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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
83/170

08.モブ令嬢と伯母様

 とてもファンタジーだ。両国の許可が出た場合のみ使用出来る転移陣。それを見て、シルヴィは感嘆する。

 魔塔の魔導師が複数人いなければ発動させられない代物。転移先である隣国では、王室魔導師が発動させてくれる手筈になっている。

 ルノーは簡単にやってのけるが、本来“転移”とは難易度の高過ぎる魔法なのである。陣を描き安定させる。

 膨大な魔力を要するため、一人で使用することは原則として禁止されている。それを知った時シルヴィは、ルノーがシルヴィの前以外で転移魔法を使わない理由を理解したのだった。

 今回は皇太子であるフレデリクが一緒であったために、転移陣の使用許可が降りた。初めて見た大掛かりな魔法陣に、シルヴィだけではなくロラやジャスミーヌも興味津々といった様子だ。


「壮観ですわね」

「すご~い! あんなのゲームには出てこなかったわ~!」

「私も実物は初めて見ました」


 馬車は真っ直ぐに転移陣へと進んでいく。辺りが光に包まれ、シルヴィ達は眩しさに目を閉じた。


「まぁ!」

「わ~!」


 目を開けた時には、既にそこはジルマフェリス王国ではなかった。見知らぬ景色が広がり、ロラとジャスミーヌは興奮したような声を出す。


「ここが、ヴィノダエム王国なのね~」

「【聖なる光の導きのままに2】の舞台ですのね!」



******



 シルヴィは、楽しそうに会話するロラとジャスミーヌの声に視線を上げた。まぁ、何事もなく到着して良かった。頑張った甲斐があったというものだろう。

 気を取り直して、シルヴィは馬車の外に広がる景色を見遣る。ヴィノダエム王国には転移陣が複数あるらしく、ここはディオルドレン大公領の入口であった。

 見慣れた景色に、シルヴィは大公邸のある方へと視線を向ける。会うのは、随分と久しぶりに感じた。


「相変わらず、立派なお屋敷……」


 大公閣下の本邸であるのだから、当たり前ではあるのだが……。荘厳過ぎて、少々気後れしてしまうのだ。何回訪れても慣れない。

 今回の外遊については、ディオルドレン大公家に一任されたらしい。それだけ、女王陛下が兄を信頼しているとも取れるが……。

 それだけではないのだろう。ゲームでは、既に魔物達が国のあちこちで騒ぎを起こし初めている頃合い。女王陛下への謁見は、未だに日時の調整が出来ていないくらいだ。

 そんな中での外遊。本来であれば中止になってもおかしくはない。しかし、こちらには“光の乙女”であるロラがいるのだ。

 大人の事情が絡んでいるのは明白だが、誰もそんなことは口に出さない。何故なら、こちらの本来の目的は正にそれであるからだ。


「教会だわ~!」

「ヴィノダエム王国は教会との結びつきが強いのが特徴ですものね」

「魔法は神から賜りし神聖なものという考え方が一般的ですからね」

「そこが、聖光教とは決定的に違う所よね~」

「聖光教の信仰対象は“光の乙女”でしたわね。ヴィノダエム王国では“神”を信仰している筈ですわ」


 ジルマフェリス王国にも、教会はいくつか存在している。聖光教の行いが許されなかっただけであって、信仰自体は自由が認められているのだ。

 それに対して、ヴィノダエム王国では神への信仰が“常識” なのである。大小様々であるが、教会が建っていない街はないと言われる程だ。

 教会の前を通りすぎ、馬車は大公邸へと進んでいく。門を潜ると、馬車は動きを止めた。転移陣とは便利なものだ。本来であれば何日もかかる旅路が一瞬で終わるのだから。

 馬車から降りると一番に目に飛び込んできたのは、歓迎するように整列した使用人達であった。執事が恭しく頭を垂れる。


「ようこそお越しくださいました。旦那様と奥様がお待ちです」


 それにフレデリクが答えて、執事は「どうぞこちらへ」と歩き出す。それに続いてレッドカーペットの上を進んだ。

 使用人が扉を開くと、広々としたエントランスが現れる。そこで大公閣下と大公夫人が揃って出迎えてくれた。


「お会いできて光栄です。ディオルドレン大公閣下、大公夫人」

「こちらこそお会いできて光栄です、ジルマフェリス第一王子殿下。ようこそ、ヴィノダエム王国へ」

「お初にお目にかかります、第一王子殿下」

「此度の外遊は、お世話になります」


 挨拶を終えた二人の視線がシルヴィへと向く。それに「お久しぶりです」とシルヴィは笑みを返した。


「あぁ。元気そうだな、シルヴィ」

「はい。お二人もお元気そうで良かったです。今回の件、かなり無理を言いました」

「良いのよ、シルちゃんのためだもの」

「助かりました、伯母様。ありがとうございます」


 再開の挨拶もそこそこに、シルヴィはルノー達を紹介しようと体の向きを変える。


「ご紹介しますね。アンブロワーズ魔法学校への留学をお願いしました、私の大切な学友の皆様です」

「お初にお目にかかります。ルノー・シャン・フルーレストと申します」


 ルノーが貴族然とした微笑を浮かべ、綺麗な辞儀をしてみせる。相も変わらず演じるのが上手いものだと、フレデリクは出そうになる溜息を呑み込んでおいた。何と言っても公爵家の嫡男。マナー等はお手の物か。

