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37.モブ令嬢と戻ってきた日常

 呼び出しのベルも何もない。勝手に動き回る訳にもいかないため、シルヴィは誰かが来るまで大人しくしていることにした。

 その間に、メェナと精霊に聞ける情報は全て得ておこうと決める。倒れたあと、結局あの二人はどうなってしまったのだろうか。


「ねぇ、精霊さん。ナルジス様とファリード様は、どうなったの?」

《あのお二人は、一緒にいってしまわれたわ》

「……そう、ですか」


 精霊が言っていた“全ての生命エネルギーを頂きここにいる”というのは、やはりそういう意味だったようだ。

 それにどうやら“ちゃんと責任取ります!”というナルジスの言葉に偽りはなかったらしい。シルヴィは目を閉じると、どうか安らかにと暫し祈りを捧げた。


「新たな王は? やっぱり戦って決めるの?」

《いやん! 戦って王を決めるのは、人間と魔物で精霊はそんなことしないわよん》

「うう~ん……。まぁ、人間も王位争いがないと言えば嘘になるけれど」

《精霊王は、産まれながらに決まっているの。近い内に、新たな王が誕生されるわ》

「なるほど。精霊界は、そういうシステムなのか」


 魔界も精霊界も謎が多い。人間界の常識と比べても無意味だとシルヴィは重々理解しているため、深くは考えないのである。精霊王やドラゴンがどこから生まれ出づるのか等々。


《魔王妃様、少々よろしいですか?》

「うん? どうしたの?」

《はい。ジルマフェリス王国では、精霊を見たことがありません。連れ帰って大丈夫なのですか?》

「確かに……。でも、精霊を国内に入れてはいけないという法はないから、私が罪に問われることはないよね」

《左様ですか》

「問題があるとするなら、精霊さんの方かな。精霊は人間の魔力が嫌いらしいから」


 大丈夫なのかと問うように、シルヴィは精霊へ視線を遣る。精霊はその視線を受けて、どこか納得したように頷いた。


《精霊は庇護欲が強いのよん。だから、自らの助けを必要としない魔力持ちの人間が嫌いなの》

「……うん? つまり、魔力自体が苦手な訳ではないってこと?」

《そうよん。特に低位の子に多いわね。妾は高位精霊だから、そんなの気にしないわ》

《自分勝手な連中だ》

《あらん? それは、魔物も同じだと思うけれど?》


 メェナと精霊が早速、睨み合いになる。シルヴィは呆れ半分に、「喧嘩しないの」と注意した。


《うむぐっ……》

《いやん》


 一応は言うことを聞いて、メェナも精霊も大人しくなる。それに、シルヴィは「いい子だね」とどちらの頭も撫でた。


「ひとまず、精霊さんが気にしないなら問題ないかな」

《大丈夫よん》

《魔王妃様に不利益がないのなら》


 他に聞いておかなければならない事はあったかと、シルヴィは思案する。ふと、涙に濡れたエメラルドグリーンの瞳が脳裏を掠めた。


「……ザフラが何処にいるのか知ってる?」

《妾はつい今しがた来たばかりなの。だから、分からないわ》

《ザフラとは、魔王妃様と同じ年頃の人の子ですか?》

「そうよ。エメラルドグリーンの瞳の女の子」

《でしたら、宮殿で保護されておりますよ》

「そうなんだ! よかった」

《ただ、何を聞いても黙りとかで。この国の王が困り果てているとか何とか、ムーが言っておりました》

「えぇ……。でも、そうなるか」


 では、どうやってここまで連れてきたのだろうか? そんな当然の疑問が浮かぶ。女性陣がザフラの保護を提案したとして、ザフラがそれに納得してついてきたのなら黙りは可笑しいだろう。


「因みになんだけれど、ここにはどうやって来たんだろうか」

《精霊王が魔王様の制止を無視して、全員に転移魔法を使ったと伺いました》

「あぁ、だからか」


 ザフラは、自分の意思でここに居る訳ではないらしい。精霊王は彼女をつれていってはくれなかったと、そういうことのようだ。ザフラは、あれ程までに彼に尽くしていたのに。


「勝手だこと」


――あのね、シルヴィちゃん。ザフラの両親は……。


 不意に脳裏を掠めたナルジスの声に、シルヴィは困ったように目を伏せる。ザフラや精霊王の事情は、敢えて聞かないようにしていたというのに、ナルジスは何故かシルヴィにザフラも知らぬ秘密を聞かせてきたのだ。

