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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
ファイエット学園編
71/170

58.モブ令嬢と分岐点3

 見えない筈の火花が散って見える。シルヴィは伯爵にやり込められているルノーを眺めながら、これが人生経験の差なのだろうかとちょっとズレた事を考えていた。


「まぁ、ルノー卿が娘を大切に守ってくれていたのはよく存じております。助かっていたのもまた事実。娘が婚約者に選ぶのは、ルノー卿になるだろうとは思っていました」


 急に何だと言う視線を国王に投げ掛けられたが、伯爵はそれは見ない振りで話を続ける。


「だと言うのに、いつまで経っても口説き落とそうとされない。その疑問が今回やっと解消した訳です。いやはや、まさか魔界の王であらせられたとは。急に熱烈に娘を口説き出した所を見るに、懸念事項は全て消えたようで」


 一々、癪に障る言い方をする。しかし、伯爵を敵に回すと厄介であると判断して、ルノーは黙りを決め込んだ。肯定も否定もしないのは、伯爵がムカつくからである。せめてもの抵抗だった。


「それを娘が全て知っていたのは驚きましたが……。父である私にも隠し通すとは」

「お父様、それは……」

「凄すぎませんか? 私の娘! アミファンス伯爵家の血をしっかり受け継いでいる!」


 伯爵が歓喜して拳を握った。本気で喜んでいるようなので、シルヴィは怒った訳じゃなかったと安堵する。


「そうだな」

「方々に自慢して回りたい!」

「やめなさい」


 国王が慣れたように相槌を打つ。この二人はどういった関係性なのだろうか。何処か、ルノーとフレデリクの関係を思わせる。


「失礼、思わず取り乱してしまいました」

「いつもの事だろう」

「私は娘を信頼しておりますので、娘の決断を否定しません。ですが! 親としては、確実に安全だという証明は欲しいところですね」


 娘を苦労させるなど許さん。そういう圧が伯爵から出ていた。それに、ルノーはムスッと口をへの字に曲げる。そんな事は言われなくても分かっている。

 しかし、今すぐに証明しろと言われては流石に無理だ。言葉だけならば、どうとでも言える。行動で示すしか道はない。それには、時間が必要だった。

 人間にとって、ルノーはやはり恐怖の対象でしかない。人間側からすれば、何かあってからでは遅いのだ。殺られる前に殺れは当然の心理であった。


「ではやはり、アミファンス伯爵令嬢次第ということになるな」


 話がシルヴィへと戻ってきてしまった。しかし、シルヴィの選択肢など【はい】か【いいえ】しかないではないか。最後の分岐点。この返答でエンドが確定するのだろう。

 しかし、そこでシルヴィはとあることに気付いてしまった。朝にロラが言っていたではないか。魔王ルートは【(ワン)トキメキ、(ワン)爆発】だと。


「ロラ様に少し聞いて頂きたい事が出来ました。少々よろしいでしょうか?」

「あぁ、それは構わないが」

「ありがとうございます。あの、ロラ様」

「待ってくださいませ。嫌な予感しかいたしませんわ」


 国王陛下の前であるからか、ロラがちゃんと礼儀正しい男爵令嬢をやっている。目指せ皇太子妃なので、当たり前と言われればそうなのだが。


「わたくし、気付いてしまったのです」

「待ってはくださらないのね」

「普通はハッピーエンドの場面が一番トキメキますよね?」


 ロラとジャスミーヌの会話で慣れてしまっている面々以外が、何の話だと怪訝そうにする。フレデリクも朝の事を知らないので、微かに首を傾げた。

 ロラとジャスミーヌの脳裏に、婚約が決まってトキメキの余りルノーが王宮を大爆発させる衝撃映像が流れる。ジャスミーヌが顔色を悪くし、ロラがあ~……と納得した顔をした。


