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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
82/170

07.モブ令嬢と出発の朝

 誰だろうか。霞がかった視界の中で、白金色の髪がやけに美しく輝いた。

 シルヴィはルノーかと一瞬思ったが、直ぐに雰囲気が違う気がして考え直す。腰ほどまであるだろうか。ストレートの髪がさらさらと揺れている。


「なぜだ……」


 聞き慣れない声であった。切なげに揺れたそれに、シルヴィは心配になり目を凝らす。

 不意に、目が合った。薄い桃色の瞳には、不穏な色が宿っている。どこか浮世離れしたそれは、涙に濡れていた。



 シルヴィは目を開けた。状況が理解できずに、緩慢な瞬きを繰り返す。夢。何か夢を見ていた気がする。

 内容は覚えていないが、妙な夢だった。そんな事をぼんやりと考える。

 何とはなしに時計に目を遣った。目に入った時刻に、シルヴィは飛び起きる。何故なら、今日は隣国に出発する日であったからだ。


「やややっ、まずい、まずい!」


 時は過ぎ今現在、サマーバケーションも終わろうかという八月末。相部屋のクラリスは、帰省していて不在だった。

 こんな日に限って、時計の故障だろうか。それとも、音に気づかない程に熟睡していたというのか。

 ここ数ヶ月、忙しく準備に追われていたせいにして、シルヴィは煩く鳴る心臓を落ち着けようと努める。

 急げば遅刻するような時刻ではなかったのが、救いであった。半泣きになりながら、部屋の中を淑女らしくなく走り回る。


「最後の最後で~!」


 出発の日なのだから、最後という言い方は正しくはないのだろう。しかし、シルヴィにとってみれば“頑張る”の項目は、出発で最後になっていた。

 父親を納得させ、伯母に連絡を取り、留学の時期をフレデリク達と調整し、エトセトラ……。最早、シルヴィに出来ることは全てやったのである。

 ドレスではなく、制服で行くことになったのが良かったのか。悪かったのか。モニクがいれば寝坊などしなかった事を考えると、後者に傾いた。

 荷造りは既に終わらせ、大きなものは担当の者に任せている。今頃は馬車に積まれているだろう。

 シルヴィはバタバタと仕度を済ますと、一度落ち着こうと深呼吸をする。何とか、間に合った。忘れ物はないかと、部屋を見渡す。


「よし」


 気合いを入れるようにシルヴィはそれだけ言って、小さなトランクケースの取っ手を掴んだ。ルノーに渡されていた帽子を被り、ベッドの上へと視線を遣る。

 シルヴィの顔に迷いが浮かんだ。逡巡するように、ウロウロと手が宙をさ迷う。しかし、意を決したように、ベッドの上に置かれたそれを手に取った。


「急げ急げ」


 駆け足で女子寮の廊下を進む。女子寮を出て、正門へと向かった。

 正門には、既に全員が揃っているようであった。それもそうかと、シルヴィは申し訳ない気持ちになりながら、その集団に駆け寄る。


「おはようございます」


 声を掛けると、視線がシルヴィに集まる。シルヴィは微かに乱れた息を整えながら、「私が最後ですね。申し訳ありません」と眉尻を下げた。


「珍しく、遅かったですわね」

「大丈夫よ~。遅刻はしてないわ」

「何だか……。変な夢を見て?」

「何でハテナ付き~?」

「よく覚えていなくて。寝坊です。ごめんなさい」


 シルヴィは前髪を落ち着きなく触る。困ったように笑ったシルヴィに、ロラもジャスミーヌも不思議そうに首を傾げた。


「シルヴィ、おはよう」

「ルノーくん、おはよう。ごめんね」

「謝る必要はないよ。それよりも、大丈夫? 顔色が優れないけど……」


 ルノーが心配そうに眉根を寄せる。ルノーの手が労るようにシルヴィの頬に触れた。

 それに、シルヴィは目を瞬く。自分ではいつも通りに見えたのだが、顔色が良くないらしい。そうなのだろうか。


「大丈夫よ。ただ……」

「ただ?」

「うーん……」

「シルヴィ?」


 夢の内容は覚えていない。その筈であるのに、不安感と言えばいいのか。妙な焦りにも似た何かが足にまとわりついているような。そんな感覚がした。

 それを振り払うように、シルヴィは一度きつく目を瞑る。誤魔化すように、顔に笑みを張り付けた。


「何でもない。大丈夫、きっと」


 緊張でもしているのだろう。そう結論付けて、シルヴィは溜息を吐き出した。


「……そう」


 シルヴィに言う気がないのだと察して、ルノーはそれだけ返す。しかし、別に納得したわけではなかった。

 何かあれば直ぐに対処できるように、今日はもうシルヴィから目を離さないとルノーは決める。他に怪我などはしていないだろうかと、念のためシルヴィを視診するように視線を動かした。

