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02.モブ令嬢と自己紹介

 本当にいた。シルヴィは昨日降りられなくなった木を背に立っている少年を見て、普通にそう思った。

 確かに昨日、明日も来ると約束はしたのだけれど……。どうも現実味がなくて、白昼夢的な何かの可能性が捨てきれなかったのだ。

 だって、木漏れ日を浴びた少年の髪が、キラキラと白金色に輝いている。それだけで、十分に幻想的で、非現実的だ。

 現に、今日ははぐれることなく後ろに控えているメイドのモニクが息を呑んでいる。それはそうだ。彼女は、相手が平民の子だと思っていたのだから。

 これは、少年の髪色に驚いているのか。それとも、上等な服装に驚いているのか。どちらだろうか。いや、どっちもか。

 少年は斜め下に視線を落とし、ぼんやりと立っているだけなのに、絵になっている。漂う雰囲気は高貴で。更に、誰も寄せ付けないような威圧感も感じる。

 声が掛けづらい。シルヴィは、どうしようかとオロオロ様子を窺った。思わず逃げ腰になり、足を引く。落ちていた木の枝を踏んだらしい。パキッと音がした。

 それに、少年が視線を上げる。合った視線に、シルヴィは「ごきげんよう!」と勢い任せで言い切った。今来ましたと言わんばかりに。


「お待たせしてしまいましたか?」

「…………」


 小走りで少年に近付く。そんなシルヴィをじっと少年は見つめるだけで、何も言わなかった。妙な沈黙に、シルヴィは首を傾げる。


「あの? どうかされましたか?」

「どうして?」

「はい?」


 不服そうに少年の眉根が寄る。それにシルヴィは、きょとんと目を瞬いた。どうしたと言うのだろうか。


「昨日と同じで構わないよ」

「えっと……」

「つまらないだろ」


 そうはつまり、敬語を使うなと言うことだろうか。いや、でも、それはちょっと……。と、シルヴィは視線を泳がせる。

 こうなったら、はっきりさせるしかない。この少年が、何者なのかを。シルヴィは、覚悟を決めて少年の瞳をしっかりと見据えた。


「私、昨日帰ってから大変なことに気づいたんです」

「なに?」

「私達、自己紹介してなかったなって!」

「……そうだったかな?」


 こてりと、態とらしく少年が首を傾げる。サラッと白金の髪が揺れた。


「そうです! 自己紹介! 大事!」


 ぐっと拳を握って勢いよく言ったシルヴィに、少年はフッと可笑しそうに目を細める。「そうだね」と頷いた。


「では、私から」

「どうぞ」

「わたくし、シルヴィ・アミファンスと申します。アミファンス伯爵家の長女でございます」


 最近、習った通りに辞儀をする。まだまだ不恰好ではあるが、ないよりはマシな筈である。


「アミファンス伯爵家……。そう。ここは、アミファンス伯爵家の領地だったんだ」

「え?」

「いや、何でもないよ」


 少年が何か呟いたが、上手く聞き取れずにシルヴィが聞き返す。しかし、少年は首を左右に振って誤魔化した。それに、思わずシルヴィの眉根が寄る。


「次は僕の番だね」

「はい」

「僕はルノー」

「…………」

「…………」

「……え?」


 それだけ? さらっと放たれた言葉に、シルヴィは唖然とした。こちらは、とてもとても丁寧に自己紹介したと言うのに、それだけ? と。


「いや、分かりました。もうはっきりと聞きます」

「なにを?」

「あなたは、公爵家のご令息ですよね?」

「違う」


 間髪入れずに否定されて、シルヴィは言葉に詰まった。そんな筈はないのだ。

 この国で王族よりも魔力量を持っているとしたら、優秀な魔導師が勤める魔塔を管理する魔塔主を代々排出する彼の有名な“フルーレスト公爵家”しかいないのだ。

 現公爵家当主の魔塔主様は、国王陛下よりも少し白よりの金色なのだとか。シルヴィはまだ実際に会ったことはないが、父がそう言うのならそうだ。

 昨日ちゃんと調べたのだから、確実のはず。シルヴィには自信があった。

 この少年はきっと、フルーレスト公爵令息であり、将来は超難関と言われる魔導師試験に合格して魔塔に入るのだろう。そして、行く行くは魔塔主とかになる凄い人なのだと思う。なので、シルヴィが敬語を使うのは当たり前だ。


「だって、白金の髪ですし」

「でも、違う」

「頑なですね」

「それは君もだ」


 お互いに譲る気はないようだ。そのため、平行線を辿っている。となると、やはりここは精神年齢大人なシルヴィが折れるべきかと悩む。


「本人が違うと言ってる」

「……はい」

「敬語はいらない」

「でも、」

「いいと言ってる」


 ムスッと少年の口がへの字に曲がる。


「……わかった」


 シルヴィには、シルヴィが折れるという選択肢しかなかった。困ったように笑いながら、それでも頷いたシルヴィに少年。ルノーは満足そうに口元を緩める。


「今日は何をするの?」

「実は昨日、この先にあるお花畑に行く予定だったの。でも、色々あって行けなかったから」

「ふーん」

「お菓子も持ってきたのよ! ピクニックしよう! ね? いいでしょ?」


 目に見えてわくわくと瞳を輝かせるシルヴィをルノーは不思議そうに眺める。そんなルノーの反応に、「だめ?」とシルヴィは眉尻をしょんぼり下げた。


「構わないよ。しよう」

「ほんと!?」

「うん」


 やった! とシルヴィは嬉しそうに笑む。


「花畑はどっち?」

「えっと……。こっちよ!」


 自信満々にシルヴィが右の道を指差す。しかし、歩き出す前に「恐れながら」とメイドのモニクが口を開いた。


「そちらは違う道です、お嬢様」

「あら?」

「君の自信はどこから出てきたの?」

「そんな筈は……」

「どうか、モニクを信じてお進みください」

「そうした方がよさそうだ」


 ルノーは呆れたように溜息を吐いた。そして、納得出来ずに考え込んでいるシルヴィの手を掴むと、そのまま繋いだ。

 シルヴィは驚いて肩を跳ねさせる。目をパチパチと瞬かせていると、ルノーが意地悪く笑った。


「君は危なっかしいからね」

「そんなことない……はず」

「断言出来ない時点でアウトだ」

「否定できない」

「じゃあ、行こう。おいで、シルヴィ」


 シルヴィの方が領地に詳しいはずで。案内する予定であったのに、何故かルノーに手を引かれて歩き出す。

 まぁ、いいか。辿り着きさえすれば。とシルヴィは諦めた。


「うん。ルノー……さま?」


 ルノーがそれは嫌だと首を左右に振る。なので、シルヴィは少し考えた。様がダメだとすると、さん? くん?


「えっとー……。ルノーくん?」


 悩んだ末にそう呼んでみた。あまり耳馴染みのない呼び方だったのか、ルノーはきょとんと目を瞬かせる。

 ダメだったかな。シルヴィはソワソワとルノーの返事を待った。


「ふぅん?」とルノーが意味深に笑みを浮かべる。それに、シルヴィは身の危険を感じて、きゅっと口を閉じた。


「それで構わないよ」


 楽しげな色がルノーの声に乗る。

 シルヴィは本当に? と確認したい気持ちになったが、それはそれで怖いなと、こくこく頷くだけにしておいた。

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