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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
ファイエット学園編
26/170

13.モブ令嬢とイベント1

 なにごと!? シルヴィは驚いて目を丸めた。そして、先程聞こえた悲鳴からして何か事件が起こったのだと理解する。

 周りにいた生徒達もザワザワとし出したが、状況が理解できていないのか誰も動かなかった。これは、危険なのでは? シルヴィは嫌な予感に膝の上で拳を握り締める。

 どう動くべきかと、シルヴィはちらっとルノーに視線を遣った。ルノーは炎の柱が立ち上った方をじっと見つめるだけで、特に動かない。

 ここは、ルノーから離れないのが生き残るためには一番良さそうだ。シルヴィはそう判断して、全力疾走で逃げたい気持ちをぐっと堪えた。


「うわぁあ!? 助けてくれ!!」

「誰か!! 魔物よーー!!」


 先程よりも鮮明に聞こえた悲鳴に、シルヴィは肩を跳ねさせた。木々の間から転がるようにして、魔法科の生徒二人が走ってくる。

 その後ろで、鳥のような何かが羽ばたいた。


「ギィエェエ!!」


 耳を劈く咆哮が辺りに響き渡る。シルヴィは思わず耳を塞いだ。耐えきれずに「うっ!」と呻き声が漏れる。

 それは、確かに鳥のようであった。しかし、羽を広げているからだろうか。小柄な女子生徒とそう変わらないサイズ感に見える。

 怖い。息苦しい感覚に、シルヴィの体が震えた。あれが、魔物。


「ひぃっ!? たすけ、たすけてくれ!」


 男子生徒がこちらに手を伸ばしてくる。どうにかしないと。しかし、どうやって? 魔法も使えないのに。シルヴィはただ、見ていることしか出来なかった。

 女子生徒が足をもつれさせて、転ぶ。どこからともなく、悲鳴が上がった。しかし、魔物は動かなかった。

 その場でホバリングするように羽は動かし続けているが、それ以外はピクリとも動かない。何かに怯えたように。

 シルヴィは魔物から視線をルノーに移す。ルノーはただ、魔物を睨み据えているだけだった。それだけであるが、これは……。


「風よ! 彼の者達を救え!」


 静寂に包まれた空間に、凛とした声が響き渡る。この声は、フレデリクだ。

 逃げていた男子生徒と転んだ女子生徒が、風魔法で助け出された。それに、シルヴィはひとまずは安堵の息を吐く。


「あれは、魔物!?」


 可愛らしい声が耳朶に触れて、シルヴィはヒロインがこの場にいることを理解する。しかし、視線をヒロインの方に向けることは出来なかった。シルヴィは、ごくりと唾を呑む。

 ルノーは椅子から立ち上がってすらいない。しかし、確実にこの場を支配していた。空気がビリビリと揺れている気がする。これは、何だろうか。もしかしたら、これが殺気というものなのかもしれない。

 動いたら、死ぬ。そんなプレッシャーが漂っていた。それを駆けつけてきたフレデリク達も感じ取ったのか動きを止める。

 シルヴィはフレデリクとヒロインが一緒に居ることによって、これはもしかしなくてもイベントなのでは? と思った。

 そろっと視線だけをやっとの思いで動かす。そこには、やはりヒロイン。そして攻略対象者が四人共、揃い踏みしていた。これは、思っていたよりも重要なイベントの可能性が高い。


「あ、兄上……」

「やばっ」


 ガーランドとディディエがシルヴィに視線で何とか止めて! と言ってくる。それに、シルヴィは腕でバツを作った。こうなっては、流石のシルヴィでも止められない。

 それに二人だけではなく、フレデリクとアレクシも顔色を変えた。本気でまずい事になっているのだと。

 シルヴィはルノーに視線を戻す。無理だと断ったが、果たしてこれは邪魔して大丈夫なイベントなのだろうか。

 あの魔物を見たことがあるような気がするのだ。しかし、頭が上手く回らない。もう一度見たら、思い出すだろうか。シルヴィはそう思って、恐る恐ると魔物に視線を遣った。

 遠目で確実には分からない。分からないが、何やら魔物が震えているように見える。これは、ヒロインのせいなのか。ルノーのせいなのか。たぶん、後者のせいな気がする。


「みんな、大丈夫よ!」


 不意に、ヒロインがヒロインらしい事を大きな声で言い放った。凄い。流石はヒロインだ。ここで、それが言えるなんて。シルヴィが感動した瞬間、目の前のルノーが動いた。

 どうやら、ヒロインの声に魔物が反応してしまったようだ。顔を動かしたことによって、ルノーの逆鱗に触れた。動いたら、死ぬ。それはつまり。動いたら、殺す。そういうことだった。

 椅子から立ち上がったルノーは、そのまま流れるように椅子の背凭れを掴むと、それを魔物に向かってぶん投げる。凄まじい速さで魔物に向かって飛んでいった椅子は、ものの見事に魔物に直撃した。

