03.モブ令嬢と分岐点4
どうあっても、【聖なる光の導きのままに2】は始まるらしい。いや、既に隣国でストーリーは始まっているのだろう。シルヴィはやはりここは乙女ゲームの世界ではあるのだなと思った。
しかし、シルヴィはセイヒカ2の詳細を知らない。そのため、これがゲーム通りなのか。既に狂ってしまっているのか。判断がつかなかった。
思わず正解を求めて、ロラとジャスミーヌに視線を遣る。二人は瞳をキラキラとさせて、興奮を抑えられないといった風であった。それに、大筋は逸れていなさそうだとシルヴィは考える。
「ヴィノダエム王国、か……」
「隣国ですけど……。また複雑なことになりそうな所を狙ったものですね」
「あぁ、ディディエの言う通りだ。敵国というわけではない。しかし、特別親しいということもない。つまり、関わり辛い」
場が何とも言えない空気に包まれる。シルヴィが先程思ったことは間違いではなかったようだ。皇太子のフレデリクがそう言うのだから。
「それは、確かな情報なの?」
《勿論でございます。全てリュムールラパンの情報ですので》
「そう。どうしようかな……」
「先程言っていたように、魔界でどうにかすることは出来ないのか?」
「魔界は存外広いのですよ。向こうが僕と殺り合う気ならば、問題ありませんが……。こそこそ逃げ回られるとどうにも」
「なるほどな……。そうなると、どうにかして隣国に行くしかないということか」
思案するように、フレデリクが黙り込む。それを見て、ロラとジャスミーヌは期待をその顔に滲ませた。ワクワクが隠しきれていない。
「ディディエ……」
「言わないでガーランド。信じたくない……」
「嘘だろ……」
そんな二人に気づいたらしい。乙女ゲームに巻き込まれたくないと結託した二年生組が、顔色を悪くしている。
シルヴィが指摘してから、ジャスミーヌの考えていることを口に出してしまう癖は、マシになってきている。しかし、本人は無意識なものでなかなか完璧に直ったとは言えず。
乙女ゲームとやらには、続きがあるようだとディディエとガーランドは警戒していた。三人の顔がシルヴィに向けられる。
シルヴィは、諦めを滲ませつつも綺麗にふわっと笑っておいた。それに全てを察した三人は天を仰ぐ。
「わたくしに! いい案がありましてよ!」
自信満々に声を上げたジャスミーヌに、ディディエがぎょっとした顔をする。止めるより先に、ジャスミーヌは「アンブロワーズ魔法学校ですわ!」と続けた。
「アンブロワーズ魔法学校といえば、確か隣国の名門学校だったはず」
「その通りです。そこに留学するのはいかがですか?」
「いやだ」
即座に拒否したルノーに、静寂が落ちる。シルヴィは“無理”ではなく“嫌”なのだなと目を瞬いた。何が嫌なのだろうか、と。
「僕はシルヴィと離れたくないんだ。出来ることなら一日だってね。長期戦は考えていない」
「そもそもとして、留学自体が難しいぞ。外遊とてそう簡単な話ではないのだ」
「それに、僕は普通科の生徒だ。魔法学校に留学は可笑しいよ」
不服そうにしていたジャスミーヌは、しかし何かに気づいたように目を丸める。それは、ロラも同じだった。
「そ、そうですわ。魔法学校ということは、シルヴィ様が留学出来ない!?」
「シルヴィは連れていかない」
「でも~、シルヴィ様と離れたくないなら、連れていくしかないと思います。だって、人間界でもこそこそしますよ~。長期戦にはなりますわ」
「ロラ嬢の言うことは、もっともだ。しかし、留学。留学か……」
「ルノー卿は兎も角としても、シルヴィ嬢はどうあっても魔法学校は難しいのでは?」
アレクシの言葉に、フレデリクはこめかみを押さえる。各々が様々な理由で、思案するように黙り込んだ。
それはシルヴィも同じで、悩むように顎に手を当てる。実はというと、シルヴィには手があった。アンブロワーズ魔法学校に留学する手段が。
シルヴィは、横目でルノーを盗み見る。珍しくいい案が浮かばないのか、ルノーは悩ましげに眉を顰めていた。
反魔王派が暴れて、それをルノーのせいにされる。それは、シルヴィも普通に嫌であった。それは、防がなくてはならない。
「困ったな……」
思わずと言ったように、ルノーの口からそう溢れ落ちる。シルヴィは覚悟を決めた。出来ることならば関わりたくはない。しかし、ルノーのためなら頑張るしかないと。
「手ならあります」
「……?」
「でも、ここにいる全員は流石に無理、かな……。五人、も多いけど……。五人なら何とか……」
「シルヴィ?」
「アンブロワーズ魔法学校に留学することなら、出来ると思うの。でも、五人だけね」
シルヴィの発言に、全員が目を瞠る。視線がシルヴィに集まって、シルヴィは少し困ったように眉尻を下げた。注目されるのは苦手なのだ。
「ルノーくんでしょう。あと、ロラ様。外遊という名目ならば、殿下にもご一緒して頂きたいのですけれど」