 そこで、シルヴィが大切そうに抱えているものの存在に初めて気づく。見覚えのあるそれに、ルノーの動きが不自然に止まった。


「シルヴィ、それ、は……」

「え? なに?」


 シルヴィとルノーの目が合う。瞬間、正門の横に生えていた木が爆発した。


「えぇ!?」

「シルヴィ様!!」

「ルノー!!」


 それぞれジャスミーヌとフレデリクに注意するように名を呼ばれる。しかし、シルヴィにはルノーがどこにトキメいたのか、全く分からなかった。


「朝から何をなさっておられるの!?」

「やだ、熱烈~」

「ロラさんもふざけないでくださいませ!」

「出発前からその調子でどうするのだ、ルノー!」

「シルヴィが可愛すぎる」


 ルノーの惚けたような声音に、皆の視線が再びシルヴィに向く。そして、シルヴィの腕の中にいる兎のぬいぐるみを見つけ、キョトンと目を丸めた。


「シルヴィ様、その子も連れて行くのかしら~」

「あぁ~……。これは、その、無いと寝付きが悪くなると言いますか……」


 もごもごと語尾が尻窄みに消えていく。最後の最後まで迷ったのだが、結局連れてきてしまった兎のぬいぐるみをシルヴィは恥ずかしそうに抱き締めた。隠れるように、ぬいぐるみに顔を埋めてしまう。


「かわいい……。かわいい、むり……」

「ルノー様が語彙力の死んだオタクみたいになってるわ~」

「この辺一帯消し飛ばしそう」

「やめなさい!!」


 恐ろしいことを口にするルノーに、フレデリクが顔色を悪くする。しかし、何故それほどにルノーがトキメいているのかと首を捻った。


「わたくし、あのぬいぐるみに見覚えがあるのですけれど……。何だったかしら」

「姉さんも? オレも知ってるような気はするんだよね~」

「僕は覚えていますよ。あれは、学園祭で兄上がシルヴィ嬢に贈ったものです」

「そうですわ!」

「ど、道理で……」

「あぁ~……。なるほど、ね」


 ガーランドの言葉に、それはこうなるという空気が流れた。シルヴィは更に恥ずかしくなったようで、ぬいぐるみを抱き締める腕に力を込める。


「……や、やっぱり置いて」

「どうして? 連れていきなよ」


 ルノーがぬいぐるみに触れた気がして、シルヴィはノロノロとぬいぐるみから顔を上げる。意味深に笑むルノーと目が合った。


「……何かした?」

「ん?」


 こてり、態とらしく首を傾げたルノーに、シルヴィは釣られるように首を傾げる。


「さぁ、おいでシルヴィ。同じ馬車に乗るだろ?」

「待て、お前はこちらの馬車だ」


 シルヴィに差し出した筈の手。しかしそれにシルヴィが答えるより先に、フレデリクに手首を掴まれてしまう。そのままルノーは馬車に向かって引っ張られた。


「さぁさぁ、シルヴィ様はこちらの馬車ですわよ」


 シルヴィはシルヴィで、ジャスミーヌに片手を背中に添えられ、やんわりとルノーとは違う馬車へと誘導される。


「シルヴィと別々の馬車は嫌です」

「既に爆発させた者の意見が聞き入れられると思っているのか?」


 フレデリクに良い笑顔を向けられ、ルノーはムスッと口をへの字に曲げた。しかし、諦めたのか「シルヴィ、後でね」と不服そうに手を振る。


「うん、後でね」


 それに、シルヴィは苦笑しながらも答えるように手を振った。街中で爆発は不味いだろう。助かったとシルヴィは胸を撫で下ろす。


「さて、トリスタン」

「やっぱり、俺も留守番した方が……」

「この期に及んで何を言っているんですか」

「はいはい、しっかりしようね~」


 トリスタンがネガティブを発揮している。陰鬱なものを背負っているトリスタンに、ディディエとガーランドが顔を見合わせた。


「ここ数ヶ月、頑張りに頑張ったでしょ~」

「そうですよ。自信を持ってください」

「う、うん。そうだよな」

「トリスタンが頼りだ。本気で」

「ご武運を」

「や、やめてくれ、頼むから……」


 プレッシャーを掛けられて、結局は半泣きでトリスタンは馬車に乗り込んだ。


「どうか、お気をつけて!」

「あぁ、学園のことは任せたぞ」

「お任せを!」


 アレクシがフレデリクに向かって騎士の敬礼をする。ディディエとガーランドも辞儀をした。


「では、いってくる」

「お帰りをお待ちしております!」


 御者が扉を閉め、馬車は隣国ヴィノダエム王国へと走り出す。

 ルノーは、その口元に好戦的な笑みを浮かべた。それに、フレデリクとトリスタンが頬を引きつらせる。


「良い見せしめになって欲しいな」

「やり過ぎるなよ」

「勿論ですよ、殿下」


 ゆったりと足を組んだルノーは、真意の掴めない目を馬車の窓へと向けたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シルヴィとルノーくんがかわいい…むり… [一言] 改めて1話から全部読み返して来ました。最高オブ最高です(´▽`)
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