 魔物が「グゲッ!?」だか何だか、呻き声を上げる。木製の椅子は魔物にぶつかった衝撃でバラバラになった。椅子が可哀想。などとシルヴィは場違いなことを考える。


「ルノー!!」


 フレデリクが何とか止めようとしたのは、ルノーの身を案じてなのか。学園の備品を案じてなのか。そのどちらもなのか。しかし、遅かった。

 椅子を投げたと同時にルノーは既に魔物に向かって走り出していた。魔物が椅子の衝撃に耐えきれずに落ちてくる。ルノーがそれだけで許すはずはなかった。

 墜落してきた魔物に手加減なしの回し蹴りをめり込ませる。ぶっ飛んだ魔物は木を巻き込んで地面に伏した。


「木が……」


 可哀想だった。

 ルノーは倒れている魔物に今度はゆっくりと近付いていく。それを誰も止めないのは、矛先が自分に向くのを恐れているからだろう。

 ルノーは何の躊躇もなく魔物の顔を蹴り上げた。それによって、魔物が仰向けになる。がっとルノーは、魔物の腹に足を乗せた。

 その体勢でルノーが魔物に何かを言っているようだが、シルヴィの距離からでは流石に言葉までは拾えなかった。

 あれは、魔物を脅しているのだろうか。ルノーは魔界の番長、いや、魔王なのだから有り得ない話ではない。寧ろ、怖いので聞こえなくて良かったかもしれない。


「シルヴィ嬢!! 無事!? 無事だね!? 怪我してないね!?」


 大慌てで近付いてきたディディエに、大丈夫だと頷く。それに、ヒロイン以外の四人が大袈裟に安堵の息を吐き出した。


「アレクシ、どう思う?」

「何がでしょうか?」

「あれは、止めに入った方がいいのだろうか」

「どう、でしょう……」

「うむ……。どうしようか」


 フレデリクとアレクシが困ったようにルノーの方へ視線を遣る。魔物を退けたのだから、称賛されて然るべきなのだが……。絵面が大分とよろしくない。

 寧ろ、魔物の方が被害者みたいに見えなくもないのだ。それだけ、ルノーの番長感が凄い。


「あれが、噂のルノー・シャン・フルーレスト?」


 耳馴染みのない声に、シルヴィは視線だけをそちらに向けた。ヒロインだ。ヒロインはルノーをまじまじと見る。そして、「ヤバ~イ!」と楽しげな声で呟いた。

 それは、どういう意味なのだろうか。シルヴィは声を掛けようかどうしようかと迷った。シルヴィが決断する前に、ヒロインが何かに気づいたような顔をして表情を明るくさせる。


「ジャスミーヌ様ぁ!!」


 そして、そのままジャスミーヌの方へと走っていってしまった。フリーダムな人だなとシルヴィは思った。


「シルヴィ嬢」

「はい」

「あれが、ロラ嬢です」

「そうなのですね」


 ガーランドが小声で耳打ちしてくる。それに対して、如何にも今知りましたという体を装って、シルヴィは頷いた。


「今日は、大事な“イベント”があるそうです」

「イベント、ですか?」

「はい。これの事だったのでしょうか? しかし、ロラ嬢の出番はなかったように思うのですが……」

「ううーん……。です、ね」


 ロラの出番がなかったというか。ルノーが奪ってしまったと言った方が正しい気はする。

 それにしても、やはりこれは乙女ゲームのイベントであったらしい。本来はどんなイベントだったのだろうか。とシルヴィは記憶を探る。

 食堂。炎の柱。鳥型の魔物。ヒロインと四人の攻略対象者。

 キーワードを羅列していると、一つ思い当たるイベントが浮かび上がった。魔物によって人に被害が出る最初のイベント。

 詳しい内容はというと、食堂に現れた魔物によってその場にいた生徒が複数人怪我をする。中には、重症を負う生徒もいた筈だ。そこにヒロイン達がやってきて許せない!! と光魔法で撃退する。

 つまり、ヒロインの力が広く知れ渡るきっかけになるはずのイベントである。


「まぁまぁ、追われてた生徒も軽傷みたいだし。もしかしたら、“イベント”とやらを防げたのかもよ?」

「まだ、油断は出来ませんよ」

「分かってるって。この後も警戒は緩めないからさ」


 誰にも聞かれていないことを確認しながら、ディディエとガーランドがこそこそと会話をしている。それを聞きながら、シルヴィは俯いた。

 これは、まずいことになった。このイベントは奪い取って良い類いのものではない。ヒロインにとっては、かなり重要なイベントである筈なのだから。

 しかし重症者が出なかったのはディディエの言う通り、良いことだ。ならば、やはりルノーは褒められて然るべきなのでは?


「シルヴィ」

「はい!?」


 急に名前を呼ばれて、シルヴィはびしっと背筋を伸ばす。いつの間に戻ってきたのか、きょとんとした顔でシルヴィを見るルノーと目が合った。


「ルノーくん……」

「どうしたの?」

「えっと」

「……まさか、怪我した?」


 一瞬で剣呑な雰囲気になったルノーに、シルヴィは慌てて首を勢いよく左右に振る。


「本当に?」

「うん、大丈夫」


 ルノーは納得したのか、それ以上は何も言わなかった。

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