06.モブ令嬢とセイヒカ2
乙女ゲーム【聖なる光の導きのままに2】略称【セイヒカ2】は、光の乙女が魔王を打ち倒した世界線の続編である。
舞台は隣国ヴィノダエム王国。厳格なる女王が治める光溢れる魔法国家。随一の名門アンブロワーズ魔法学校だ。
魔力の強い子達が国中から集められ、切磋琢磨し魔法を学ぶ。学校に選ばれ入学案内が届くことは、大変な名誉だと言われている。
ストーリーは、平民出のヒロインが二年生になった春から始まる。平和が訪れた筈の人間界に、またしても暗雲が立ち込めるのである。
魔界に新たな魔王が誕生し、魔物達が人間界征服に動き出す。白銀のドラゴンである魔王を攻略対象者と愛を育み、魔法を研き、協力しながら打ち倒せ!
これがロラとジャスミーヌが話してくれた、ざっくりとした【セイヒカ2】のあらすじである。
「なるほど……」
ジャスミーヌの寮部屋で、シルヴィはネタバレ云々は最早どうでも良いのでと説明を求めた結果を聞きながら、溜息を吐き出した。
「ヒロインは、特別な力を持っている設定なんですか?」
「そうね~。力と言われれば、そうではあるのかしら?」
「光の乙女の事を考えると何とも言えませんわね」
「それは、どういう?」
「実はというとヒロインは、平民の振りをしてる次期女王様なのよね~」
衝撃の情報に、シルヴィは思わず噎せた。しかし特別を求めてやる乙女ゲームでは、あり得ない設定ではないだろう。
「それは、どういう意図で……」
「何だったかしら。わたくし、トリスタン様一筋ですから、2はそこまでやり込んではいないのです」
「そうなの~? じゃあ、私が頼りなのね。頑張るわ~」
そう言うと、ロラは記憶を探るように人差し指を顎に当てる。どうやらロラは、ゲームは基本的にとことんやり込む派のようだ。
「王女として入学すると、どれだけ平等にって言ってもフレデリク様みたいになっちゃうでしょ? 本来の国の姿を知る良い機会だから、何の権力もない平民として学びなさいって事みたいよ~」
「そうですわ。そのような設定でした。真実の愛を見つけるためにも、その方がいいという現女王陛下のお考えとかでしたわね」
「まぁ、その辺を気にしすぎるとストーリーが始まらないもの。さらっと流すのが鉄則よ」
「それは、そうですね」
「でも、一応護衛は付いてるのよ。その人も攻略対象者だけどね~」
「たしか、その王女専属の騎士も身分を隠していましたわよね?」
ジャスミーヌの問いに、ロラは首を縦に振る。まぁ、平民に護衛騎士がついているのはどう考えても可笑しいので、それはそうなるかとシルヴィは納得する。
「公爵家の次男で、幼い頃からヒロインの事を知ってる。所謂、幼馴染みポジション。マリユス・ヴァル・エシュアムよ~」
「半分は優しさで出来てるなんて言われていましたわよね」
「そ~そ~。アレクシ様が寡黙で実直な騎士なら、マリユスは爽やかで柔和な騎士ね~」
「騎士は騎士でもタイプが違うパターンですね」
シルヴィは段々と、ロラとジャスミーヌのオススメ乙女ゲームを紹介されているような気分になってきた。
しかしこれは、アンブロワーズ魔法学校で上手く行動するために重要な情報なのだ。シルヴィは雑念を振り払いつつ、「他の攻略対象者は何人いるんですか?」と聞いた。
「黒幕隠しルートを入れて、あと三人よ~」
「前作よりも一人少なくなるのですわ」
「確かに? 少ないですね」
この【セイヒカ】では黒幕隠しルートを入れて、攻略対象者は五名だった。どうやら【セイヒカ2】では、一人減って四名になるらしい。
「ま~……。代わりのルートがあるにはあるんだけど、一番あり得ないから省略するわ~。知らなくても問題ないから」
「そのようなルートありまして? 記憶にありませんわ」
「その程度ってことで~。えっと、攻略対象者の説明に移らせていただきま~す」
「よろしくお願いします」
ロラ曰く攻略対象者は、王室魔導師になる侯爵家の長男ランメルト・リマージェル。二年生で風・木・土・氷の魔力持ちの天才。かなりのツンデレ。
教皇となる伯爵家の三男テオフィル・レノズワール。三年生で光の魔力持ち。優男に見せ掛けた腹黒。
そして、先程会話に出てきた騎士家門である公爵家の次男マリユス・ヴァル・エシュアム。二年生で雷の魔力持ちだ。
「最後は黒幕隠しルート! 平民であるイヴォン。一年生で光と闇の魔力を持ってるの~」
