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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
ファイエット学園編
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14.魔王と魔物の取引

 たわいもない。ルノーは蹴り飛ばした魔物の腹に足を置いてそう思った。少し体重を乗せてやれば、魔物は苦しさと恐怖にガタガタと震えだす。何とも無様なことだ。


「君は良い度胸をしている」

「ギ、ィ……」

「僕はね? あの子との時間を邪魔されるのが、一番嫌いなんだ」


 ルノーの物騒に細められた瞳は、ほの暗い怒気を孕んでいる。しかし、口調はどこまでも穏やかであった。それが、怖さを助長させている。


「心底、腹立たしい」


 ルノーはそう言うと、魔王よろしく瞠いた瞳に殺意を滲ませた。

 瞬間、《申し訳ありませんでしたぁあ!!》と目の前の魔物が喋った。それに、ルノーが一瞬動きを止める。

 肌を焼くような殺気が緩まったのを感じて、魔物が《誠に申し訳ございませんでした。もうしません。絶対にしません》と続けた。

 ルノーは、きょとんと目を瞬く。そして、一変して興味深そうに魔物を観察し出した。まじまじと見られて、魔物が縮こまる。


「へぇ」


 ルノーが、然も面白いと言いたげな声を出した。ルノーはこの人間の姿で魔物の言葉が分かるとは流石に思っていなかったのだ。

 魔物同士であれば、勿論会話が成立する。しかし、人間と魔物で意志疎通が出来ている所をルノーは、ドラゴンの姿であった時から見たことがなかった。

 この姿になってから初めて魔物と会ったために、ルノーは会話が成立することを今知った。あまり感じた事はないが、本体であるドラゴンと少しは繋がっているということか。


「いいね。これは、便利だ」


 満足げに笑ったルノーに、魔物は不思議そうな顔をする。そして《あれ? 言葉が通じてます?》と溢した。

 それにルノーは返事をすることなく、どう利用しようかと顎に手を当てる。


「消そうと思っていたけど、役に立てると言うなら生かしておいてあげよう。どうする?」

《なんなりとご命令ください!》

「そう。殊勝なことだね。いい子は嫌いじゃないよ」


 魔界のルールは、単純明快。勝った方が正しい。勝者に従え。力こそが全てなのである。


「最近、自棄に騒いでいるらしいね。どうして?」

《消えていた魔王様の魔力を感知したのです》

「魔王……」

《助太刀せねばなりません!》

「いらない」

《へぁ!?》


 魔物に、何故お前がそんな事を言うのか。という目で見られて、ルノーは面倒そうに溜息を吐いた。


「邪魔なだけだよ。自分のことは自分でする。余計なことはするなと他のにも伝えておいて」

《え? えぇ!?》

「他にも聞きたいことがあるけど……。そろそろ殿下辺りが動きそうだな」


 ルノーは、フレデリクの方を一瞥する。


「面倒事は持ってくるな。昔、そう言っておいたよね?」

《ははは、はい》

「あぁ、でもあの子が不安がっていたな」


 ルノーは先程のシルヴィの様子を思い出して、苛立ちがぶり返したようだ。ピリッとした雰囲気を感じ取って、魔物はやはりここで死ぬかもしれないと覚悟した。


「魔物達にもう1つ伝えてくれる?」

《何をでしょうか》

「騒ぐなら首が飛ぶ覚悟をするように、と」

《御意に!》

「うん」


 魔物がガクガクと再び震えだす。振動が煩わしかったので、ルノーは魔物から足を降ろした。そこで、はたとある事を思い付く。


「ねぇ、噂好きの魔物がいたと記憶しているんだけど」

《……? あぁ! はい、おります》

「それを連れてきてくれる? 少し、欲しい情報があるんだ」

《お任せください》

「うん。くれぐれも他の人間には勘づかれないようにね」

《御意に》


 もう行けというルノーの視線に、鳥型の魔物は一度平伏する。そして、羽を広げてフラフラと飛び立った。

 その後ろ姿にルノーは「君も、首が飛ぶのは嫌だろ?」と笑んだ。役立たずはいらない。そういう事だった。

 ルノーは踵を返すと、シルヴィが待つ席へと歩きだす。面倒なのでフレデリクと目が合わないように、シルヴィだけを見つめる事にした。

 何故か俯いてしまったシルヴィに、ルノーは一抹の不安を抱いてしまう。まさかとは思うが、怪我などしていないだろうな、と。


「シルヴィ」

「はい!?」


 声を掛けると、シルヴィは弾かれたように顔を上げる。それに驚いてルノーは、一瞬きょとんとしてしまった。

 怪我をしたのかと問えば、シルヴィは首を左右に振った。あまりに勢いよく首を振るモノだから、頭がそのまま取れてしまいそうだとルノーは心配になる。

 そのため、それ以上は何も言わない事にして席に座ろうと、視線を椅子があった場所に向ける。しかし、そこに椅子はなかった。


「椅子がない」

「お前が投げたからな」


 フレデリクにそう言われて、そういえばそうだったなとルノーは思い出す。


「あの程度で壊れる椅子が悪いのでは?」

「椅子が壊れる威力で投げたお前が悪い」

「僕のせいにしないでください」


 ルノーが不服そうにムスッと口をへの字に曲げる。それを見て、フレデリクが溜息を吐いた。


「あそこは、俺達に任せる場面だった」

「何故です?」

「相手は魔物だぞ。何を考えてる」


 流石にフレデリクもルノーを心配していたらしい。それはそうだ。普通は魔力なしが対魔の剣も所持していない状況で、魔物に向かっていくなんてことはしない。危険すぎるからだ。

