22.魔王と学園祭
この女は何なのだろうか。ルノーは目の前で繰り広げられているロラとフレデリクの会話にスン……と無表情になった。
あの後、ガーランド・ディディエ・アレクシ・ロラと合流し、見回りの分担を相談していたのだが、どんどんと脱線していく。このロラとかいう女のせいで。
慣れているのか周りは何も言わないが、ルノーはあからさまに苛々としてきていた。寧ろ、我慢した方である。それにガーランドが気づいて、肩を跳ねさせた。
「殿下! 殿下はロラ嬢と回られてはいかがでしょうか」
「いや、しかしそれでは」
「大丈夫ですよ~。ね? ガーランド」
ガーランドの様子に、ディディエもルノーの苛々に気づいたらしい。これは不味いと、即座に加勢する。
「そうです。兄上は僕かディディエと」
「僕は一人で構いません」
「それだけは、やめてくれ」
「では、失礼します」
これ以上は付き合っていられないと、ルノーはさっさと一人で歩きだした。それに、フレデリクは慌てた顔をする。
「なに!? 待て! アレクシ!!」
「はい!」
「頼むぞ!!」
白羽の矢が立ったのは、同い年のアレクシだった。アレクシは「お任せを」などと重々しく頷いて、ルノーを追っていく。ディディエとガーランドが心配そうに顔を見合わせた。
「大丈夫でしょうか」
「ううーん……。アレクシ先輩、真面目だからなー。ルノー先輩と合うのかは分からないよね」
「……騒ぎが起こらなければ問題は無いわけですから」
「うん。騒ぎになる前にささっと解決しちゃおう。オレらで」
「気合いを入れてください、ディディエ」
「りょーかい! 頑張りますかー!」
ディディエとガーランドは、ルノーとアレクシが歩いていった方とは真逆の方向へと歩きだす。フレデリクとロラに「じゃあ、オレとガーランドはこっちを担当しますね」とすれ違い様にディディエは軽く手を振った。
「あぁ、頼む」
「失礼致します」
「ロラちゃん、頑張りすぎて空回らないようにね~」
「そんなことしません! も~!」
「ははっ、頼りにしてるからさ」
「殿下が一緒ですし、大丈夫でしょう」
「うむ、任せておけ」
和やかに別れて、ディディエとガーランドは目配せし合う。まずは不安の種であるジャスミーヌを探そう、と。
「平和に終わって欲し~な~」
「まぁ、無理でしょうね」
「やめてよ。怖すぎ」
二人は溜息を吐くと、真剣な顔でジャスミーヌの行く先を考える。まぁ、正直考えるまでもないのだが。どうせ、トリスタンの所だろう。
トリスタンのクラスは屋台をすると言っていたので、ディディエとガーランドはそちらに足を向けた。
「あれ!?」
「兄上?」
もう少しでトリスタンのクラスがやっている屋台に辿り着くと言うところで、ディディエとガーランドはルノーとアレクシに出会した。そこで、そう言えばと納得する。トリスタンとシルヴィは同じクラスなのだ。
「シルヴィが当番の内に食べにいかないとだろ?」
「少しくらいならば、良いだろうかと思ってな……」
「そうでしたか」
「オレも食べたーい」
「ディディエ、一所に集まっていては見回りの意味がないでしょう」
「えぇー……」
ディディエがガーランドに不満そうな顔を向ける。それに、ルノーは呆れたように溜息を吐いた。
「学園には警備の人間もいる。そもそもがこの見回りにあまり意味はないよ」
「そのようなことは……。軽く声を掛けるだけでも効果はあるかと」
「殿下ならあるかもしれないけど。僕達が口頭で注意をしたところで、どれだけの抑止力になるのかは甚だ疑問だな」
「兄上ならば、なるかと」
「ルノー先輩に睨まれて騒ぎ続けるとか、ただの馬鹿でしょ」
外部の人間も来ているので、何とも言えないが……。ひとまず、この学園にそんな馬鹿が存在しないことは確実だろう。
「あれだね」
「まだ始まって少ししか経ってないのに……。すっごい繁盛してる!?」
「凄いですね」
「あぁ、クラリスが言っていた通りだな」
ルノーは列の最後尾に近づくと、大人しく並んだ。それに倣って結局は三人共そこに並ぶ。
「あれ? ガーランドも並ぶんだ?」
「貴方が並ぶならそうするしかありませんから。二人行動ですよ」
少し恥ずかしそうにガーランドが咳払いをする。本心では、興味があったらしい。あと、兄であるルノーと一緒に学園祭を楽しみたいというのもあるのだろう。
