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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
ファイエット学園編
21/170

08.モブ令嬢と一件落着

 うーん……。シルヴィは顎に指を添えて、「そうですね」とルノーを見上げる。

 ルノーはシルヴィが何を言ってくれるのかと、どこか蕩けたような視線をシルヴィに向けた。シルヴィが自分の味方であると疑いもしないのだ。


「ルノーくんは売られた喧嘩は買いますが、自分から喧嘩を売ることはそうありません。もし、自分から喧嘩を売ったと言うのなら、そちらの方々の首は既に飛んでいるかと思いますわ」


 何を当たり前のことを。そんなトーンでさらっと凄いことを言ったシルヴィに、場が静寂に包まれる。ルノーだけが、とんでもなく満足そうにシルヴィを見ていた。

 シルヴィは、体を少年達の方へと向ける。目を真っ直ぐに合わせると、心底良かったと言いたげに微笑んだ。


「首が体から“さようなら”していなくて、本当に良かったです。安心しました」


 嘘ではなかった。何故なら、ルノーなら本気でそうなってもおかしくないのだということをシルヴィはよく知っている。シルヴィだけが知っている。ルノーは、魔王は、それを些末な事だと判断するだろうと。

 シルヴィの後ろからルノーがふわっと抱き付いた。それに、シルヴィは驚いて肩を跳ねさせる。それを気にした様子もなくルノーは甘えるように、シルヴィの肩に擦り寄った。


「シルヴィ、もう帰ろう」

「いいの?」

「うん。時間の無駄だ」


 ルノーの怒りが鎮まったのなら、ひとまずは良いか。などと思ってしまったフレデリクは、ルノーの態度を咎めるのは後日にしようと言いたい事を飲み込んだ。

 だと言うのに、魔法科の金色持ちの少年はルノーの言葉に我慢が出来なかったらしい。ぐっと拳を握ると、ルノーを睨みつけた。


「こ、の……」

「ちょっ、もうやめようよ」

「これ以上は不味いって」

「うるさい!!」


 大声を出した少年に視線が集まる。少年はフレデリクがいると言うのに、開いた両手を前に突き出し「炎よ! あの男を燃やし尽くせ!!」と魔法を使った。

 直ぐにフレデリクは魔法で応戦しようとした。しかし、それより先にルノーが「殿下」とシルヴィをフレデリクの方へと優しく押す。

 体勢を崩したシルヴィが自分の方へと倒れてきたのと、ルノーが自分を頼ったという事実に、フレデリクの体は即座に反応した。シルヴィを受け止めて、顔をルノーに向ける。


「ルノー!」


 魔法に向かっていくルノーの身を案じた訳ではなかった。今度は何をするつもりだ! という意味を込めた呼び掛けであった。

 ルノーは魔法にぶつかる前に地面を蹴って、魔法の上を取る。ふわっと背面跳びしたルノーは、そのまま空中で体勢を整えながら剣を凄まじい速さで魔法に向かって五回は振った。

 炎の魔法が、ぶわっと飛散する。事もなさげに地面に着地したルノーは、次いで剣を少年に向かって投てきした。

 ルノーの手を離れた剣は、少年の頬を掠め後ろの木に深々と突き刺さる。少年の頬に赤が一本走った。そこから血が、つー……と流れ出てくる。


「次はないよ」


 つまり、次は殺す。そういうことであった。状況と意味を理解した途端に、少年の体が恐怖で震えだす。そのまま腰を抜かしてしまった。


「ななな、何で。何で魔力なしのくせに」

「魔法の核が隠せていない。実力不足だ」

「は、はぁ?」

「魔法には、核がある。その核を弾くか壊すかすれば魔力がなくとも魔法に対応出来るんだ。小さい頃に習っただろ? 基礎中の基礎だよ」


 などとルノーは簡単に言うし実践していたが、アレクシが言った通りにかなりの難易度であると同時にかなりの危険も伴う行為だ。普通であれば、核を見つける前に魔法に当たってしまう。