 しかし、ルノーは違う。ゆるりと余裕を滲ませ笑ったルノーに、フレデリクは気に食わなさそうにムッと眉根を寄せた。


「あの程度、騒ぐほどのことではありませんよ」

「お前はまたそうやって」

「やはりこうなる」

「何だと?」

「別に何も」


 どうしてこうもフレデリクは口煩いのか。面倒そうに視線を逸らしたルノーに、フレデリクは更に小言を言おうと口を開けた。

 しかし、フレデリクが言葉を発するよりも先に「ルノーくんは凄いね」とシルヴィが言ったものだから、フレデリクは何も言えずに口を閉じるしかなかった。


「お手柄ですよね?」


 首を傾げたシルヴィに、フレデリクは間違ってはいないので首を縦に振る。それに、シルヴィの瞳が嬉しそうに弧を描いた。


「ルノーくん、とっても素敵よ」


 シルヴィの言葉を反芻して、咀嚼する。シルヴィだけだ。シルヴィだけが、こんなにも一瞬でルノーを浮わついた気持ちにさせる。


「でも、あまり無茶しないでね。心配するから」

「心配……」

「そう。分かった?」

「うん」


 フレデリクの気持ちを代弁するように、シルヴィがルノーにやんやりと注意をする。それにルノーが素直に頷いたので、シルヴィはニコッと笑んだ。

 俺の言うこともそれくらい素直に聞いて欲しいものだ。と、フレデリクは溜息を吐く。しかしシルヴィの言う通り“お手柄”ではあるので、それ以上は口を噤むことにした。


「僕の言った通りだっただろ?」

「うん?」

「“心配はしなくていい”」

「あぁ、うん。そうだね」


 シルヴィはどこか困ったように眉尻を下げながらも笑った。やはり、まだ不安なのだろうか。ルノーは今度魔物が喧嘩を売ってきたら、問答無用で首を刎ねることに決めた。態々警告までしてあげたのだから。


「ん? あぁ、どうやら警備の者が来たらしいな」


 俄に騒がしくなった方へと顔を向け、フレデリクがそう言う。ルノーは今更かと呆れたように溜息を吐いた。


「悠長なことです」

「たしかに、少々遅い到着ではあるな。学園長に進言するべきか……」


 フレデリクが皇太子の顔をする。それに、アレクシが「殿下、やはり学園の警備をもう少し増やすべきです」と話し出した。それにディディエとガーランドまで加わる。

 しかしルノーは特に興味がないのか、椅子を探して辺りをキョロキョロし出した。それにシルヴィが気づいて「食堂の人に余ってる椅子がないか聞いてこようか?」と首を傾げる。


「僕が聞いてくるよ」

「そう?」

「うん、少し待ってて」

「待て! ルノー!」


 食堂に向かって歩き出そうとしたルノーをフレデリクが止める。ルノーは煩わしそうにしながらもフレデリクの方を見た。


「お前は今から学園長室だ」

「どうしてです?」

「魔物を退けた当事者だろう。報告に参加してもらうぞ」

「いやです」

「なに!?」


 ルノーが心底嫌そうに顔をしかめる。そもそもルノーは、シルヴィとの昼食を邪魔されないために魔物を蹴り飛ばしたのだ。であるのに、今から学園長室? ふざけている。


「昼食の途中ですので」

「この状況で昼食を続けるつもりか!?」

「まぁ、ルノー先輩なら普通にそうするよね~」

「兄上ですからね」

「流石です」


 後ろの声にフレデリクが少し負けそうになる。しかし、ここはフレデリクとて譲るわけにはいかなかった。


「報告が終わってからでは駄目なのか」

「駄目です」

「ならば、目撃者としてシルヴィ嬢にも同行して貰うのはどうだ」

「それは、」


 ルノーがシルヴィの方へと視線を遣る。それならば、確かにシルヴィを一人にすることもないし、後で昼食の仕切り直しができる。できるが、それでは……。ルノーの葛藤に気付いたのはシルヴィだった。

 シルヴィは、あぁ、なるほど。と一つ頷く。この問題さえ何とかしてくれるなら、ルノーは動くなと感じた。


「少しよろしいですか?」

「ん? あぁ、勿論だ」

「ケーキが食べられなくなってしまいます」

「は?」


 思ってもいなかった発言に、フレデリクは目を瞬く。シルヴィは至極真面目に続けた。「食後に苺が沢山乗ったケーキが食べられるなら、行くよね? ルノーくん」、と。

 全員の視線がルノーに集まる。ルノーは「シルヴィのチョコレートケーキもあるなら」とフレデリクに注文した。


「分かった。ケーキだな。残しておいて貰う」

「では、さっさと行きましょう」


 それならばと、ルノーは納得してシルヴィの横に立つ。恭しく「行こう、シルヴィ」と手を差し出した。その手を取って、シルヴィは立ち上がる。

 その様子を見て、フレデリクは溜息を吐き出した。そして、目元を手で覆い隠す。そのまま疲れたように天を仰いだのだった。

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