ディディエにニマニマと笑われて、ガーランドがムッと口をへの字に曲げた。ジトッと睨まれたので、ディディエはからかい過ぎたかとへらっと笑って誤魔化すことにしたようだ。
ルノーはせっせと生地を焼いているシルヴィをじーと見つめて、可愛いと頬を緩めた。いつもの制服にエプロンと帽子を被っている。よくシルヴィは甘いものをくれるが、作っている姿を見るのは初めてであった。
ソワソワと落ち着かない。いつもあんな風にルノーの物も作っているのだろうか。しかし、シルヴィの作った物が不特定多数の人間の口に入るのは少々面白くないが。
不意に、シルヴィが顔を上げる。自分が作った物を美味しいと食べる人々を見て、嬉しそうに破顔した。それに、ルノーは穏やかに目を細める。
シルヴィが楽しいのなら、嬉しいのなら、それが一番だ。ならば、この学園祭は平和に終わらせる必要がある。何事もなく、楽しい思い出になるように。
「さて、命知らずは何人現れるかな?」
「……え?」
「きゅ、急に怖いこと言わないでくださいよ~」
ルノーの口元にうっすらと浮かんだ笑みに、誰かがごくりと唾を呑む。容赦しない気だ、と。
「次の方どうぞ!」
「ようこそいらっしゃいました! あら?」
「げっ!?」
クラリスが目をきょとんと丸める。意外にも器用だった盛り付け担当のトリスタンが嫌そうな声を出したものだから、シルヴィも視線をそちらに向けた。そして、クラリスと同じような顔になる。
しかし、シルヴィは直ぐに営業スマイルを浮かべた。「ようこそいらっしゃいました! ご注文はお決まりですか?」とシルヴィが言ったことにより、固まっていたクラリスとトリスタンも動き出す。
「シルヴィのオススメがいいな」
「私の? んー……苺、いや、バナナも美味しいからなぁ」
「はんぶんこする?」
「仕事中ですので困ります、お客様~」
先程までの殺伐とした雰囲気が嘘のように、和やかな空気が流れる。三人はほっと胸を撫で下ろしたが、早く明日になってくれないかと既に疲れてきていた。
「アレクシ様達はどれになさいますか?」
「え? あぁ、しかし俺は甘いものは」
「甘くないものもあるのですよ」
「そうなのか?」
クラリスとアレクシがメニュー表を見ながら、話し始める。
ディディエとガーランドはトリスタンに絡むことにしたらしい。「オススメ教えてくださーい」なんてディディエが話し掛けた。
「好きな物を頼んだ方がいいですよ」
「そう言わずに~」
「こう言った物は食べたことがありません。どれがいいのか……」
「本当かよ」
「オレもないかも~」
「どうしましょうか、ディディエ」
「んー……」
本気で困った顔をする二人に、トリスタンは溜息を吐くと仕方がないとメニュー表を指差した。
「こっちがデザート系。こっちは軽食系。でも、こういうのは好みだからさ。好きなの選んで食べてみるのがいいぜ」
「なるほど。じゃ~、オレ甘いのにしよ~。バナナのやつ」
「では僕は甘くないものを……ソーセージのものを頂けますか?」
「かしこまりました」
「姉さん来た?」
「はっ!? き、来てない」
「まだのようですね」
「そうだね」
「やめてくれよ……」
ディディエとガーランドは注文が決まったようだ。アレクシは「海鮮のものにしよう」とのこと。シルヴィはルノーを見上げた。
「そうだな……。僕は、苺にするよ」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
やはりルノーの好みは可愛らしい。生地を作ろうとシルヴィは、手元に視線を遣る。正面からルノーに熱視線を送られて、シルヴィは変に緊張した。
「ルノーくん」
「うん?」
「いや、うん……」
かなり楽しそうな声が返ってきて、シルヴィは諦めることにした。仕方がないので、黙々と生地を作る。上手くできて、満足そうに息を吐き出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
盛り付け担当のトリスタンが出来たものをルノー達に渡していく。その場でルノーは一口それを食べた。
もぐもぐしながら、頬が緩んでいく。美味しそうに食べるなぁ。とシルヴィは目を細めた。ルノーがとても幸せそうだ。
「うん、おいしい」
ルノーの背景に花が咲いて見える。お気に召したらしい。
「それは、良かった」
何だかとても学園祭っぽいと、シルヴィは胸を躍らせたのだった。