02.モブ令嬢と生誕パーティー
やっぱり人酔いしそう。シルヴィはルノーにエスコートされながら、淑女の微笑みが崩れないように耐えた。
今日は、ルノーの誕生パーティー当日。例年通り、シルヴィはルノーのパートナーとして隣を歩いていた。
二月の初め頃、卒業試験が行われ今は結果待ちである。結果は二月の終わり頃に発表され、三月に卒業式という日程だ。
シルヴィ達三年生は、試験後は卒業式まで自由登校であるため、学園に残っている生徒は少ない。シルヴィは、イフラースの講義で昨日まで学園に残っていた。
どこまでもこの世界は、日本の乙女ゲームといった感じだ。まぁ、シルヴィは前世の高校で卒業試験を受けた記憶はないが。
「嬉しいな」
「うん?」
「シルヴィもようやく卒業だ」
「試験に合格してたらね」
「してないわけがないだろ?」
「ううーん……。まぁ、対策は完璧にしたけれど」
シルヴィが困ったように眉尻を下げる。それを見てルノーは、シルヴィが完璧というのならば合格しているに決まっているのにと思った。しかし、それを口に出すのはやめておく。
シルヴィは、どこまでいってもアミファンス伯爵家の血筋なのだ。本人の自覚の有無はさておき、絶対に可もなく不可もない。丁度いい順位で合格しているのだろう。
「まぁ、いいよ。僕は君の隣を手に入れる権利さえ得られれば、それで良いからね」
凄い言い方をするなと、シルヴィは苦笑する。しかし、シルヴィが一年生の時から卒業を心待ちにしていた事は知っているので、シルヴィはただ「そっかぁ」とだけ言うのだ。
「そうだよ。やっとだ。やっと、婚約できる」
ルノーが嬉しそうに、うっとりと瞳を細める。ルノーはもう十九歳になった。彼の顔からは、残っていたあどけなさが年々減っていく。
しかし、こうして分かりやすく感情を滲ませると、いまだ幼さが見え隠れした。シルヴィは、それが好きなのだ。
「ヴィノダエム王国とラザハルでの功績が、しっかりと認められたものね」
「全ては、君のためさ」
「ふふっ、うん。うん、ありがとう」
澄んだ黄緑色の瞳が、ゆるりと弧を描いた。キラキラと煌めくそれに、ルノーだけが映る。それが、ルノーの魔力操作を狂わせるのだ。
外から聞こえた爆音に、ホール内がざわめく。ラザハルでの経験からか。最近、爆発は上空で起こるようになった。充分な進歩ではあるが……。
「あとは、これだけなんだよなぁ」
「シルヴィ、好き、かわいい、すき」
「ううーん……」
惚けた声で「すき」を繰り返すルノーに、シルヴィはどう注意したものかと顎に手を添える。
「ルノー!!」
「今日も今日とて、熱烈ですわね~」
フレデリクがロラをエスコートして、足早にやってくる。勿論、咎めるようにルノーの名を呼びながら。
「被害は出していません」
「当たり前だ!」
「ま~ま~、フレデリク様。今日はお誕生日ですから」
ロラに宥められて、フレデリクは仕方がないと言いたげに咳払いをする。
「おめでとう、ルノー」
「おめでとうございます、ルノー様」
二人もめでたく婚約が決まっている。皇太子の婚約を大々的にし、シルヴィとルノーの婚約をその影に隠してしまおうという算段のようで。
陛下は、“本当にお前は抜け目がないな、ベルトラン”と、それはもう深々とした溜息を吐いていたそうだ。因みに伯爵はいつもの微笑みで、“お褒めに預かり光栄です”と宣った。
「ありがとうございます」
「ごきげんよう、殿下。ロラ様」
「あぁ、シルヴィ嬢も元気そうだな」
「ごきげんよう~、シルヴィ様」
今日のロラは、ご機嫌らしい。生徒会の引き継ぎでここ数日は、ごたついていたみたいだが。
何でもイアサントが“寂しい”から始まり“どうして卒業してしまうのですか!!”などなど、泣いて大変だったとか。ディディエ以外が、ぐったりとしていたのをシルヴィは知っていた。
「その、何だ。シルヴィ嬢に妹が、迷惑を掛けていると小耳に挟んだのだが……」
「その話ならば、僕も聞きました。シルヴィ曰く、実害はないそうです。が、ねぇ?」
「うむ……。二人の婚約が発表されれば、流石に諦めもつくと、思うのだ。俺としても、ついて貰わねば困る」
「ついてくださるのかしら~……」
「ロラ様、怖いこと言わないでくださいよ」
「だって~」
まぁ、ロラの言いたいことは分かる。イアサントは、いまだ甘たれた所が抜けないのだ。それに今は、ディディエとルノーに揺れている私を楽しんでいる節がある。
「迷惑だ」
「よく言い聞かせておこう」
