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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
76/170

01.モブ令嬢は二年生

 あぁ、本当に来てしまった。シルヴィは揺れる馬車の中で、兎のぬいぐるみを抱き締めた。何とか無事に終わって欲しい、と。


「ここが、ヴィノダエム王国なのね~」

「【聖なる光の導きのままに2】の舞台ですのね!」


 シルヴィの隣に座るロラと正面に座るジャスミーヌが興奮したようにそう言った。

 今いるここは、ジルマフェリス王国の隣に位置する国。厳格なる女王が治めるヴィノダエム王国である。

 そして、【聖なる光の導きのままに2】の舞台。正確に言うならば、舞台であるアンブロワーズ魔法学校がある国だ。


「頑張るわよ~!」

「シルヴィ様も気合いを入れてくださいませ!」


 二人の勢いに圧されて、シルヴィは首を縦に振る。しかし、ここまで来たらもはや自分に出来ることなどないともシルヴィは思っていた。


「頑張りますね。ほどほどに」

「ほどほどでは駄目ですわよ!?」

「シルヴィ様らしいわ~」


 シルヴィは困ったような笑みを浮かべて、有耶無耶に誤魔化す。だってシルヴィは、もう既に結構頑張ったのだから。こっそりと溜息を吐き出したシルヴィは、ここまでの苦労を思い出すように目を伏せた。



******



 5月の初め、ファイエット学園の食堂。テラス席でシルヴィとロラ、ジャスミーヌはお茶を楽しんでいた。

 今日は休日で授業はない。生徒達は各々、自由に過ごしていた。テラス席には、シルヴィ達以外にもちらほらと他の生徒の姿も見える。


「友達が出来そうで出来ないの~……」


 ロラが珍しく落ち込んだ声音でそう言った。それにシルヴィは、何とも言えない顔になる。どう声を掛けようかと、気まずげに手元のカップを指でなぞった。

 ロラが光の乙女であることは、大々的に公表された。そのため、このジルマフェリス王国で知らない者はいない。現れた魔王はロラに恐れをなして、魔界に逃げ帰ったことになっているのだから。

 二年生になって、もうゲームのことなど気にしなくても良いだろうと、ロラは友達作りを頑張っているらしいのだが……。如何せん、光の乙女様にそんな恐れ多いと難航しているようだ。


