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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
ファイエット学園編
60/170

47.モブ令嬢と黒幕への褒美

 聞いたことがある。シルヴィは、ルノーが口にした家門に聞き覚えがあった。しかし、どういうことなのだろう。

 トリスタン・ルヴァンスとトリスタン・フォネ・ソセリンブは同一人物ということでいいのだろうか。目の前のトリスタンが焦っているのを見るに、それで間違ってはいなさそうではあるが。


「ソセリンブって、公爵家の?」

「そうだよ。流石はシルヴィ。よく知っているね」

「まぁ、これでも伯爵令嬢なので」


 この国の貴族一覧を頭に叩き込んだ日々を無駄にする訳にはいかない。本当に大変だったのだから。少し名前が怪しい所はあるが、家門は男爵家まで完璧なのである。


「でも、ソセリンブ公爵家は……」

「そうだよ。とっくの昔に没落している」


 ソセリンブ公爵家は、フルーレスト公爵家、ガイラン公爵家と並ぶこの国の三大家門であった。しかし、不慮の事故や病気などにより血を受け継ぐ者がいなくなってしまったのだ。

 そのため没落と言うよりは、滅亡したと言った方が正しいのかもしれなかった。故に、呪われた一族だと揶揄する声もある。


「そのソセリンブ公爵家の生き残りだよ、彼はね。そうだろ?」


 ルノーの問い掛けに、トリスタンは顔を強張らせた。そして、逃げるように顔を俯かせる。それは、肯定しているも同然だった。

 トリスタンの母親。つまりルヴァンス侯爵の姉は、駆け落ち同然で平民の男と結婚した。などという噂が社交界には流れていた。

 没落したのであれば、公爵ではなく平民の男で間違いはないのだろう。しかし、ソセリンブ公爵家の血筋だと知った上での結婚であった場合はまた色々と変わってくる。

 今現在、ソセリンブ公爵家の領地等は国が管理している。もし、その血筋が現れ公爵位を賜れる程の者であるならば、再びソセリンブ公爵家として繁栄を辿れる可能性はある。だから、ルヴァンス侯爵はトリスタンを引き取ったという見方も出来るのだ。

 ということは、だ。もしかして、ゲームのトリスタンルートのハッピーエンドはそういう終わり方をするのだろうか。ソセリンブ公爵になり幸せに暮らしましたとさ。大いにあり得る展開である。

 シルヴィはトリスタンの隣に座り込んだままのジャスミーヌに視線を遣る。ジャスミーヌは驚愕していた。

 次いで、ヒロインであるロラへと視線を移動させる。ロラも大層驚いたように、目をまん丸にしていた。それに、シルヴィは混乱する。ゲームでは出てこない設定だというのか。


「待て、ルノー! あー……色々言いたいことはあるが、ひとまず! もしそれが本当なのだとしたら、何故名乗り出なかったと言うんだ?」

「簡単な話ですよ。ソセリンブ公爵家は不運な一族でも、ましてや呪われた一族でもない。消されたのですよ、意図的に。命を狙われていると分かっていて、名乗り出る者はいません」

「消された? では、まさか……」

「彼の両親も不慮の事故ではなく、殺されたと言うことです」


 フレデリクが息を呑む。本当に知らなかったらしい。

 そこで、シルヴィは合点がいった。これが、黒幕を魔王復活へと駆り立てた理由なのだと。両親の復讐。国への絶望。

 ジャスミーヌとロラの様子からしても、それで合っているようだった。シルヴィは何とも言えない気持ちになる。しかしシルヴィには、やはり止めることも共犯になることも出来そうにはなかった。

 ただ、きっと止めるのが世間一般では正しいのだろうなとは思った。


「くにの……国の指示じゃないのか!!」


 急にトリスタンがそう叫んだ。苦しくて苦しくて仕方がないという声だった。


「でなければ、おかしいだろ! 不慮の事故なんて!! 有り得ない、殺されたのに、何でだよ! 何で助けてくれなかったんだよ……」


 トリスタンは最後には、縋るような視線をフレデリクへと向けた。堰を切ったように、瑠璃色の瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ落ちてくる。

