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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
ファイエット学園編
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46.モブ令嬢と急展開

 よかった。シルヴィは心の底から安堵した。ドラゴンの姿だろうが、人間の姿だろうが、無事だったならそれでよかった。それなのに、急に落ちてくるものだから本気で焦った。

 冷静に考えてドラゴンを受け止めるなんて無謀極まりないが、やるしかないと思った。助けなくてはと。それしか頭になかったのだ。


「おかえりなさい」


 涙で不格好に震えた声だった。そこでシルヴィは、自分が泣いているのだと気づく。様々な感情がごちゃ混ぜになって、何が原因で泣いているのか自分でもよく分からなかった。


「シルヴィ? 泣いてるの?」


 ルノーもそれに気付いたらしい。ルノーの体が離れて、シルヴィは顔を覗き込まれた。ルノーは少し戸惑ったような顔で、シルヴィの頬に手を添える。涙を拭うように親指で目元を撫でた。


「泣かないでよ」

「誰のせいだと思ってるの」


 シルヴィに言われた通りに、ルノーは尚もポロポロと溢れ落ちる涙の原因を考える。そして、もしかしてと思い付いたそれはルノーを浮わついた心地にさせるには十分なものだった。


「僕?」


 素直に期待した。それが声にも顔にも出てしまったようだ。シルヴィがルノーを見て、責めるような目をした。


「嬉しそうにするんじゃありません」

「うん。それで? 僕のせい?」

「そうだよ」


 シルヴィがまったくと言いたげに溜息を吐き出す。いつの間にか涙は止まっていた。

 それに、ルノーは物足りない気持ちになる。シルヴィに、泣いて欲しくないのは本音だ。しかし、ルノーのせいで、ルノーのために、泣いてくれるのは妙な優越感があった。悪くないなと思ったのも本音。

 それを口にすればシルヴィが更に怒るかもしれないので、ルノーは秘密にしておくことにした。既にバレているかもしれないが。


「僕が悪かったよ。心配を掛けたね」

「本当だよ。三日も経ってるんですけど」

「みっか?」

「うん。三日」


 まさかそんなに経っているとは思っていなかったルノーは、驚いて目を丸めた。あの白い靄のせいか。剣に掛けられていた闇魔法のせいか。ルノーの体感では一日くらいのつもりだったのだ。


「ルノーくんの事ばっかり考えて待ってたから。いい子過ぎてご褒美貰えると思うの」


 ルノーも苦労したのだろう。そう思い直したシルヴィは、ルノーを責めるのは違うなと話題を変えることにしたらしい。

 笑って欲しくて、冗談めかしてドヤ顔で胸に手を置く。ルノーなら本気で何かくれたりして。なんて、ちょっとした悪戯心もあった。


「うん」

「……ん?」

「いいよ、シルヴィ。結婚しよう」


 静寂が落ちる。意味が上手く飲み込めなくて、シルヴィが混乱した顔をした。


「急展開過ぎて……。え? 聞き間違ったかもしれない」

「好きだよ、シルヴィ。僕と結婚して」

「聞き間違いじゃなかった」


 食い気味なルノーのそれに、シルヴィは更に混乱した。どういう事なのかいまいち理解が追い付かない。


“好きだよ”


 それは勿論。シルヴィも好きだ。幼馴染みとして。


“僕と結婚して”


 結婚。それはつまり、ルノーの好きはシルヴィとは違うということを意味していた。

 それを理解した瞬間、シルヴィの顔が一気に赤に染まった。何がどうなってそうなったのか分からない。一体いつから。いや、からかわれている可能性もある。落ち着かなければとシルヴィがアワアワとする。

 それを眺めながら、ルノーはつい口が滑ったと口元を手の甲で隠した。上手くやると自分で言った傍からこれだ。いや、可愛いことを言うシルヴィが悪い気がしなくもない。

 もっと責めてくれれば良かったのに。早く帰るなど、全く以て嘘つきだと。それなのに、責める所かルノーのことばかり考えて待っていたなんて……。冗談半分でも浮かれた。

 それに、ルノーを止めていた枷はなくなったのだ。ずっと我慢していた。やっとだと思ったら、止められなかったのは認める。ルノーはもう開き直ることにした。


「シルヴィ」

「はい!?」


 恥ずかしさで潤んだシルヴィの瞳と目が合う。ルノーは普通にときめいた。そのせいで、ルノーの後ろにあった木が爆発する。いつもよりも凄い威力で。

 しかも、木が燃え上がっている。シルヴィはそれに衝撃を受けて、照れなど何処かに吹き飛んだ。本体と融合して、更にルノーの魔力量が上がった気がする。


「好きだよ」

「へ!?」

「それとも、これでは褒美にならない?」


 シルヴィの腰にルノーの腕が回る。退路を塞ぐように。これは、何かまずい。シルヴィがそう思った瞬間、「水よ! 炎を鎮めよ!」という慌てた声が響き渡った。

 よく知っている声に、シルヴィは顔をそちらに向ける。炎を消し止めたのは、シルヴィの想像通りディディエだった。

 ディディエだけではない。攻略対象者が勢揃いしている。勿論、中心にはヒロインがいた。腰には聖なる剣を吊るしている。どうやら、ダンジョン攻略は成功したらしい。


「これは、どういう状況だ!」

「魔王が現れて、急に落下して、消えたんだけど!?」

「兄上! シルヴィ嬢! ご無事ですか!?」

「魔王はいったい何処に消えた!?」


 ここにいます。とは、流石に言えなくてシルヴィは気まずい心持ちになる。最悪のタイミングでヒロイン達が帰ってきてしまった。どう言い訳をしようかとシルヴィは、目を泳がせる。