「この子は、母親を早くに亡くして父子家庭で育つのですわ。その父親も体を壊し……。そして居場所のないもの同士、白銀のドラゴンと出会い共に成長する。という設定でした。ゲームでは、ですけれど」
「白銀のドラゴンは魔王なんですよね?」
「そうよ~。人間界征服の動機は、概ねトリスタン様と同じ感じかしら~」
「ということは、その早くに亡くなった母親というのは……」
「闇の魔力持ちで~というあれよ。聖光教みたいな考えは、シルヴィ様も言ってたけど。ヴィノダエム王国では珍しくないのよね……」
「うう~ん……」
隣国とはいえ、国が違えば国民の考え方も変わる。ゲームではどのように描かれたのだろうか。まぁ、ジャンルはあくまでも乙女ゲームであるし、マイルドな表現をされた可能性は高い。
前作で書ききれなかった設定を続編に組み込んだ感が凄いなとシルヴィは感じた。そんなに入れたかったのだろうか。制作会社の考えなど、シルヴィには分からないが。
「因みになんですけど……。悪役令嬢の有無はどんな感じでしょう」
「いますわ」
「いるんですね」
「ただ、ジャスミーヌ様とは違って誰かの婚約者とかではないのよね~」
「しかも! わたくしとは違って、ラスボス的な立ち位置なのですわ!」
納得いかないと言いたげなジャスミーヌの勢いに、シルヴィは目を瞬く。
「それは、どういう……?」
「どこから説明しましょ~。えっと、実はね。悪役令嬢ヴィオレット・ミロ・ラオベルティは、自身の魔力は持ってないのよ~」
「髪色も明るい茶色でしたわ。でも、特異体質なのです。特別な魔法具の補助はいるのですけれど、他者の魔力を留めて自身のものとして使えるのですわ」
「最早、主人公並の設定では?」
続編なのだから前作で不評だった部分が改善されていたり、グレードアップするのは分かる。しかし、悪役令嬢の立ち位置がグレードアップし過ぎな気も確かにした。
「そ~なの。ファンサイトも賛否両論だったわ~。でも、ヴィオレットはそれがコンプレックスだし、魔法学校でも浮いちゃって~」
「ヴィオレットはランメルトに恋しているのです。天才の名を欲しいままにしているランメルトの魔力を借りることが多いので」
婚約者の座を狙っていたというのに、ヒロインと仲良くなっていくのが許せなかったということのようだ。それで、ヒロインに意地悪をしてしまうと。
「でも、それで何でラスボスになるんですか? 魔王は白銀のドラゴンですよね?」
「白銀のドラゴンと契約を結ぶのよ~」
「契約……?」
「血の契約ですわ。相乗効果でどちらの力も強くなるとか。ただ、危険を伴うものなのです」
「命が繋がっちゃうのよね~。どちらかが亡くなれば、もう片方も……。それは、ルノー様も怒るわよ~」
道理で。“契約”、どこかで聞いた言葉だと思ったとシルヴィは目を丸める。そんな危険極まりない代物をあの魔物はさらっと持ち出してきたのか。それは、ルノーも埋めようとするわけだ。
「魔物と契約ダメ絶対ですね」
「そうよ~。何とかして、ヴィオレットを救いたい所よね」
「問題は、ヒロインと悪役令嬢が転生者なのか。そうではないのか、ですね」
「あと、協力してくれるかどうかもね~」
シルヴィとロラが同時に溜息を吐き出す。そんな二人にジャスミーヌは、「転生者ではなかった場合、ヒロインは兎も角として悪役令嬢は協力してくれないと思いますわ」と首を左右に振った。
「まぁ、悪役令嬢だものね~」
「契約を結ぶ前に白銀のドラゴンを止めるとかですか?」
「ルノー様なら出来そうだけど~」
「どのルートなのか含め、行ってみないことには何とも言えませんわね」
ジャスミーヌの言葉に、シルヴィは一気に不安になってくる。何故なら、前作である【セイヒカ】はシナリオが破綻してしまったのだから。
続編の【セイヒカ2】に影響を与えていても可笑しくはない。ゲームのシナリオと全然違うなどと言うことになれば、ロラのゲーム知識もほとんど無意味なものになるだろう。
「何とかして、大団円ハッピーエンドに辿り着きたい……」
「シルヴィ様に同じく~」
「辿り着きたいではなくて、意地でも辿り着くのですよ!!」
「おー!!」
ジャスミーヌとロラが拳を上に突き上げる。それに、シルヴィはキョトンとしたが直ぐに緩く「おー」と二人に倣ったのだった。