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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
ファイエット学園編
30/170

17.モブ令嬢と黒幕の憂鬱

 きのこが生えそう。シルヴィはジメジメとした雰囲気を背負って三角座りをするトリスタンを見てそんな事を思った。

 ここは、普通科の校舎裏。花壇の前には、色とりどりの花の苗が並べられている。今から、花壇に植え替えるのだ。

 そのカラフルな花々と、この世の終わりのようなトリスタンとのコントラストが凄い。天国と地獄みたいだった。

 どうしようかとシルヴィは思案する。妙につついて愚痴に付き合うよりも、早く花を植えたいというのが本音だった。

 よし、そっとしておこう。シルヴィはそう決めて花の苗を手に取った。


「おかしい」

「え?」


 ぴくりとも動かなかった癖に、急にトリスタンがそんな事を言い出す。それに、ついシルヴィは反応を返してしまった。


「あの人は殿下の婚約者のはずだ」

「婚約破棄されるそうですからね」

「何で俺なんかに」

「さぁ? それはジャスミーヌ様に聞かないと分かりません」

「おかしい。おかしい。おかしい」

「お気を確かに、トリスタン様」


 据わった目でぶつぶつと呟いているトリスタンの陰鬱なことと言ったら。シルヴィは律儀に言葉を返しながらも、花壇のレイアウトを考えるために苗を並べていく。


「罠か!? そうか。きっとそうだ。罠に違いない。こわい。何で俺が……」

「あらぁ……」


 遂にはメソメソし出した。シルヴィは前世でトリスタンルートを攻略していない。なので、トリスタンが最終的にどんな顔をヒロインに見せるのかを知らないのだ。

 しかし途中だったが、こういう片鱗は確かにあった。自己肯定感の低い、卑屈な一面。まさか、ここまで陰鬱な感じになるとは思っていなかったが……。

 トリスタンは普段、気さくで明るいムードメーカーを演じているのだ。誰にでも優しく、親切に、思い遣りのあるクラスの人気者。の、本性がこれだ。


「ディディエとガーランドが助けてくれない。見捨てられた」

「それは、どうでしょう……」

「俺、俺が悪いのか? そんなことない。俺は頑張ってる」


 このままでは、ここら一帯がきのこ畑になりそうだ。それは困るので、シルヴィはトリスタンを励ますことにした。


「そうですわ。トリスタン様は頑張っていらっしゃいます」

「……本当に?」

「はい、勿論です」

「もう一回」

「え? えっと、とても頑張っていらっしゃいますよ。トリスタン様は凄いです」


 トリスタンの顔に喜色が滲む。褒められて喜ぶ子犬のように、表情を明るくさせた。チョロい。それで良いのかとシルヴィはちょっと心配になった。

 トリスタンがシルヴィの片手を両手でぎゅっと握る。目に涙を浮かべながら「シルヴィ嬢……!」と見つめてきた。


「俺の味方は君しかいな、」


 トリスタンの言葉が妙な所で途切れたのは、凄まじい勢いでハードカバーの本が飛んできたからだ。シルヴィとトリスタンの間、いや、トリスタンよりの所に。

 ゴッ! と痛々しい音を立てて、本が校舎の壁に当たる。そして、花壇の奥に落ちた。

 シルヴィとトリスタンはその本に視線を遣る。トリスタンの手が、そ~とシルヴィの手から離れていった。


「ルノーくん……」


 さっきまで、我関せずで大人しく本を読んでいた筈である。シルヴィは急にどうしたのかと、ベンチに座っているルノーに顔を向けた。

 本を投げたであろう体勢で、ルノーがトリスタンを睨んでいる。ゴゴゴ……と背後に黒い何かが見えた気がした。威圧感が凄い。


「いや、まっ、違います。違います!」

「へぇ?」

「申し訳ありませんでしたぁあ!!」


 まぁ、淑女の手を気安く握るものではないけれど。ことあるごとに抱きついてくるルノーにだけは、注意されたくないのでは? と、シルヴィは溜息を吐いた。


「気を付けることだね」


 命が惜しいのなら。そんな幻聴が聞こえて、トリスタンはこくこくと必死に首を縦に振る。シルヴィはトリスタンの胃がそろそろ可哀想になってきた。限界そうだ。


「ルノーくん、図書館の本は大事に扱わないと駄目だよ」

「それは、僕の私物だよ」

「そうなの?」

「うん」


 シルヴィは手を伸ばして、飛び道具にされてしまった本を救出した。土をはらって、表紙の題名を見る。


「あら、珍しいもの読んでる」

「珍しいもの?」