 そして、核は簡単には壊せない強度を持っているはずである。そのため、基本は弾くのが常識。核を壊そうとする者はほぼいない。


「君の言葉の通り、僕より凄いのであれば核を壊されるはずがないんだよ。上手い魔法は核が巧妙に隠されているからね」

「ま、魔力も見えないくせに!」

「魔法になれば見える。まぁ、魔力が見える者よりもタイムラグは生じるけど、大した問題ではないよ」

「う、あ、バケモノ!!」


 苦し紛れの暴言。ポロポロと涙を流す少年に、シルヴィはちょっと同情した。それと同時に、喧嘩を売る相手はよく選ぶべきだと呆れる。自業自得だ。


「バケモノ? 違うよ。君が弱いだけだろ?」


 いや、たぶんそれは違う。何とも言い難い顔で全員がそう思った。満場一致だった。

 ルノーの言葉がトドメだったようで、少年はもう何も言い返せずに、しくしくと泣くだけ。ルノーは完全に興味をなくしたらしい。一瞥もくれずに背を向けた。


「ルノーくん強いね」

「そうかな?」

「そうだよ」


 これだけの騒ぎだ。もう、今年の一年生からもルノーに喧嘩を売る命知らずは出て来ないだろうとは思う。というか、出てこないでくれとシルヴィは溜息を吐いた。


「殿下!」

「アレクシ様」


 耳馴染みのある声が聞こえて、シルヴィは視線をそちらに向ける。こちらに走ってくる女子生徒が二人。ジャスミーヌとクラリスだ。

 珍しい組み合わせだな。とシルヴィは内心で首を傾げる。しかもクラリスが呼んだのは、アレクシだ。何故なのだろうか。


「ご無事ですか? 殿下」

「あぁ、俺は問題ない」

「こ、これはまた……。随分と派手にやりましたわね」


 ジャスミーヌが非難するように、ルノーを見遣る。ルノーは何の事だと言いたげに、ゆったりと笑みを浮かべると首をこてりと傾げた。

 それにジャスミーヌが、引いたような表情を浮かべる。「反省する気が少しも感じられませんわ」と言ったジャスミーヌに、フレデリクがそれはそれは重たい溜息を吐き出した。


「ルノー、一つ確認させてくれ」

「何ですか?」

「態とだろう」

「…………」

「この被害は態とだろう」

「何の事でしょう」


 フレデリクが探るようにルノーを見る。そして、悪びれる様子もないルノーの態度からして、これは態とであるとフレデリクは確信した。


「狙って弾いたな?」

「どうでしょう」

「信じられん。何故、被害を最小限に……。いや、相手の処罰を重くするために、か」


 フレデリクの言葉に、ルノーは笑みを愉快そうなものに変える。意地の悪いそれに、その場の空気が確実に二、三度は下がった。


「ね、狙って弾くなど……。フルーレスト卿は騎士になられるのですか?」

「僕が? ならないよ」

「それ程の実力がおありなのに……」

「ただの暇潰しだったけど、少しは役に立つものだね」

「暇潰し、ですか……」


 アレクシは苦笑いを浮かべる。しかしそれは一瞬のことで、「負けてはいられません。俺も精進しなければ」と決意を新たにしたようであった。

 それに反応を一番に返したのは、クラリスだった。クスクスと鈴を転がすように笑うと、「目標が高すぎるのではありませんこと?」なんて気安いトーンで言った。


「そう言うな、クラリス。目標は高く持つべきだ」

「そうですか?」

「任せてくれ。この国一番になってみせる」

「まぁ、楽しみですわね」


 んんん?? シルヴィは二人の空気感に、目を瞬く。この二人が一緒にいる所を見た記憶がシルヴィにはなかったからだ。しかし、自分が知らないだけで実は仲良し。なんて事が人間関係にはあったりするものだ。


「お、お二人はお知り合いですの?」


 驚いたのは、シルヴィだけではなかったようだ。そう問い掛けたジャスミーヌの声が、少々裏返っている。

 ジャスミーヌもシルヴィと同じ。二人の頭の中はゲームの記憶でいっぱいになっていた。アレクシルートにクラリスは出てきただろうか、と。


「はい。アレクシ様はわたくしの幼馴染みですの」


 幼馴染み? そこで、合点がいく。確かに、アレクシには幼馴染みがいた。しかし、幼い頃にすれ違いが起こり、長らく会話もないとかゲームでは言っていた気がする。

 そのため、女心と言うものは分からない。自分に近づかないでくれ。と、ヒロインに距離を置くように言ってくるのだ。しかしそこは乙女ゲーム。少しずつ距離が縮まり恋になる、というルートだった。


「んんっ、いや、その、俺が騎士になった暁には、婚約する予定です」

「あら? そんなことを公言してしまっていいのかしら」

「……駄目だったか?」


 アレクシがしゅんっとする。クラリスは可笑しそうに笑うと、首を左右に軽く振った。

 ら、ラブラブじゃないか。シルヴィはすれ違い設定はどこに行ったんだと目を丸める。


「こ、婚約ですって!?」


 ジャスミーヌはそう叫ぶと手に持つ扇子を勢いよく開いた。皆の視線がジャスミーヌに一斉に向いたが、ジャスミーヌはそれ所ではないらしい。

 扇子で顔半分を隠しているが、狼狽しているのは明白だった。「ど、どうなっているのかしら。設定はどこに!?」微かに聞こえてくる声に、シルヴィは目を逸らす。口から出てますジャスミーヌ様、と。