「学園生活を楽しみたいよ~! 誰でもいいからお友達になって欲しい!!」

「わたくし達がおりましてよ」

「ジャスミーヌ様は学年が違うし、シルヴィ様は学科が違うもの~!!」

「トリスタン様と同じクラスでしたよね?」

「そうですわよ」

「トリスタン様は頼りにならない!!」

「あらぁ……」

「失礼ですわよ!!」


 ファイエット学園には、クラス替えが存在する。二年生になって、ディディエとガーランドは同じクラス。ロラとトリスタンが同じクラスと分かれてしまったそうだ。

 トリスタンが、それはそれは嘆いていた。ボロボロ泣くものだから、慰めるのが大変だったのだ。

 しかし、トリスタンは演技力抜群なので何だかんだと上手くやっているとディディエから聞いた。ロラは頼りないと言うけれど、クラスに溶け込んで人脈も作っているのだとか。

 まぁ、ロラの求めている“お友達”とトリスタンが求めている“人脈”は別物なのだろう。


「ワイワイ騒ぎたい……」

「それは、この学園では無理だと思いますよ」

「そうですわよ。ファイエット学園に通う者ならば、節度ある行動をしなければなりません」

「そんな~」

「前世で言うところの一般的な高校ではなくて、私立のお嬢様学校のイメージですからね。まぁ、ファイエット学園は共学ですけど」

「貴女も男爵家のご令嬢でしょう。それに、光の乙女なのですよ? 恥ずかしくない行動をして下さいませ」

「こういう時のジャスミーヌ様は、本当に公爵家のご令嬢って感じ~」

「“こういう時”は余計ですわ」


 普段のジャスミーヌは、立派な令嬢なのだ。ただ、スイッチが入ると暴走しがちなだけで。特にトリスタン関連は凄まじい。

 ロラは不貞腐れた顔で、紅茶のカップに口をつける。ロラの中身は社会人であるが、折角ならば青春を謳歌したいらしい。まぁ、気持ちは分からないでもないが。


「ねぇ、ロラさん。そろそろではなくて?」

「ん~? それは、ゲームの話かしら~」

「そうですわ。セイヒカ2は、ヒロインが二年生になった所から始まるでしょう?」

「そうね~」


 急にジャスミーヌがそんな事を言うものだから、シルヴィは驚いてカップを倒す所だった。ゲームの話は聞きたくない。シルヴィは出来れば、関わりたくないのだから。


「でも、裏技の必要がほぼなくなっちゃったのよね~」

「殿下との婚約の件ですわね?」

「そう。思いがけず、光の乙女の手柄になっちゃったから。フレデリク様は婚約を解消したばかりだから、少しだけ様子を見ることにはなったけど~」

「まぁ、十中八九婚約する事になるとは思いますわ」

「でしょ~? それだけ、光の乙女のネームバリューは凄いってことね~」


 二人の会話に、シルヴィはソワソワとした心持ちになった。これは、もしかして関わらない方向に行くのではないのかと。


「まぁ、確実にするために頑張ろうかな~。ジャスミーヌ様はどうして気になるの?」

「トリスタン様の功績になるのではないかと思いましたの」

「あぁ~、なるほど。確かになるかも~」

「そうでしょう?」


 シルヴィの希望は儚く散った。ロラとジャスミーヌは関わることに決めたらしい。そして、トリスタンも巻き込まれることが決定したようだ。

 二人の視線がシルヴィに向いて、シルヴィは肩を跳ねさせる。二人の期待するような眼差しに、シルヴィはふわっと微笑みを浮かべた。


「頑張ってください。応援してます」

「何でよ」

「シルヴィ様も行くのですよ」

「私は遠慮しておきます」

「ダメよ~! シルヴィ様が来ないと、ルノー様も来ないでしょ~?」

「ルノーくん?」

「ルノー様は必要不可欠ですわ」


 セイヒカ2の内容をシルヴィは知らない。しかし、二人の発言からして魔物が絡んでくるのは確かなようだ。尚更、関わりたくない。

 そこでふと、疑問が湧いた。ジャスミーヌは“行く”と言ったのだ。いったい、何処へ行くと言うのだろうか。


「待ってください。行くって何処にですか?」

「そう言えば、シルヴィ様は知らないのよね。セイヒカ2の舞台!」

「隣国、ヴィノダエム王国ですわ!」

「はい!? 隣国ですか!?」


 シルヴィは驚きで目を丸める。ロラとジャスミーヌは何を言っているのか。隣国ヴィノダエム王国は敵国ではないが、そこまで親しい間柄でもなかった筈だ。どうやって関わるつもりなのだろう。


「アンブロワーズ魔法学校って知ってる? そこに通う二年生の平民がヒロインなんだけど」

「まほう、え? 魔法学校って……」

「でも、一つ心配なことがあるの。セイヒカ2は魔王様が倒された世界線の話なのよね~」

「魔王は生きてますものね」


 ロラとジャスミーヌが深刻そうな顔をする。不安しかない……。そう思いながらシルヴィは、こめかみを押さえた。

 そもそも、セイヒカ2にもヒロインがいるのなら、そっとしておいた方が良いのではないのだろうか。邪魔をしては、苦情を言われかねない。


「あら~? 何か変な音しない?」

「変な音ですか?」

「確かにしますわね。何かしら?」


 シルヴィ達は首を傾げつつ、音のする方へと顔を向ける。木々の間から、何やら白い物体が猛スピードでこちらに走ってきていた。それに、全員が肩を跳ねさせる。


「なななっ!? 何ですの!?」

「分からないわ~!」

「何かこっちに来てません!?」


 突然のことに、シルヴィ達は狼狽する。そうこうしている内に、その何かは急ブレーキでシルヴィの直ぐ横に止まった。砂塵が舞って、シルヴィ達が咳き込む。


《お助け下さい!》

「え?」


 砂煙の中から、にゅっと飛び出してきた何かは、シルヴィの椅子に前足を付く。

 サイズ感は子羊くらいだろうか。しかし、モコモコとした立派な毛を纏っている。大人の羊のような魔物は、瞳一杯に涙を浮かべていた。


《魔王妃様ぁあ!!》


 シルヴィにだけは、はっきりとそう聞こえた。

 他の人間の耳には「メェエェ!!」という悲痛な鳴き声として伝わる。響き渡ったそれに、視線がシルヴィ達の方へと集まった。

 シルヴィの行動に迷いはなかった。羊のような魔物を抱え上げると、そのまま逃げるように走り出す。魔物が見つかって良いことなどないのだから。


「え!? シルヴィ様!?」

「お待ちになって!?」

「いや、はや~い……」


 行き先はいつもの校舎裏。平和の終わりを感じて、シルヴィは普通に泣いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] うれしいです。
[一言] 続編待ってました!!!!やったー!٩(*>▽<*)۶
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