「そうですわね。まぁ、王宮が大爆発する可能性は大いにあるかと」

「待て待て待て、何故そうなる?」


 それに反応を返したのは、フレデリクだった。いつもの事ながら、何故そんな飛んでもない展開になるのかと。


「お待ちになって!? かと言って、バッドエンドを選んだりしたら……」


 ジャスミーヌの言葉に、今度は婚約を断られたショックの余りルノーが王都を消し飛ばすヤバい映像が流れた。それは勿論、シルヴィの脳裏にも。


「それはそれで、王都が消し飛ぶ恐れがあるかと~」

「ルノー、やめなさい。落ち着け」

「僕は落ち着いてます」

「魔王様はシルヴィ様が愛しすぎると、魔法が暴発して周りを爆発させる仕様になってます」

「薄々そうではないかとは思っていた」

「何とかして下さいませ! シルヴィ様!」


 ジャスミーヌに丸投げされてしまった。それに、更にシルヴィへと注目が集まる。だから、モブ令嬢に世界の命運を託されても困る。荷が重い。重過ぎる。

 どうしたものかとシルヴィは突破口を探して頭を回した。そしてふと、ロラとの会話を思い出す。そして、先程の伯爵の言葉。

 そうだ。ここはゲームの世界ではあるが、紛れもない現実。ゲームでは許されないであろうそれは、確かに“裏技”と呼べるモノなのかもしれなかった。

 シルヴィは伯爵の後ろから出て、姿勢を正した。淑女らしく、堂々と胸を張らねば。モブ令嬢とて、やらねばなるまい。魔王にだって負けられないのだ。


「分かりました。この婚約、条件付きでお受け致します」


 静寂が落ちた。シルヴィの心臓が口から飛び出るのではないかと言うほどに、早鐘を打つ。しかし、爆発は起きなかった。どうやら爆発エンドは避けられたらしい。

 ルノーは、どういう意味なのか上手く飲み込めなかったようだ。きょとんと目を瞬いている。


「なるほど。良いんじゃないかい? シルヴィ。お父様は大賛成だよ」

「本当ですか?」

「勿論だとも」

「アミファンス伯爵令嬢、どういう事なのか我々にも説明してくれるかな?」


 シルヴィはそれに二つ返事をして、ルノーと目を合わせる。さて、どう丸め込もうかと。


「お父様が安全だという証明が欲しいとおっしゃられていました。それは、きっと全員が思っていることだとは思います」

「そうだな」

「……君も?」

「え? 私はもう知ってるじゃない」


 困ったように笑ったシルヴィに、やはり爆発が起こった。想定よりも小規模とは言え、爆発はやめて欲しい。


「でも、それ! それはどうにかしましょう」

「…………」

「わたくしが、学園を卒業するまでに証明してみせて下さいませ。ルノー様は人間であると! 世界は平和のままであると! それらが証明されたのなら、婚約をお受け致します!」


 これでどうだ! とシルヴィはルノーの様子を窺う。心底、不服そうであった。ルノーとしては、今すぐにでも婚約を結びたいのだ。しかし、シルヴィの条件も有難い話ではある。

 ぐっと寄った眉間の皺にルノーの葛藤を感じ取って、シルヴィはもう一押しだと確信する。これは、何とかなると。


「そうですか……。残念だなぁ」


 シルヴィが急に落胆したような声を出した。しかも、深い溜息まで吐いている。


「じゃあ、“約束のリボン”は他の方に差し上げるしか無さそうね? そうでしょう?」


 こてん。シルヴィが業とらしく首を傾げた。それに、ルノーが目を見開く。どうやら、シルヴィが口にした“約束のリボン”に心当たりがあったらしい。


「駄目だよ。そんなの認めない」

「だって条件が飲めないってことは、いらないって事でしょう?」

「いる。から、飲む。それで良いから、僕に頂戴。絶対に」


 焦ったように言い募るルノーに、場がざわついた。いったい“約束のリボン”とは何の話なのだろうか、と。


「リボンって何だと思う?」

「分かりません」

「考えられるとすれば、狩猟大会の時に貰うあれくらいだが」

「でも、あれは別に婚約していなくても貰えます、よね?」


 見当が付かずに、ディディエとガーランド、アレクシにトリスタンも首を捻る。ロラとジャスミーヌもゲームには出てこないワードに、ただ怪訝そうな顔をした。


「勿論ですわ。ルノー様が婚約者になった暁には、黄緑色の糸で刺繍を施した焦げ茶色のリボンで、貴方の髪を結って差し上げます」


 ルノーの十五歳の誕生日。欲しいと言われたシルヴィカラーのリボンは、婚約者が出来た時に頼むという話で終わった。

 そのため厳密に言えば、別にシルヴィが作ると約束した訳ではないのだが。まぁ、丸め込めたので細かいことは気にしない。


「必ず手に入れて下さいますよね?」

「勿論だよ。シルヴィが学園を卒業するまでに、君を口説き落とせば良いんだろ?」

「そんな話は微塵もしてませんけど?」

「今まで通りに大人しく過ごせば問題ないよ」

「それは……。そう、だね?」

「騙されないでくれ、シルヴィ嬢。どこら辺が大人しかったと? どの口が言っている」

「僕は売られた喧嘩は買う主義なだけです」

「買うんじゃない」


 やはりフレデリクは口煩いと、ルノーが面倒そうに息を吐く。それを見て、シルヴィは苦笑する。最早、お約束のやり取りだ。


「まぁ、落ち着きなさいフレデリク。条件付きか。確かに悪くはない案だ……。では、光の乙女である君の意見も聞きたい」

「はい。ご覧の通り、魔王様の魔力は膨大でございます。倒すことはまず不可能だとお考えください。再び封印するとしても、かなりの被害が出るかと」

「光の乙女の力を以ってしてもと言うことかな?」

「左様でございます、陛下。あぁ、そうです。これもお伝えしておきます。そうなった場合は、既に逃げる算段は整えてあるとシルヴィ様から聞きました」


 そう言えば、そんな話をしたなとシルヴィは頷く。それを見た伯爵が「あぁ、なるほど。あれは、そのための計画書だったんだね」と納得したように溢した。


「説明しなさい、伯爵」

「娘が小さい頃に作っていたのですよ。この国から逃げる計画書を」

「遊びの範疇を出ない稚拙なものだったのですが……」

「そんな事はないよ、シルヴィ。よく考えられていた。私はそれを少し整えて、実際の情報を追加しただけ、」

「待ちなさい! 何だその危険極まりない代物は!? どこにある? その計画書はどうなった!」

「シルヴィの物ですから、シルヴィに任せました」

「え? えっと、ルノーくんにあげました」


 全員の視線がルノーに向く。ルノーはよく分かっていなさそうなシルヴィを見て、溜息を吐いた。しっかりしているのか。ぼんやりしているのか。本当に危なっかしい。伯爵は絶対に分かっていて、やっているが。


