24.モブ令嬢とモブの役割
うわぁ……。話し掛けづらい。学園祭の2日目。シルヴィはクラスの当番を終えて、ルノーとの待ち合わせ場所に来ていた。
ルノーはと言うと、今日はクラスの仕事をする事になったらしい。とは言っても、宣伝担当のようで看板を持って立っているだけなのだが……。
無駄にキラキラとしている。何故? とシルヴィは首を傾げて、気づく。クラスに勇者がいたのか、ルノーの髪が綺麗にセットされている。ただでさえ見た目は王子様のような風貌をしているので、きちんとするとキラキラが倍増するのだ。
一般客、特に女性の視線を一人占めしている。いや、一般客だけではなさそうだ。シルヴィの横を通り過ぎていった女子生徒が「顔が良すぎますわ」とコソコソ言っていた。
完璧に客寄せパンダにされている。そのせいなのかは知らないが、本人の機嫌はあまり良さそうには見えなかった。まぁ、対応は他の生徒がしているので、ルノーは本気で立っているだけなのだが。
どうしようかとシルヴィは考える。出来れば近付きたくないのが本音だ。というか、今から私はあのキラキラと学園祭を回るのか? 怖すぎない? と若干後退りした。
しかし、ディディエとガーランドにルノーを担当してくれと言われたし、今日は一緒に学園祭を楽しもうねとルノーと約束もした。なので、覚悟を決めねばならない。
「お兄さん! お一人ですか?」
シルヴィはいつもよりキャピキャピした声を出してみた。こういう悪戯を一回はやってみたかったのだ。
ルノーが物凄く渋い顔をシルヴィに向ける。わぉ……。嫌そう。シルヴィはいつも通りの声で「ごきげんよう」と可笑しそうに言った。
「シルヴィ?」
声を掛けてきた相手がシルヴィだと本気で思っていなかったのだろう。ルノーがきょとんと目を瞬く。状況が分かったのか、一変して喜色を顔に滲ませた。
「君と待ち合わせをしているから、残念ながら一人ではないよ」
「そうなの?」
「うん」
シルヴィが来たと言うことは、ルノーも交代の時間だと言うことだ。そういう風に予定を組んだのだから。
ルノーは近くにいた同じクラスの生徒に看板を「あげる」と押し付けて、シルヴィの手を取った。それに、シルヴィは目を丸める。
「あの?」
「はぐれるだろ?」
「はぐれること前提なのやめて欲しい」
しかし、現に昨日クラリスとニノンとはぐれてしまったので、シルヴィはそれ以上は何も言えなかった。
「ほら、行こう」
ルノーに手を引かれて歩きだす。こうなっては、ルノーは譲らないだろうなとシルヴィは諦めて手を握り返した。
「どこから行く?」
「そうだな。シルヴィは何処に行きたい?」
「んー……。お腹空いたから何か食べたい」
「じゃあ、そうしよう」
ファイエット学園の学園祭は大規模だ。生徒達の出し物だけではなく、様々なお店が参加する。一日では堪能できない。と、この国では言われているのだから。
学園祭の地図を見ながら、これが美味しそう。あれが楽しそうとシルヴィはルノーと一緒に回る場所を考える。
「シルヴィ、僕から離れないでね」
「手も繋いでるし、はぐれません」
「うん。絶対だよ」
「……?」
自棄に心配するなとシルヴィは怪訝そうに首を傾げた。確かに今日は魔物撃退イベントがあって、危険ではある。しかし、ルノーはそれを知らない筈なのに。
シルヴィの記憶が正しければ、魔物が現れるのは夕方頃。もう学園祭も終わるかというタイミングだった。しかし、シルヴィはあまりそれを信じていない。
何故なら、昨日。一日目にゲームでは、あんな事件は起こらなかったのだから。ゲームでは描かれなかった可能性もある。しかし、シルヴィはもうゲームの知識はあまり当てにならないのではないかと思い始めていた。
不気味なほど大人しい魔物達。食堂での魔物撃退イベントをルノーが横取りした時点で、シナリオは完全に狂ってしまったのではないのか。
そもそも、ジャスミーヌはシナリオが狂ったらなんとかかんとかと言いながら、自分はシナリオにない事をしている。ゲームでの悪役令嬢はフレデリク一筋。トリスタンに迫るルートなど存在しないのだから。
良いのだろうかとシルヴィは時折、無性に心配になる。このまま進んで、良いのだろうか。
「シルヴィ?」
「え?」
「どうかした?」
ルノーに心配そうな視線を向けられている。乙女ゲームの事をルノーに相談しようかと思ったこともあった。しかし、シルヴィはいつも言えずじまいで首を左右に振るのだ。「何でもない」、と。