 それに続いて、ジャスミーヌ、トリスタン、ロラの順番で挨拶をしていく。ロラを見て、大公が何事かを考えるように目を伏せた。


「伯父様?」

「あぁ、いや……。何でもない」


 誤魔化すように咳払いした大公に、シルヴィは不思議そうに首を傾げる。当のロラは心当たりがあるようで、楽しそうに笑むだけだった。

 大公はロラからトリスタン、そしてルノーへと視線を移す。凛々しいローズレッドの瞳を険しく細めた。それに、ルノーが微かに反応する。しかし、表情を変えることはしなかった。


「あら、大変! そろそろ出なければ間に合いませんわよ、あなた」

「……もうそのような時間か」

「もてなしはお任せくださいな。お仕事、頑張ってくださいませ」


 険悪になりかけた空気を壊すように、大公夫人が朗らかな声を出す。それに、大公は残念そうに眉尻を下げてシルヴィを一瞥した。次いで、フレデリクへと視線を動かす。


「申し訳ありません。急な召集が掛かりまして、私は王都へ行かねばならなくなりました。後のことは妻に任せておりますので、ごゆるりとお好きにお過ごし下さい」

「そうなのですか。お気になさらないで下さい。急な召集ならば、致し方ありますまい」

「お気遣い痛み入ります」


 大公は酷く残念そうにしながらも大公夫人に見送られて、エントランスを後にした。扉が閉まるのを見届けて、大公夫人は「さて!」と仕切り直すように手を叩く。


「改めましてようこそ、ディオルドレン大公家へ。あの人の事はお気になさらないで下さい。皆さんが学校に向かった後に帰ってくる予定ですからね」

「伯母様、まさかとは思いますが……」

「あらあら、シルちゃん! 流石ね。根回ししておいたのよ。だって、面倒でしょう?」


 先程までとは毛色の違う。アミファンス伯爵にそっくりな微笑みを浮かべた大公夫人に、場が固まる。


「ということは、お兄様達も?」

「暫く、帰ってきません」

「流石です、伯母様……」


 闇の魔力持ちが二人も来ると聞いた時から、こうするつもりだったのだろう大公夫人の手腕に、シルヴィは何とも言えない顔をする。仲間外れにしてごめんなさいと、心の中で一応は伯父と従兄に謝っておいた。


「闇の魔力への偏見をなくそうという動きはあるのよ。けれど、最近の魔物達による騒動があって、あの人も過敏になっているみたいで」

「召集というのは?」

「あぁ、それはね。魔物の件で後回しになっていた仕事を捩じ込んだのよ。急ぎのものだから、どの道やらないといけない仕事だもの」

「なるほど……」


 どうやって捩じ込んだのかは聞いても教えて貰えないだろうと、シルヴィは納得して頷いてみせる。そんなシルヴィの様子に、大公夫人は意味ありげな笑みを浮かべた。


「うふふっ」

「伯母様?」

「いいえ、何でもないのよ」


 楽しげな大公夫人に、シルヴィは首を傾げる。それを大公夫人は微笑みで流して、フレデリク達に顔を向けた。


「さぁさぁ、まずはアンブロワーズ魔法学校の制服の確認をしたしましょうか。サイズは事前に伺っておりますが、一度着てみた方がよろしいでしょうから」

「あ、ありがとうございます」


 アミファンス伯爵家には気を付けなさい。父の言葉が脳裏に浮かび、フレデリクは頬を引きつらせる。何とも凄まじい血筋だ。


「良かったね、ルノーくん。ひとまず、ゆったりと出来そうだよ」

「大丈夫だよ、シルヴィ」

「うん?」

「僕は、ちゃんと。シルヴィの言うことは、聞くからね」


 褒めてくれていいよとでも言いたげなルノーの顔に、確かに不機嫌になったりはしなかったなとシルヴィは先程の光景を思い浮かべる。

 どうしようかと考えて、シルヴィはルノーの手を取った。右手を両手で握って「偉いね」と言ってみたが、何か違う気もした。何が正解だったのだろうか。何だか小さい子を褒める感じになってしまった。

 しかし、当のルノーは酷く満足そうに目をうっとりと細める。爆発は抑えられたらしい。吐息混じりに「うん」とだけ溢した。

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