 恐怖よりも好奇心が勝ったらしいトリスタンに、シルヴィは肯定するように頷いて本の表紙をトリスタンの方へとひっくり返した。


「【ボクとキミの大冒険】主人公のボクがキミを探して冒険する物語です」

「あぁ、ちょっと前に流行った小説か」

「オススメした時には、気のない返事だったのに」


 シルヴィにジト目を向けられて、ルノーはベンチから立ち上がる。シルヴィの方に歩み寄ると、隣に屈んだ。


「……読んでみようと思って」

「何で急に?」

「知りたくなったから。今なら少しは理解できるようになったのか」


 シルヴィが不思議そうに目を瞬いたから、ルノーは更に続けることにしたらしい。


「幼少期に一度童話を読んでみたんだけど、何が面白いのかよく分からなかった。登場人物の感情も行動も理解できない」

「あぁ、なるほど。だから、ルノーくんは小説読まないんだね」

「うん。でも、何となく気が向いたんだ。君が楽しそうに読んでいたのを思い出したから」


 ルノーは意味もなく花壇を見つめる。何となくシルヴィの顔が見れなかった。

 昔、童話の本を“おもしろくない”と放り投げて、歴史の本を読み出したルノーを母親が戸惑った顔で見てきたのをルノーは覚えていた。そして、大人達が陰で“何かが欠落している”のだと噂していたことも知っている。

 その時は、特に気にしていなかった。いや、今だって気にはしない。しかしシルヴィにだけは、何だか……。そうだ。あの視線を向けられたくないのだとルノーは気づく。


「それで?」


 柔らかさを孕んだ声だった。それに、ルノーは吸い寄せられるようにシルヴィの方へと視線を上げる。


「どうだった?」

「……さいしょは、わからなかった」

「うん」


 シルヴィは否定しない。昔から、ルノーの言葉を肯定する。その癖、決してルノーと同じ場所には来てくれない。同じ世界を見てはくれない。


「でも、もし僕が“ボク”の立場だったら、急にいなくなった大切な“キミ”を……。君を絶対に探しに行く、から、」

「うん」

「まだ途中だけど、少しだけ……。分かる気もして、おもしろい……かな?」


 あやふやに首を傾げたルノーに、シルヴィは「ふふっ」と笑う。それに、ルノーが拗ねたようにムッと口をへの字に曲げた。


「じゃあ、最後まで読んでみたらもっと分かるかもしれないね」

「そうかな」

「大冒険の果てに、ルノーくんが知りたかったことが見つかると良いなぁ」


 ゆるりと穏やかに弧を描いたシルヴィの瞳に、ルノーは目を瞬く。別に大冒険するのはルノーではない。ないが、何故だろう。無性に物語の結末が知りたくなった。“ボク”は、僕は、大冒険の果てに何を見るのだろうか。


「そうだね」


 ふわふわっとした空間になった校舎裏に、トリスタンは溜息を吐いた。なるほど。この少女は、理解者なのか。彼のルノー・シャン・フルーレストという男の。唯一の理解者。だから、特別扱いされている。

 あぁ、いいなぁ。トリスタンはシルヴィを見て、無性に泣きたくなった。ルノーが羨ましい。絶対に裏切らない。特別な唯一。俺にも居てくれたら、こんなに苦しまずに生きていけるのだろうか。少しでいいから、俺にも。

 トリスタンは手をシルヴィに伸ばそうとした。しかし、それはズザザー! と誰かが角から飛び出してきた事により未遂に終わる。


「見つけましたわ! トリスタン様!」


 悪役令嬢よろしく、灰銀の髪を手で後ろに払ったジャスミーヌが優雅に笑った。


「……え?」

「騒がしいのが来たな」

「ごきげんよう、ジャスミーヌ様」

「ごきげんよう!」

「あ……あぁ……うそ、だ」


 隣で顔面蒼白になったトリスタンをシルヴィは無言で見遣る。ガタガタ震えだしたので、助け船を出した方がいいだろうかと悩んだ。


「え~と……その、ジャスミーヌ様」

「何かしら」

「今から花壇を仕上げますので、トリスタン様は暫く忙しいかと」

「まぁ、そうなのね。それでは、大人しく待つことに致しますわ」


 ジャスミーヌは花壇を一瞥して、素直に引き下がる。ジャスミーヌも知っているのだ。この花壇は、ルノーの縄張りなのだと。荒らすとどんな被害が出るやら。


「お気遣い感謝致します」

「いいのよ、シルヴィ様」

「待つのか……」


 小さな声で落とされたトリスタンの声をシルヴィは拾ってしまった。しかしジャスミーヌに悟らせないように、ニコッと淑女の微笑みを浮かべておいたのだった。

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