「必ずですよ」
「分かっている」
フレデリクとルノーが、同時に深々と溜息を吐いた。この二人を困らせているのだから、ある意味イアサントは大物である。
「折角の誕生日ですのに、何を溜息など吐かれておられるのですか?」
ジャスミーヌが呆れたように声を掛けてくる。彼女をエスコートしているのは、トリスタンであった。トリスタンは、ジャスミーヌに押し負けたらしい。
「少しな」
「王女殿下のお話をしてたの~」
「うっ!!」
ここ数日のことを思い出したのか、トリスタンの顔色が悪くなる。一変して、ジャスミーヌが慌てた顔になった。
「トリスタン様!? お気を確かに!!」
「だ、大丈夫です……。この話は止めましょう。ルノー卿の誕生日ですから」
「そうですわね。おめでとうございます、ルノー様」
「おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
トリスタンもヴィノダエム王国とラザハルでの功績が加味され、ソセリンブ公爵の正統後継者として認められた。しかし年齢も考慮され、まずはガイラン公爵に師事する事となっている。
このままいけば、ジャスミーヌと婚約の流れになるのではないだろうか。トリスタンも満更ではなさそうであるが。二人の未来は公爵位を賜るまでに、ジャスミーヌがどれだけトリスタンを支えられるかにかかっているのかもしれない。
「ごきげんよう、トリスタン様。ジャスミーヌ様」
「ごきげんよう、シルヴィ様」
「何だか、久しぶりな気がするよ」
「魔法科と普通科では、お会いする機会が少ないですからね。それに最近は、お忙しそうでしたもの」
「ははっ、まぁ……」
トリスタンはもはや、空笑いするしかないようだ。目が死んでいるので、シルヴィもこの話題は本気で止めておくことにする。
「姉さん」
「あら、ディディエ」
「兄上」
「あぁ、ガーランドか」
ディディエとガーランドが隣り合って、こちらにやってくる。ディディエは約束通りに、パートナーを連れていなかった。
「ルノー先輩、おめでとうございます」
「ありがとう」
「おめでとうございます、兄上」
「うん。君は毎年、一日に何回も言っていてよく飽きないね」
「勿論です! 一日が終わるまで機会があれば何度でも言います!」
「そう。まぁ、いいけれど」
ルノーは呆れたような視線をガーランドに向ける。しかしシルヴィには、その中に確かな嬉しさも混じって見えた。本当に仲良しの兄弟だと、シルヴィは頬を緩める。
「ごきげんよう、ディディエ様。ガーランド様」
「久しぶり、シルヴィ嬢」
「お久しぶりです。遂に、シルヴィ嬢が姉上になるのですね」
「いえ、あの、ガーランド様。私達は同い年なので、やっぱり姉上はやめてください。呼び方は今のままでお願いします」
「そうですか?」
「シルヴィがそう言うなら、そうして」
「分かりました」
何とか姉上呼びは回避できそうだ。シルヴィはホッと胸を撫で下ろす。ガーランドは心底残念そうであるが。
「失礼、ご挨拶しても?」
聞き慣れた声が聞こえて、視線をそちらへと遣る。そこには、リルとマリユスが立っていた。今現在、アンブロワーズ魔法学校も三年生は自由登校となっている。
リルを招待してはと、ルノーに言ったのはシルヴィだ。ルノーは特に理由などは深く聞かずに、シルヴィが会いたいならばそうしようと了承してくれた。
マリユスは護衛として参加している。因みにイヴォンは、学校があるので不参加である。
「えぇ、勿論です。遠いところを善くぞおいでくださいました」
「こちらこそ、招待感謝する。おめでとう、ルノー卿」
「ありがとうございます」
「マリユスも」
「おめでとうございます、フルーレスト卿」
「ありがとう」
ルノーがマリユスを認識しているのかどうなのかは、曖昧である。“だれ?”とも“なに?”とも聞かないので、リルの護衛ということは理解しているのだろう。
「イヴォンが残念がっていたよ」
「それは、貴女の傍を離れることにでしょう」
「ふむ。どうだろうね」
リルは藪蛇だったかと、ルノーの言葉をさらりと流す。それにルノーは、溜息を吐くにとどめた。
今日は場が場であるからか、ルノーもリルを次期女王扱いしている。まぁ、リル本人はルノーに恭しくしなくともいいと言っているのだが。
ルノーとシルヴィの周りが、あっという間に騒がしくなる。この幸せがずっと続けばいいのになぁと、シルヴィは皆の会話を聞きながら目尻を下げたのだった。




