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07.モブ令嬢は十歳

 人酔いしそうだ。きらびやかなお茶会会場の隅で、シルヴィは重い溜息を吐いた。

 シルヴィは今年の春で十歳になった。そのため、王室主催の大規模なお茶会にデビューすることになったのである。

 何故かルノーに渋られたが、あれは何だったのだろうか。これでもかと嫌そうな顔をしていたルノーを思い出して、シルヴィは首を傾げた。


「シルヴィ」

「あら? ルノーくん」


 今日は別々に会場に来ていたため、シルヴィもルノーを探していたのだが、人が多過ぎてまったく見つけられなかった。それなのに、直ぐにシルヴィを見つけてしまうルノーは、流石と言うか何と言うか。


「ごきげんよう」

「うん。無事だね? 変なことはされていないね?」

「されてません」


 年々、ルノーが過保護になっていっている気がするのは、シルヴィの気のせいなのだろうか。


「別に茶会に一緒に行くくらい良いだろ。あの人も面倒だな」


 口元を手で隠しながらルノーが物騒な目で、ぶつぶつと文句を言っている。

 ルノーが言う“あの人”とは、ルノーの父親の事だろう。今日のお茶会もルノーはシルヴィを迎えにいくつもりだったらしいのだが、父親が反対したのだとか。

 シルヴィは困ったように笑いながら、聞かなかったことにしておいた。

 仕方ないのだ。幼馴染みとは言っても、フルーレスト公爵家の嫡男にして白金のルノーと、伯爵家の魔力なしでは、そういうこともある。


「ルノーくんは、今日も素敵だなぁ。キラキラが凄いね」


 話を変えようと、シルヴィはルノーにそう言った。嘘ではない。実際に背景のキラキラが凄い。ように、見える。


「シルヴィもよく似合ってるよ。特に、この耳飾り」


 ルノーが揺れる耳飾りに触れた。それは今年、シルヴィの誕生日にルノーがくれたプレゼントだ。

 シルヴィとしては、折角貰ったので付けてきた。くらいで、他意はなかった。勿論、そんなことはルノーも分かっている。

 そして、シルヴィならば付けてくるだろうということも予想していた。その耳飾りがどんな意味で送られた物なのかも知らずに。


「まぁ、殿下。見てください、あれ」

「あぁ、凄い耳飾りだな」

「ブルーサファイアに台座はプラチナ」

「独占欲が怖いぞ」


 そんな二人の後ろで、ジャスミーヌとフレデリクがこそこそと何やら言っている。ルノーには聞こえたが、無視した。

 深い色味のブルーサファイアは、ルノーの瞳を思わせる。台座のプラチナは、勿論ルノーの髪色。まぁ、そういう事だ。


「殿下は挨拶があるのでは?」

「ん? まだ時間ではないから良いだろう。そんな堅苦しい場でもないしな」

「ごきげんよう、殿下。ジャスミーヌ様」

「やぁ、シルヴィ嬢」

「ごきげんよう、シルヴィ様」


 面倒だったので、ルノーは追い払おうと声を掛けたのだが、フレデリクとジャスミーヌは逆に近付いてきてしまった。それに、ルノーは不服そうな顔をする。

 普通であれば、ただの伯爵令嬢であるシルヴィがこの二人と関わりを持つことはなかったとは思うのだが……。ルノーのお陰と言えば良いのか、せいでと言った方が良いのか。気付けばすっかり関わりが出来てしまっていた。


「シルヴィ嬢、その、あれだな。素敵な耳飾りだな」

「はい。ルノーくんから貰いました」

「どうしてその耳飾りを付けてこられたのかしら」

「折角、貰ったので?」


 質問の意図を図りかねて、シルヴィは微かに首を傾げる。その様子に、フレデリクとジャスミーヌは「あぁ……」と声を揃えた。

 シルヴィとルノーは、相変わらずの距離感なようだ。ただ、ルノーは自覚し始めてはいるらしいが。


「お兄様!」

「ん?」

「そろそろ時間ですわ」


 イアサントの声に呼ばれて、フレデリクは一つ頷く。皇太子として、はじまりの挨拶をする役目を任されているようだ。


「そうか。では二人共、楽しんでくれ」


 フレデリクと共に、ジャスミーヌも離れていく。というのに、何故かイアサントは近付いてきた。


「ごきげんよう、ルノー様!」


 そう言って、イアサントがルノーの腕に抱きついた。ルノーも流石に、公の場で避ける訳にはいかなったらしい。

 一瞬でルノーの瞳から感情が消えて、シルヴィはハラハラとした。わお……。怖い。


「おやめください、王女様」

「少しだけでもお話しましょう?」

「……シルヴィが」

「シルヴィ様には、分かりませんよ」


 鼻で笑われた。イアサントはシルヴィの二つ下の筈であるが、シルヴィが嫌いだからか馬鹿にしている節がある。

 シルヴィは、敵視されても困るのだけれど。ただの幼馴染みでしかないのに。と思っているのだが、伝わらないのでとっくに諦めた。

 フレデリクの挨拶が始まり、視線がそちらに向く。「楽しんでくれ」と締め括ったフレデリクに、拍手を贈った。

 その間も、イアサントはずっとルノーの腕に抱き付いたままで。ルノーが無表情過ぎて、凍えるとシルヴィは思った。


「えっと、わたくし、少し人に酔ってしまったようです。風に当たってきますわ」

「僕も」

「いえ、一人で大丈夫ですから」


 シルヴィとしては、空気を読んだつもりだった。しかしルノーとしては、ふざけるな一択である。

 何か言われる前にささっと辞儀をして、シルヴィは足早に庭園へと繋がる扉から外へと出た。大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