 もがき苦しんだ末の凶行。もうそこにしか、トリスタンの救いはなかったのだろう。


「……すま、ない」


 絞り出すようにフレデリクはそれだけ言った。それにトリスタンは目を吊り上げる。


「ふざけるなよ!? そんな、そんな言葉で納得できない!!」

「すまない。“違う”とも“そうだ”とも言えない。不甲斐ない。俺ではまだ、まだ、なにも」


 フレデリクの顔が苦しげに歪む。皇太子であっても、知らされていないことは多いのだろう。トリスタンは、悔しげに呻いた。


「ねぇ、僕の話は聞いていた?」


 ルノーが呆れたように溜息を吐いた。それにより、周りの視線は再びルノーへと集まる。

 シルヴィの頭に顎を乗せて、ルノーがつまらなさそうな顔でトリスタンとフレデリクのやり取りを眺めていた。


「なに、を」

「僕は君に褒美をあげようと言ったんだ。意味は分かるね?」

「ほうび?」

「君は勘違いをしている。ルヴァンス侯爵もね」

「勘違いなんかじゃ」

「ないと? 本当に?」

「でも、だって、俺は……」


 トリスタンが頭を抱えて、膝から崩れ落ちた。追い詰められたように、「ちがう、そんなわけ、ちがう」とうわ言のように繰り返している。


「君の両親は崖の下で発見された。馬車と一緒にね。馬車ごと落ちた事故ということになってはいるけど、そうではない」

「そうだ。だって、襲われたんだ。俺もいた。その場にいたんだ。見たんだ」

「噂好きの魔物がいてね」

「……は?」

「人間界のありとあらゆる事を知っているんだ」


 待ってましたと言わんばかりに、兎のような見た目をした灰銀色の魔物が前へ出る。兎のようではあるが、サイズ感が大型犬くらいはありそうだった。

 何かを誇らしげに言っているようなのだが、シルヴィには内容は分からなかった。ルノーには分かるのだろうか。

 首を傾げたシルヴィに気付いて、ルノーはどうしたのだろうかと考える。そして、言葉が通じていないのだという結論に達した。

 そういった魔法があっただろうかとルノーは記憶を探る。しかし、思い当たらなかった。ドラゴンの時は、人間との意志疎通の必要性を感じたことがなかったのでやった事はないが……。物は試しだとルノーは今考えた魔法を発動させてみることにして、指を鳴らした。

 遠くの方で鉄琴が鳴ったような。そんな音が聞こえて、音の出所を探すようにシルヴィは顔を上に向けた。


《ですから、わたくしにお任せください!》

「……んん?」


 聞き慣れない声が耳朶に触れて、シルヴィは慌ててそこへと視線を向ける。えっへん! という文字が後ろに見えるくらいに胸を張った兎のような魔物しかそこにはいなかった。


「ルノーくん、なに? 何かした?」

「うん。上手くいったかな? これで聞こえる?」

「えぇ?」

「ねぇ、きみ。今度は手短にもう一度」

《何ですと!?》


 兎が驚いたような声を出す。ルノーに「早く」と言われて、兎がしゅんとしながら自己紹介をしてくれた。


《わたくし、リュムールラパンと申します。どんな噂も大好きでございます。とかく人間は面白い。時折、魔物よりも禍々しい話を聞きますゆえ》

「う、うっわ~……」

「魔物の言葉が理解できています……」


 ディディエとガーランドがキラキラとした顔をしている。どうやら、シルヴィだけではなく、この場の全員に翻訳の魔法をルノーは掛けたらしい。


《何と!? 人間に言葉が通じているようでございます、魔王様!!》

「一時的にね」

《素晴らしいお力……!!》

「そういうのはいらない。それで? しっかりやったの?」

《はい、勿論でございます。今頃は、ご命令通りにフランムワゾーが捕らえておるかと》

「じゃあ、先に呼ぼうか」


 ルノーが指を鳴らすと、今度は上に穴が出現する。そこから、何かがドサッと落ちてきた。それに、シルヴィは肩を跳ねさせる。

 よくよく見ると、それは人間だった。四十代くらいだろうか。神父のような格好をした男が二人。気絶しているのか、倒れて動かない。


「へぇ、それが?」

《はい、ご命令通りに捕らえてきました》

「ふぅん……。上手くやったね」

《勿体なきお言葉》


 魔王じゃん。シルヴィはルノーと魔物とのやり取りを聞いてそう思った。いや、でもルノーは普段からこんな感じである気もする。

 ルノーと会話をしていた、穴から新しく現れた魔物がシルヴィの目の前に着地した。その魔物に見覚えがあって、シルヴィは目を瞬く。


「食堂の時の……?」

《これは光栄でございます。覚えておいでですか?》

「え? は、はい」


 まだ少し怖いが言葉が通じる分、緩和されている感はある。しかも、何故だか凄く丁寧な対応をされている気がした。気のせいだろうか。


「ルノー、お前……。いったい何をする気だ」

「これは、失礼。紹介しますよ、殿下。彼らはこの国の負の遺産。いや、光の乙女のと言った方が正しいかな」

「負の遺産?」

「思いの外、狡猾な連中のようですよ。国王陛下が手を焼いているようですから」

「なっ!?」


 思ってもみなかった人物がルノーの口から出てきて、フレデリクが目を見開く。それは、周りも同じだったようだ。シルヴィももう何が何やらと言った風に目を白黒させている。乙女ゲームの設定はどこにいったんだ、と。


「君への褒美は彼らだ。好きにするといいよ」

「え、あ、その……」

「……? あぁ、証拠とやらが必要なのかな。それとも、詳しい説明が欲しい?」

「ど、どちら、も……?」

「そう。まぁ、いいよ」


 トリスタンは困り果てたような情けない顔で、ルノーを見遣る。ルノーはどこから説明しようかと、思案するように黙った。


「ルノーくん」

「なに?」

「あの人達は大丈夫なんだろうか」


 シルヴィは口を挟まず大人しくしておこうとは思っていたが、どうしても気になってそれだけは聞いておいた。何故なら、先程から全然動かないのだ。連れてこられた男二人が。

 ルノーは、この男達が騒ぐと面倒だと思って放置していた。しかし、それはそれで面白いかもしれないと思い直す。シルヴィも心配している事であるし、まずはこの男達を起こす所から始めようと指を鳴らした。

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