「無論だ。どんな手段を使ってでも同行する」
「殿下は別に」
「同行しなければ、不安で眠れん」
ルノーは口煩いフレデリクには来て欲しくないようで、不満げな顔をする。シルヴィはフレデリクの胃が心配になりつつも、話を進めることにした。
「それと、トリスタン様」
「俺!? 待ってくれ。おかしい。俺が選ばれるのはおかしい!」
「でも、功績になりますよ」
先程ジャスミーヌが言っていた時は、内容を知らなかったので何とも言えなかったが。この内容であるならば、確かに功績になるだろう。
トリスタンが言葉に詰まる。ディディエとガーランドは納得したのか「たしかに」と同時に口にした。
「いってらっしゃい、トリスタン」
「頑張ってくださいね」
「そ、そんな……」
しかし、功績が必要なのも事実。トリスタンは反論出来ずに机に沈んだ。
「シルヴィ嬢を入れて、五名ということですね」
「いいえ、アレクシ様。私は入っておりません」
「僕も行かない」
「ルノーくん、話は最後まで聞こうね」
あと一名、名前を呼ばれていない面々が緊張したような顔になる。シルヴィはルノーから視線を移す。目が合って、ジャスミーヌが顔を輝かせた。
「わたくし、行きます!」
「姉さんなの!? 待って、姉さんはオレと留守番しとこうよ、ね? お願いだから!」
「あら、寂しいの? ディディエ。大丈夫よ。お土産買ってくるからね」
「違うんだ、姉さん……」
ディディエが弱々しく呻いた。ガーランドはどうしてと、シルヴィを見つめる。それに、シルヴィは苦笑するしかなかった。
「ジャスミーヌ様は必要不可欠なのです」
「何故ですか?」
「公爵令嬢だからです」
「それは、僕やディディエでは駄目なのでしょうか」
「そう、ですね。まぁ、ロラ様でも……。いや、やはり公爵令嬢でなければ」
「どうして?」
ジャスミーヌを連れていくのはルノーも反対なのか、フレデリクの時よりも渋い顔をしている。それに、ジャスミーヌは目を吊り上げた。ロラが隣で宥めてくれている。
「ここファイエット学園と違って、アンブロワーズ魔法学校には一人だけ侍女を連れていけるのよ。勿論、侍従もね」
「まさか」
「そう。ジャスミーヌ様には留学中、私の大事なお嬢様になっていただこうかと、」
「却下だ」
「あのね……。ヴィノダエム王国では珍しい話ではないの。魔法学校は必ず通わなくてはならないけど、ジルマフェリス王国とは違って普通科の学校は自由にしていい。だから、魔力を持たない子は家庭教師に頼む子がほとんどらしいわ」
ルノーに言い聞かすように、シルヴィがゆっくりと喋る。ルノーはそれが何だと言いたげだ。
「殿下が仰られたように、アンブロワーズ魔法学校は名門。侍女や侍従として入るだけでもかなり箔がつくそうよ。だから、お金を積んでも頼み込む子がいるくらいなの」
「そこまでですの!?」
「そうです。何故なら、許可さえ取れば図書館等施設を侍女や侍従も使うことが出来るからです。仕事を完璧にこなしながらになりますが、整った設備で勉強をすることが出来るので」
「だから何?」
「離れたくないって言ったのは、ルノーくんじゃないか」
遂にシルヴィは顔に呆れを滲ませた。あれは嫌だ。これも嫌だと。ワガママな魔王様だこと。
「公爵令嬢のジャスミーヌ様の侍女、これならお父様も納得させやすいと思うの。まあ? ルノーくんがそう言うならお留守番でもいいのよ? 次にいつ会えるか分からないけれど」
「それは……」
「うん?」
「…………」
ルノーが真一文字に口を結んだ。それに、シルヴィはニコッと笑顔を返す。その顔が父親のアミファンス伯爵そっくりで、ルノーの表情が複雑そうなものに変わる。
「父親に似てきたね」
「……? 親子だもの」
「…………」
「私だって、平和が一番だけれど。頑張ろうかなって、その……」
シルヴィが照れたように、言い淀む。じわじわと頬が赤く色付いていった。
「ルノーくんのためなら」
伏し目がちに放たれた言葉は、ルノーを丸め込むには十二分の威力であった。そして、忘れてはいけない。魔王ルートは、【1トキメキ、1爆発】だ。
ディディエとガーランドの背後の木が大爆発する。メラメラと燃える炎に、フレデリクが「ルノー!」と咎めるように名を呼んだ。
「最近は、減ってたんだけどね~」
「えぇ、僕も久しぶりに見ました」
「二人共、冷静すぎないか!?」
もはやディディエとガーランドは見慣れたらしい。そこまで被害が拡大しないということも分かっているので、対処も落ち着いたもので直ぐに消火していた。
「あの~、ちょっと良いかしら? シルヴィ様は、どうしてそんなに詳しいの~?」
ロラのもっともな疑問に、再び全員の視線がシルヴィに向く。シルヴィは、キョトンと目を瞬いた。そして、納得したように頷く。
「伯母様の嫁ぎ先が、隣国なのです」
シルヴィの伯母。つまりは、アミファンス伯爵の姉。思ってもいなかった人物の登場に、全員が目を丸めたのだった。