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43.モブ令嬢と聖天女

 とても楽しかった。あの後、この髪飾りが可愛いとか。この耳飾りとこの耳飾りだったら、どちらの方が合うかとか。女性四人で大盛上がりだった。

 旧神殿で着た衣装よりも踊り子感が強い装いに身を包んだ三人を見て、ニノンは大変満足気である。

 ふとシルヴィは視線を感じて、そちらを見遣った。真剣な顔をしたロラと目が合って、キョトンと目を丸める。


「ロラ様?」

「いや、何ていうか。シルヴィ様って可愛いわよね~」

「……? そうですかね?」

「でもこの漂う、“どこにでもいる普通の子感”って何なのかしら~?」

「ふむ。そういう雰囲気を醸し出すのが上手いのではないだろうか」

「つまり、印象操作のプロってことね~……」

「アミファンス伯爵家の成せる技、か……」


 恐ろしい子という空気を出すロラとリルに、シルヴィはただ「えぇ……?」と戸惑った声を出した。これは、褒められているということでいいのだろうか。微妙なところである。

 シルヴィは曖昧に笑いながら扉を開けて廊下へと出る。それにロラやリル、ニノンも続いた。勿論、メェナと精霊も付いてくる。


「わぁ! 可愛い……っ!」


 瞬間、感動したような声が耳朶に触れた。全員の視線がそちらへと注がれる。そこには、二人の女性が立っていた。


「ダメよ、ターラ」

「あっ、すみません! 思わず……」


 アセアセという擬音が似合いそうな仕草で、ターラと呼ばれた女性は謝罪を口にする。へへっと困ったような笑みを浮かべるのさえも憎めないと思わされた。


「あ、圧倒的ヒロイン(りょく)が今日も眩しい~……っ!!」


 ロラとリルが光に焼かれたように、両手で顔辺りを防御している。それにシルヴィは、そういえば今作のヒロインは転生者ではないという情報だけは教えて貰ったのだったなと思い出した。

 負担になってはいけないということで、お見舞いは一斉にであったのだ。そのため、シルヴィは今作の乙女ゲームのことをまだ深く聞けていなかったりする。


「申し訳ありません、皆様」

「お気になさらず、ジュッラナール嬢。しかし、何故こちらに?」


 彼女らの後ろで使用人らしき者がオロオロとしている様子を見て、リルは「部屋でゆっくりとしていてくれて良かったのだが……」と眉尻を下げた。


「少々、お待たせし過ぎてしまったかな?」

「滅相もございません。ターラご説明を」

「はい! お茶の用意をして頂いたのです。ですので、皆様をお迎えにあがりました!」

「それは、お気遣い痛みいる。有り難く馳走になるよ」


 リルがそれで大丈夫かと目配せしてくる。それにロラはウインクで答え、シルヴィは首を縦に振った。


「では、私はここで」

「え!? ニノンさんもご一緒に……。駄目でしょうか?」


 下がろうとしたニノンをターラが引き留める。それに、シルヴィはキョトンと目を瞬いた。勿論、ニノンも一緒に行くと思っていたからだ。

 しかし、ここは学園ではない。貴族の茶会に参加するのも気軽にとはいかないだろう。


「しかし……」

「ニノンさえ良ければ、私は構わないよ」

「私もよ~」


 迷うようなニノンの視線が、最後にシルヴィへと向く。それに、シルヴィは笑みを返した。


「まだお話したいわ」

「よろしいのでしょうか」

「ふふっ、予行演習だと思えばいいのよ」

「ふむ。アッタール家に嫁入りするのならば、こういった茶会に招待される機会はありそうだな」

「ラザハルは商家の力が強いものね~」

「で、では、お言葉に甘えさせて頂きます」


 ニノンは覚悟を決めた顔をする。それに、ターラは花が咲いたように笑んだ。なるほど、これは確かに圧倒的ヒロイン力である。


「えぇ、皆様の仰る通りですわ。わたくしも親睦を深めたいと思っておりましたの」

「私もです!」

「恐悦至極でございます」


 普段学園でシルヴィやクラリスと共に過ごすことが多いからか、ニノンの所作には磨きがかかった。そのため、貴族に混ざったとしても大丈夫であろう。

 シルヴィは、ニノンのお茶会参加が決まって嬉しそうに頬を緩める。ふと視界の中で美しい金色の髪が揺れて、視線をそちらへと遣る。目が合って、シルヴィは思わず姿勢を正した。