「好きにして良いとの事でしたので、燃やしましたよ。あんな危険な代物、外部に漏れれば事ですからね」

「内容は?」

「全て頭に入っています。お聞きになられますか? 軽く引くかと。まぁ、僕よりも計画したアミファンス伯爵本人の方が詳しいとは存じますが」

「伯爵、詳しく聞かせて貰うぞ。必ず、私の執務室に来なさい」

「それは、王命でしょうか?」


 国王はまたかと言うように、溜息を吐く。困ったように苦笑して、首を左右に振った。


「友としての頼みだよ、ベルトラン。聞いてくれるか?」

「そう言うことでしたら、喜んで。私でお力になれるかは分かりませんがね」

「お前は……」


 恐縮したような態度を取る伯爵に、国王が疲れたように目を瞑った。これを機に、その化けの皮を剥がしてやろうかという気になってくる。出来るかは微妙な所だが。

 まぁ、それは一先ず置いておくとして。魔王の件は、どうするのが国にとって最善かと国王は頭を悩ませた。

 逃げる算段を整えてあると言うことは、国から追い出すという選択肢も存在はしている。しかし、国を滅ぼすかもしれない恐怖を目の届きにくい遠くに追いやるのも危険だ。それならば、国に置いて監視し続ける方が得策。

 フレデリクの言っていた事を全て信じる事は、父親だからとて出来はしない。だが……。国王はルノーを真っ直ぐと見遣る。

 国を。いや、世界さえも手に入れられるかもしれない男が、ただの伯爵令嬢に膝を折る。俄には信じられない話であったが、これは本当である可能性が高そうだ。

 これがアミファンス伯爵家の血筋でなければ、もっと良かった。令嬢の思うがままに魔王が動いてくれるというのだから。国のために色々と……。いや、寧ろ妙な野心を持っているような家門であった方が不味かったか。

 決まりだな。国王は、シルヴィの案を飲むことにした。自分の目で確認した結果、それが一番だと判断したのだ。


「よく分かった。よろしい。ルノー卿とアミファンス伯爵令嬢の婚約は、伯爵令嬢の条件で認めよう。そしてその婚約が成った暁には、ルノー卿が魔王であることは伏せ人間として受け入れる。その代わりに、他の者達同様に国の臣下として忠義は尽くして貰いたい。どうだ?」

「寛大な計らい痛み入ります、陛下。僕はシルヴィが“それで良いなら、それが良い”ので。シルヴィが幸せであるのならば、勿論周りの者達と同じように致しましょう」

「そう、か……」


 つまり、シルヴィに何かしようものならその限りではないと言うことだろう。もしくは、シルヴィが他の事を望むのならば、話は別と言うことか。兎に角、シルヴィが幸せな状態でずっと一緒にいられたらルノーは満足らしい。

 シルヴィもそれを理解して、何でそうなると泣きたくなった。変な汗が止まらない。


「まぁ……。それくらいでなければ、娘は任せられませんな」

「アミファンス伯爵は少し黙っていなさい」


 これ以上、話をややこしくされては堪らない。国王はこの件はここで終わらせようと思ったのだが、それを遮るように謁見の間の扉が開け放たれた。

 全員の視線が入り口へと注がれる。そこには、王女であるイアサントが立っていた。


「もしかしたら、いらっしゃるのではと思っていたが……。期待を裏切らないお方だ」


 伯爵がポツリとそう溢す。それは、シルヴィにしか聞き取れなかったようだ。伯爵の言葉に反応を返す者はいなかった。

 イアサントが早歩きでこちらへと近付いてくる。そしてルノーに抱き付こうとして、普通に避けられた。勢いのまま、盛大に転ぶ。

 国王とフレデリクがほぼ同じタイミングで、溜息を吐き出した。


「どうして避けるのですか!」

「婚約者がいる身ですので」

「婚約者!? もしかして、今日はそれをお決めに!?」

「暫くお会いしておりませんでしたが、王女様は相変わらずのご様子で」


 ルノーの表情が一気に冷たくなる。これを向けられて尚、諦めないのだからある意味凄い。イアサントは国王に抗議するような視線を向けた。


「イアサントはルノー様と婚約したいです!」

「久しぶりに聞いたな」

「だって! 白金色に戻ったんですもの!」


 ここまで来るといっそ清々しくすらある。ルノーの価値はその髪色にしかないと言われているようで、シルヴィは眉根を寄せた。


「王女様の婚約は既に決まっているとお聞きしましたよ?」

「へ?」

「そうだろう? ディディエ」


 イアサントがポカンと口を開ける。ルノーに名指しされたディディエは、肯定するようにニコッと微笑を浮かべた。

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