 人に酔ったのも嘘ではないが、中身が一般人であるシルヴィからしてみれば、今日のお茶会は息が詰まりそうであった。フレデリク曰く、そこまで堅苦しい場ではないらしいが。十分に、堅苦しかった。


「向いてない」


 領地に引き込もって、平和に暮らしたい。しかし、伯爵令嬢であるシルヴィはそんな訳にもいかないのだ。


「ルノーくん、大丈夫かなぁ」


 今更ながら心配になって、独りごちる。


「ごきげんよう」

「え? あ、ごきげんよう」


 見知らぬ令嬢だった。にこっと作ったような笑みを浮かべる二人の令嬢に、シルヴィも一応笑みを返す。

 まぁ、お茶会は交流の場であるのだから、変な事ではないか。シルヴィは納得して、自己紹介をする。


「この庭園には、綺麗な池があるそうですわ」

「一緒に見に行きません?」


 令嬢達は、何故か自己紹介してくれなかった。それに、違和感を覚える。嫌な予感がしたが、断って良いものかとシルヴィは「えっと……」と口ごもる。

 焦れたように、令嬢の一人がシルヴィの手首を不躾に掴んだ。それに、シルヴィは驚いて目を丸める。


「あの?」

「行きましょうか」

「……はい」


 ここで逆らうのも怖かったため、シルヴィは頷く。令嬢はシルヴィの手首を掴んだまま歩き出した。

 何故、池なのだろうか。そこで、シルヴィはルノーとした会話を思い出した。


“シルヴィは海と森ならどちらが好き? 君に嫌なことをする命知らずは、僕が沈めるか埋めるかしてあげるよ。どちらが良いかな”


 シルヴィを魔力なしと嘲る連中は少なからずいる。それを見たルノーが、ゆったりと笑いながらそんなことを言ってきた事があった。

 シルヴィは“物理的に消すのはどうかと思う”と返して、何とか治めたのだが……。

 あれは、ルノーが怖いだけだと思っていたのだけど、貴族社会では普通のことだったのだろうか。そんなヤクザみたいな。

 いやいや、ただ単純に池が本当に綺麗だからシルヴィにも見せてくれる気なのかもしれない。そんな、邪魔だから池に沈めるみたいな。そんなこと……。ある、のか?

 シルヴィの頬を冷や汗が伝っていく。どうか勘違いであってくれと、シルヴィは祈りながら歩を進めた。


「ほら、あれですわ」

「わ、わぁ、本当に綺麗な池ですね」


 とは言ったが、普通の池である。別段、花が咲き誇っているとかでもない。


「もっと近寄ってみては?」


 怪しすぎて、シルヴィは走って逃げるべきかと悩んだ。しかし、この令嬢達の髪色は灰銀。魔力持ちとなると分が悪い。


「そうしますわ」


 突き落とされても、何とかするしかない。焦らずに力を抜いて、仰向けに浮かべば何とか助かったりしないだろうか。シルヴィは覚悟を決めて、池へと近付いた。

 太陽の光を反射して、水面がキラキラと輝く。眩しくて、目をすぼめた。


「何でこんな魔力なしが」

「え?」


 憎しみのこもった声だった。ドンッと背中に衝撃が走って、体が傾く。

 本気でやりやがった。シルヴィは舌打ちしたい気持ちになったが、淑女として我慢しておいた。

 近付いてくる水面に、思わず目を閉じる。大丈夫。大丈夫だ。心の中で唱えながら、池へと落ちた。

 水中でシルヴィはゆっくりと目を開けた。冷静に行動しろ。水面は……。


――――助けて!!


 不意に、頭の中に悲痛な声が響いた。


――――苦しい! こわい! 助けて、助けて!!


 溺れている。誰かが、誰、だれ?


――――死にたくない!!


 瞬間、ぶわっと記憶がフラッシュバックした。溺れているのは、自分だ。正確に言うなら、シルヴィになる前。前世の自分。


 死ぬ。


 シルヴィはそう思ってしまった。そうなってしまえば、冷静になど無理な話で。

 急激に息苦しくなり、空気を求めた口から逆に空気が逃げていく。ごぽぽ……っ!! と聞こえてきた音が、記憶と重なり更に焦りが増していく。

 どうすればいいのか分からない。助けて、誰か。だれか。ルノーくん!! シルヴィは、無我夢中で手を伸ばした。

 ザバァッ! という音と共に、こもっていた音が急に鮮明になった。肺に入ってきた空気に驚いてシルヴィが噎せる。

 シルヴィの体は宙に浮いていた。この浮遊感をシルヴィは知っている。濡れた体に風が冷たい。

 どうやら、シルヴィを探しに来たルノーが池からシルヴィを魔法で引き上げたらしい。


「シルヴィ!!」


 ルノーが酷く焦った声を出した。魔法を操作して、シルヴィを自身の方へと移動させる。そのまま、抱きとめた。

 助かった。もう、大丈夫だ。それだけの安心感をシルヴィにもたらすのは、相手がルノーだからだろう。


「うっ、うぅっ……」

「シルヴィ?」


 しかし、安心感の後に恐怖がぶり返した。カタカタとシルヴィの体が寒さとは違う理由で震え出す。

 瞬間、ポロポロとシルヴィの瞳から涙が溢れだした。それに、ルノーが目を見開く。


「……ざけ……な……。ふざけるな」


 地の底から響いてきたような低音だった。


「殺す」


 シルヴィがその言葉の意味を理解するより速く、辺りに爆発音が響き渡った。

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