「ご挨拶が遅れましたわ。わたくし、侯爵家の長女、ジュッラナール・ビンワーフィルと申します」

「こちらこそ。わたくしは、ジルマフェリス王国の伯爵家長女、シルヴィ・アミファンスと申します」

「ご無事でなりよりでございました。体調の方は如何ですか?」

「はい、この通り。非常によくして頂いておりますので、問題なく回復致しました」

「それは、何よりでございます」


 リルとは種類の違うキラキラを纏うジュッラナールに、シルヴィは眩しいと思いながらも当たり障りのない会話をする。ジュッラナールの隣で、ターラが百面相しているのが頗る気にはなるが。

 二人の会話に入りたいのだろうか。意を決した顔をしたかと思えば、タイミングが合わなかったのかしゅんとする。

 シルヴィは思わず、ターラに釣られて困った顔をしてしまった。それに、ジュッラナールがターラの様子に気づいたらしい。


「あらあら、困った子。ご紹介致しますわ。彼女は、聖天女のターラでございます」

「はじめまして! ターラです!」


 助け船を出したジュッラナールに、ターラはパァッと表情を明るくさせる。それに、シルヴィもほっと胸を撫で下ろした。


「よろしくお願い致します」

「シルヴィ様も聖天女なんですよね!」

「違いますね」


 秒速で否定したシルヴィに、ターラが「えぇ!?」と戸惑った声を出す。オロオロとしながらターラは視線を精霊へと向けた。

 精霊はターラの視線を受けて、優雅にウインクして見せる。ターラはやっぱりと言いたげな自信に満ち満ちた笑みを浮かべた。


「では、お茶会の会場に向かいましょうか」

「そう致しましょう。こちらですわ」

「え!? え? えぇ??」


 ターラの笑みを見なかったことにしたシルヴィの『聖天女にされては困ります』という意図を読み取って、さらっとジュッラナールもターラの話を終わらせる。

 目を点にし疑問符を大量に飛ばすターラの背を押して、ジュッラナールが歩き出した。その後を皆も追う。


《いやん、貴女は間違いなく聖天女だと思うわ。まぁ、人間が勝手に付けた肩書きだけれど》

《魔王妃様が嫌がっておられるのだから、不要ということだ》

《そう? まぁ、いらないのならそれで良いと思うわ》


 仲良くなったような、ならないような。精霊とメェナの会話に、反応を返さないよう気を付けながらシルヴィは歩を進めた。シルヴィ以外には聞こえていないからである。

 ジルマフェリス王国で、聖天女という肩書きがどれだけ注目されるのかは未知数だ。しかし、少しでも注目される可能性があるのなら、アミファンス伯爵家にそれは不要なのである。


「そうだわ~! ねぇ、ターラさん」

「え? はい、なんですか?」

「彼、えっと~、カイスさん? とは、どうなの~?」

「へ!?」


 話題を変えるならば、恋バナにしようと思ったのか。ロラがターラの顔を覗き込みながらニコニコとそう問い掛けた。それに、ターラの顔が一瞬で赤に色づく。


「彼とはその……」

「本当に、どこから侵入してくるのか。困ったものです。ねぇ? ターラ?」

「うっ! またバレてる……?」

「当然よ。まぁ、貴女の心の支えであるようだから、目を瞑ってはいるけれど」

「あは、は……。申し訳ありません」


 ターラはバツが悪そうに、ジュッラナールから目を逸らす。どうやら、カイスなる人物がターラの好い人であるようだ。


「カイスは私の幼馴染みで。彼がいてくれると、落ち着くんです」

「幼馴染み……」


 思わず幼馴染みという言葉に、シルヴィは過敏に反応してしまった。ターラの視線がシルヴィへと返ってくる。


「シルヴィ様にもいらっしゃるんですか?」

「ええと、まぁ……」


 歯切れ悪くシルヴィは、苦笑する。それに、ターラが不思議そうに小首を傾げた。


「その……。幼馴染みが想い人にどうやって進化したんですか」

「いや、聞き方~」

「友愛が恋愛に変わった瞬間は? という話かな」

「そうです」


 シルヴィは、ソワソワとしながらターラを見つめる。ターラはそんなシルヴィを見て、微笑ましそうに頬を緩めた。


「気付けば、そうなっていました。明確な線引きって必要ですか?」

「そういうモノですか?」

「はい! 好きってそんなに難しい感情じゃないでしょう?」


 まるでもう答えは貴女の中にあるとでも言いたげなターラの笑みに、今度はシルヴィが真っ赤になる。そうか。シンプルで良いのか。シルヴィは何処かすっきりとしたように、はにかんだのだった。

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