、角から出てきた。開き直ったように胸を張り、左手で後ろ髪を払いなびかせる。

 それに、ロラとシルヴィが拍手を送っているのが見えた。ジャスミーヌに続いて、ロラとシルヴィも出てくる。

 ロラはジャスミーヌに何かを聞きながら、真似するように髪を払ったが、ジャスミーヌのようにはならなかった。それに三人が揃って、首を傾げる。


「仲が良いな」

「……そうですね」

「渋々過ぎませんか」


 ルノーがそれはそれは渋い顔をするものだから、トリスタンは苦笑する。まぁ、気持ちは分からなくもないのが何とも。


「楽しそうでいいではないか」

「だから、口出ししていないでしょう。シルヴィが楽しいならそれが一番ですから」

「そうだな」

「ただ、妙なことに巻き込むのはやめて欲しいところですが」

「法に触れるようなことでなければ学生の内くらい好きにしてよかろう。フォロー出来る範囲で頼みたいがな」

「まぁ……。全ての危険を排除しておけば問題ないか。最終的には揉み消せば」

「やめなさい。せめて口に出すんじゃない」

「共犯になって頂こうかと」

「お前は……」

「分かっていますよ。残念です」


 特に残念だとも思っていなさそうにルノーがそう言う。シルヴィ達が近寄って来たため、この話は終わりだろうとルノーは思ったのだが。


「程度は考えろよ」


 声を潜めてフレデリクがそんな事をルノーに耳打ちした。そして、目を合わせると「いいな、ルノー」と悪く笑む。

 それに、ルノーはキョトンと目を瞬いた。次いで、楽しげに口角を上げる。


「えぇ、勿論です」


 その声は、驚くほどに弾んで聞こえた。

 まるで悪ガキが悪戯でも考えているような。そんな雰囲気が二人の間に漂う。

 後ろの三人にも、前のご令嬢達にも、その会話は聞こえていない。しかし、トリスタンには聞こえてしまった。

 聞いてはいけない会話が聞こえてしまったと、トリスタンは冷や汗をかく。即座に聞かなかったことにした。


「皆さん、ご無事ですか?」


 慌てたようなロラの声に、その場の視線が全てロラへと向く。


「何だか、嫌な予感がして……。慌てて駆けつけたんですけど、一足遅かったみたいですね」


 しょんぼりとロラが肩を落とす。それを見て、シルヴィもジャスミーヌも脳内では拍手喝采であった。私達の可愛いヒロインがそこにはいたのである。


「怪我があれば言ってください! 私、頑張って治しますから!」

「僕は無傷だから、いらない」


 ルノーはロラの横を通り過ぎ、後ろに控えていたシルヴィの元へ一直線に向かった。その後ろ姿を追ったロラは「……ですよね!」と可愛く言っておくだけ言っておいた。


「ふ、ふざけるなよ!!」

「……?」

「次はこうはならない!! 貴様の助けなど不要だったんだ!!」

「わぁ~お」

「トリスタン・ルヴァンス! 明日の放課後図書館に来い。ただし! 今回だけだからな!! 俺は失礼する!!」


 言いたいことだけ言って、ランメルトが憤慨しながら去っていく。その後ろ姿を見送って、マリユスが苦笑した。


「あー……その。何か、申し訳ない。悪い子ではないんですよ。本当に」

「いえいえ~、大丈夫です。ルノー様はいつもこんな感じなんで、相性悪いかもしれませんね~」

「ははっ、そうかも……」


 マリユスが困ったように眉尻を下げた。そんなマリユスに「あの!」と、声を掛けたのはトリスタンだった。


「オレ、トリスタン・ルヴァンスです。よかったら、仲良くしてくれませんか?」

「え? 俺ですか?」

「駄目、ですかね……」

「いやいや! 俺、平民ですけど」

「そんなの関係ないですよ!」


 トリスタンの勢いに、マリユスは呆気に取られたようにキョトンと目を瞬く。それに、トリスタンはハッとしたように気まずそうな顔になった。


「んー……。俺、マリユスです。俺でよければ、よろしくお願いしますね」

「も、勿論です! 同い年だから、トリスタンって気軽に呼んでください」

「本当ですか? じゃあ、お言葉に甘えます。トリスタン卿、同い年なので敬語は止めてくださいね」

「分かった。マリユスも」

「いやー……。流石に平民がまずいでしょう」

「そう、かな……」

「ふっ、はははっ! トリスタン卿は変わってますね。分かったよ。二人の時は、な?」


 茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせたマリユスに、トリスタンが嬉しそうに表情を緩めた。

 そこが仲良くなるんだとヒロイン倶楽部は、興味津々にやり取りを見守る。まぁ、トリスタンの性格を考えると順当ではあるのかもしれない。


「ねぇ、シルヴィ」

「ん? どうしたの?」

「僕、余計なことしたかな」

「まさか! 素敵だったよ」

「……うん」


 シルヴィに褒められるのは、どうしてこうも幸福感が強いのだろうか。ふわふわとする。ルノーは、幼子のように純粋な多幸感に酔いしれた。

 しかし、シルヴィはロラとジャスミーヌからの“またそうやって甘やかす”という視線を一身に浴びて、顔を明後日の方へと向けて逃げた。そんなことは……あるのかもしれない、と。ちょっと反省もした。


「穢らわしい」


 誰かが、そんな事を呟いた。しかし、誰の耳にも届かなかったらしい。いや、一人だけ。マリユスだけが、瞳を鋭く細めたのだった。

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