 しかし、アレクシが幼馴染みのクラリスとラブラブで婚約となると、アレクシルートはどうなるのだろうか。ヒロインがどのルートを進むつもりなのかによるが……。


「ねぇ、シルヴィ」

「え? えっと、おめでとうクラリス」

「ありがとう。でもそうじゃなくて、あの方」

「どの方?」

「ほら、あの伯爵家の方。氷のお茶会事件の方ではないかしら」


 頬に手を添えて首を軽く傾げたクラリスに、シルヴィはきょとんとする。


“氷のお茶会事件”


 王宮で開催されたお茶会で起こった大惨事のことを皆そう呼んでいるのだ。

 ルノーは公爵家の直系で白金色であったために、媚びる者はいても喧嘩を売る者は社交界にいなかった。しかし、白金色を失い後継でなくなった瞬間に、もう終わりだなと馬鹿にする連中が出てきたのだ。

 そして漆黒になってから初めて参加したお茶会で、その大惨事は起こった。喧嘩を売られたルノーが即座にそれを買ったのだ。

 何がどうなったのか、シルヴィが見た時には地面で四つん這いになった令息の上にルノーが足を組んで優雅に座っていた。

 そして、謝罪するなら許すと言ったルノーの提案を受け入れなかった令息の顔に、割れた状態で転がっていた瓶を向けたのだ。勿論、割れて鋭く尖った部分を。どこのチンピラだとシルヴィは思ったわけだが。

 まぁ、その一件でルノーの真の恐ろしさが露見してしまったために、社交界でルノーに喧嘩を売る命知らずはいない。いない筈であるのだけれど……。


「えっと……」

「覚えていない?」

「相手の顔までは」

「わたくし、あの一件はとても印象に残っているの。だから、間違いはないと思うのだけれど」

「ルノーくん」

「覚えてない」

「だよね」


 そもそもルノーは、そんな事があったことさえも覚えていなさそうである。困ったシルヴィは周りに助けを求めた。

 シルヴィに視線を向けられたフレデリク達は、視線を少年に遣る。記憶を探るように目を細めた。そして、フレデリクが頷く。


「確かにそうだ。クラリス嬢の記憶に間違いはない」

「うっわ!? 懲りないなぁ」

「僕はその件については、あまり詳しく知らないのですが……。つまり彼は二回目と言うことですか?」

「そうそう! 流石にまさかでびっくりなんだけど」


 ディディエが引いたような視線を少年に向ける。流石は兄弟だ。先程のジャスミーヌとそっくりであった。

 フレデリクは頭が痛いのか、額を押さえる。しかし、騒ぎを聞き付けて野次馬が増えてきたので、そんな事を気にしている暇はなくなってしまった。


「兎に角、ここは学園だ。処罰は学園長に委ねられる。ルノー、お前も学園長室に来てもらうぞ!」

「面倒です」

「引き摺ってでも行くからな」


 ルノーは観念したらしい。溜息を吐くと、「シルヴィ、またね」と不本意そうに言った。それに、シルヴィが返事をしたのを確認して、渋々と歩きだす。

 フレデリクは駆けつけた教師に、ルノーの監視をするのでこの場はお願いしますと伝えた。そして、騒ぎの元凶である魔法科の三人も一緒になって歩きだす。

 遠ざかっていく背中に、誰とはなしに安堵の溜息を吐いた。「お疲れ様でしたー!」などと、ディディエが嬉しそうな声を出す。その場が、一件落着といった雰囲気に包まれた。


「今度、お礼をさせてください」

「気にしないでください、ガーランド様」

「いえ、します」

「そうですか? では、その、考えておきます」

「はい。是非」


 ガーランドに譲る気がなさそうだったので、シルヴィはお礼を受け取ることにした。そして、視線をアレクシへと向ける。


「あの、何かお詫びを」

「アミファンス伯爵令嬢は悪くないと言っただろう」

「それは、その……」

「アレクシ様は譲らないわよ」

「えぇ……」

「いいのよ、シルヴィ」


 クラリスにまでそう言われてしまうと、シルヴィの性格では頷くしかない。まぁ、良いと言うのなら、良いのかな。そう思ってしまうからだ。


「そう言えば、シルヴィ姉上にご紹介していませんでしたよね。こちら、二年生のアレクシ・グラーセス卿です」

「そうか。俺としたことが、すまない」

「いえ、わたくしの方こそ。シルヴィ・アミファンスと申します」

「あぁ、よく知っている。クラリスが大変世話になっているようで。いつもありがとう」

「……? こちらこそ、クラリスにはとてもお世話になっております」


 本気で感謝しているような声音に、シルヴィは不思議に思いつつもそう返す。


「よければ、俺とも仲良くしてくれ」

「それは、勿論ですわ」


 そう返して、シルヴィははたと気づく。やってしまった、と。これで、攻略対象者四人全員と交流を持ってしまったことになる。

 いや、でもまだ諦めるわけにはいかない。平和な学園生活を!! シルヴィは震えそうになる自分を何とか押し込めて、淑女の微笑みを浮かべたのだった。

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