ルノーが倒されて、めでたしめでたしで終わるゲームの話など出来ないだろう。大切な幼馴染みに。
「そう?」
「うん。大丈夫だよ」
シルヴィは努めて明るく返した。聡いルノーにバレないように。まぁ、ルノーには何かを隠していることは、既にバレてしまっているかもしれないが。
「ふぅん」
感情の読み取れない声に、シルヴィは困って視線をあらぬ方向へと向ける。その先で、昨日は食べたくてもお淑やかにしなければという思いに負けて食べられなかった串焼きを発見した。クラリスやニノンの前では伯爵令嬢らしくしているのだ。
「ルノーくん、あれ! あれ食べたい!」
シルヴィのテンションが急上昇して、ルノーはびくっと立ち止まる。視線の先に串焼き屋台を見つけて、何となく事情を察したルノーは少し困ったように笑った。
これは、喜ぶべきか。悲しむべきか。まぁ、結局ルノーはありのままのシルヴィが好きなので、変に気取られても嫌なのだが。少しは異性として意識して欲しい所ではある。
「いいよ。食べよう」
「本当?」
「うん」
ソワソワと嬉しそうなシルヴィを見て、ルノーは頬を緩めた。これはこれで、悪くないのだから困ってしまうな、と。
串焼きを食べ終えて、二人は次のお店に向かっていた。途中でルノーが足を止めたので、シルヴィは何だろうかとルノーの視線を辿る。
そこには、的当ての屋台があった。銃ではなく弓だ。的に当てた点数によって、貰える景品が決まるらしい。欲しい景品でもあったのだろうかと、シルヴィはルノーを見上げた。
「やるの?」
「……うん、やろうかな」
「頑張ってね」
ルノーは一つ頷くと、その屋台に近づく。本物の弓ではないが、結構的との距離もあって難しそうだった。
ルノーは弓を構えると、矢を引いた。妙なプレッシャーを放っているルノーに、シルヴィは変にドキドキとしてくる。まるで、狩りでもしているかのような雰囲気だった。
ルノーの手から放たれた矢は、綺麗な軌道を描いて的の中心に当たる。
「わぉ……」
矢は三本あったが、ルノーは涼しい顔で三本とも的の中心を射た。それに、周りから拍手が起きる。シルヴィもパチパチと拍手した。
「す、凄いな。好きなの持ってきな」
屋台の男の人が、ちょっと悔しそうな顔をする。まぁ、いい景品は出来れば持っていかれたくはないのだろう。
何が欲しかったんだろうなぁ。なんてシルヴィはルノーが景品を選ぶのを隣で眺める。ルノーが手に取った物に、目を瞬いた。
「はい」
「うん?」
「君が好きかと思ったんだけど」
可愛い兎のぬいぐるみだった。しかも、抱き締められるくらいのサイズ感。シルヴィはルノーからぬいぐるみを受け取って、ぎゅっと抱き締めてみた。可愛い。色んな意味で。
「ありがとう! 嬉しい」
「そう。なら、よかった」
ちょっと幼い気もするが、折角ルノーから貰ったのでシルヴィは大事にすることにした。とても楽しい平和な学園祭。しかし、それで終わる筈がないのだ。最初からそれだけは、決められていたこと。
学園祭の終わりを告げるかのような咆哮が轟いた。まだまだ暖かな気候の筈なのに、ヒヤリとした冷気が頬を撫でる。
場が一瞬にして恐怖に染まった。混乱した人々が一斉に動いたせいで、シルヴィとルノーはその波に飲まれる。
「シルヴィ!」
「わっ!?」
耐えられなかったのは、勿論シルヴィで。人に押されて、ルノーから離れていく。何とか逆らおうと足を踏ん張った。
ゲーム画面がシルヴィの脳裏を掠めた。画面には“巻き込まれた普通科の女子生徒が意識不明のようで”と誰かの台詞。
待って。待って。そんなことってあるの? シルヴィは嫌な予感にぬいぐるみを力一杯抱き締めた。
ドンッと誰かに背中を押された。人がいない開けた場所に押し出されたらしい。転びそうになって、シルヴィはすんでのところで耐える。
顔を上げた瞬間、熊のような魔物と目が合った。ひゅっと息を呑む。まさか。そんな。ここで重症を負う普通科の女子生徒。そのモブがシルヴィだったのだろうか。
魔物の周りにあった大きな氷柱のような塊がゆらりと動く。逃げなくてはと思っても、足は動いてくれなかった。
魔物の咆哮を合図に、氷柱がシルヴィに向かってくる。シルヴィは反射的に目を閉じた。
「シルヴィ!」
悲鳴が飛び交う中で、自分を呼ぶルノーの声が聞こえた気がした。