 一番慌てなくてはいけない筈のルノーは、シルヴィの視線が自分から他に向いたという事の方が重要だったらしい。シルヴィの顎を掴むと、ルノーの方へと戻した。


「シルヴィは?」

「……え?」

「返事が聞きたいな」


 それどころじゃないだろ。危うくシルヴィはルノーに頭突きを食らわせる所だった。


「ルノーくん」

「うん?」


 うっとりとした瞳を向けられて、シルヴィは色んな意味で居たたまれなくなった。周りを見て欲しい。ルノーの視線も困るが、ルノー以外からの視線が痛すぎた。


「ひとまず、あの、返事は待ってください! 耐えられないです! この空気に!」

「周りを気にする必要はないよ」

「気にして欲しい! お願いだから!」


 シルヴィが距離を取ろうとルノーの体を押す。さっきよりも情けない声で、半べそをかいていた。

 ルノーは狡いなと感じた。普段は“お願い”などと滅多に言ってこないくせに。こんな時に使うのか。どうせなら、もっと私的で我が儘な内容の時に使って欲しい。


「シルヴィのお願いなら……仕方がないね」


 ルノーは渋々と言った様子で、シルヴィを解放した。それに、シルヴィはほっと息を吐き出す。しかし、本当の問題はここからなのだ。

 さて、どう誤魔化したものかとシルヴィは心底困った。もう、見られていないというのなら、知らぬ存ぜぬで通してしまおうか。


「どうなっていますの!?」


 そう言ったのは、ジャスミーヌだった。腰を抜かして、先程のシルヴィのように地面に座り込んでいる。

 シルヴィは終わったと思った。そういえば、ジャスミーヌとトリスタンと一緒にいたのだった。目撃者が二人もいるのなら、流石に知らぬ存ぜぬは無理がある。


「あぁ、君達もいたの?」

「最初からずっといましたわ!」


 どうしてルノーはこうも落ち着いているのだろうか。自分のことだというのに。シルヴィはそんなルノーを見ていたら、何だか悩むだけ無駄な気がしてきた。

 もしかしたら、ルノーに何か策があるのかもしれない。なかった場合は当初の予定通りに逃げるのも手だろうか。


「フルーレスト卿が魔王で、魔王がフルーレスト卿で??」


 呆然と立っていたトリスタンが、急にそんなことを言い出す。完全にパニックになっていた。

 端から見れば、意味不明なことを言っている頭のおかしい奴だろう。現に「何を言っているんです?」と、ガーランドに不審な目を向けられている。


「トリスタン様は間違ったことを言っておりません! わたくしもこの目でしかと見ましたわ! 魔王がルノー様になったのです!」

「落ち着いて、姉さん。流石にそれは……ない、ですよね?」


 途中で自信がなくなったのか、ディディエがルノーに問い掛けた。ルノーならば、あり得そうと思ったらしい。

 全員がルノーの答えを求めて、視線を向ける。シルヴィもどうするつもりなのかと、ルノーの出方を窺った。認めるも誤魔化すも、ルノーに合わせることにしたのだ。これは、ルノーの問題なのだから。


「そうだな……」


 ルノーは思案するように、その場にいる全員を順番に見ていく。最後にトリスタンに目を遣って、楽しそうに笑んだ。それに、トリスタンが大袈裟に肩を跳ねさせる。


「シルヴィはどうして欲しい?」

「私? ルノーくんの好きにして欲しい」

「質問を変えよう。シルヴィは誰の味方?」

「ルノーくんの味方」


 何の確認なのかと、シルヴィが不思議そうに首を傾げる。魔王と知ってもずっと一緒にいると約束したあの日から、シルヴィは既に“共犯”だった。

 ルノーは満足そうに頷いて、視線を質問してきたディディエへと向ける。目が合って、今度はディディエが肩を跳ねさせた。


「僕は魔王ではないよ。周りが勝手にそう呼んでいるだけだ」

「それって、つまり……」

「呼びたいのなら好きにするといい。僕はもうどちらでもいいよ」


 空気がどんどんと張り詰めていく。ルノーの答えは、ルノーが魔王であることを認めていた。全員が驚いたように、息を呑む。シルヴィだけが、平然とした顔をしていた。

 そんなシルヴィの様子と先程の二人のやり取りから、シルヴィだけがルノーの正体を初めから知っていたことをフレデリク達は理解する。その瞬間に、肌が粟立った。知っていて、ずっと“普通”に“一緒”に過ごしていたのか、と。


「それよりも、面白い余興を用意した」

「余興?」


 急に何の話かと、シルヴィはきょとんと目を瞬く。それにルノーは微笑みを返して、指を鳴らした。そして、流し目でトリスタンを見る。


「魔物相手に上手く立ち回った君に敬意を表して、褒美をあげよう。ただし、よく考えるんだよ?」


 地面に大きな穴が出現する。その中から、魔物が数体飛び出してきた。

 シルヴィが驚いたのを見て、ルノーはシルヴィを引き寄せる。安心させるように、後ろから抱き締めた。


「さぁ、はじめようか。トリスタン・フォネ・ソセリンブ」

「え? な、んで……」


 トリスタンが酷く動揺した。それに、ルノーの笑みが深くなる。

 飛び出してきた魔物達は、ルノーが魔王であることを証明するように、その場で恭しく頭を垂れた。

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