 まぁ、ほとんど独り言のようなものだったが。あれは、自分一人では抱えきれなくなったものを共有してきたのだろう。シルヴィを共犯にしたかったのだ。


「一緒にいると、似てくるのかしら……」


 精霊王もナルジスも、残された側の気持ちを考えて欲しいものだ。どうしようかなぁと、シルヴィは憂いを滲ませた溜息を吐いた。


《あっ! 魔王様が来ます!》


 メェナが嬉しそうに言ったそれに、シルヴィは目を瞬く。確かに、ルノーの魔力を感じる気がする。扉越しだとシルヴィには、はっきりと感知できないのだ。

 そういえば寝起きだったと、シルヴィは手櫛で髪を整える。寝癖などついていないだろうか。寝間着だし、顔も洗っていない。

 アワアワとしている間に、部屋の扉がノックされる。それに思わず「支度が終わってからにして下さい!!」と、叫んでしまった。


「シルヴィ!」


 抵抗空しく扉は瞬時に開け放たれる。反射で枕を投げたが、普通にキャッチされてしまった。南無三。


「よかった……。全然起きないから」

「そんなに寝てた?」

「うん。丸一日。今朝やっと熱が完全に下がって、安心はしてたんだけど」

「そうだったんだ。枕投げてごめんね」


 倒れただけではなく、熱まで出ていたらしい。自分が思っていたよりも疲れが溜まっていたのだろうか。ただでさえ夢見が悪くて寝不足だった所に、誘拐が重なったのだから当然ではあるのかもしれない。


「僕の方こそ、ごめんね。気が逸って、許可なく開けてしまったから。あの、入ってもいい?」

「んんっ、どうしよう。恥ずかしいから……」

「どんなシルヴィも可愛いよ」

「そういう問題ではないんだけどな」


 掛け布団で顔を半分隠しながら、ルノーの様子を窺う。枕を両手で落ち着きなく持ちながら、不安気にルノーが見つめてくるのにシルヴィが負けた。


「うーん……。分かった、いいよ」


 途端にパッと、ルノーの顔が明るくなる。シルヴィのいるベッドまで来ると、一変して渋い顔になった。


「なぜ精霊がいる」

《いやん、危ない》


 問答無用で精霊を鷲掴もうとしたらしいルノーの手から逃れて、精霊が優雅に天井付近を旋回し出す。それに、更にルノーの眉間に皺が寄った。


「待って待って! その子は、あれだよ」

「どれ?」

「私が召喚したナルジス様の」

「あぁ、あの時の」

「ええっとね」


 ひとまずルノーをベッドの縁に腰掛けさせて、シルヴィは精霊の説明から始める。害意はなくシルヴィの言うことをちゃんと聞くと分かったからか、ルノーは渋々そうに納得した。

 精霊はもう大丈夫だと判断したのか、再びベッドボードへと着地する。ルノーはその様子を嫌そうに眺めていた。


「永年契約や祝福とやらは、シルヴィの負担になることはないんだね?」

《ないわよん》

「ないから大丈夫らしいよ」

「ふぅん……」


 ルノーは、胡乱な目を精霊に向ける。それに、シルヴィは困って眉尻を下げた。


《あらん? 彼は魔王なのよね? じゃあ、精霊の言葉は分かる筈よん》

「え? そうなの?」


 シルヴィはルノーには通じていないと思ったから、精霊の言葉を繰り返して伝えたのだが。その必要はなかったのだろうか。

 ルノーは精霊の言葉に何も返さず、ゆったりと首を傾げてみせる。ただ、視線は精霊の方を向いている上に、口元は弧を描いているので暗に肯定しているも同然だった。


「あぁ、うん。なるほど」

《感じが悪いこと……》

「君達には負けるよ」


 そういえば、ルノーも精霊に対して嫌悪感を抱いていそうな雰囲気であったことをシルヴィは思い出す。メェナが個人的に精霊を嫌っているのではなく、全体的に仲は良くないのだろう。

 これは、この場でしっかりと許可を取っておいた方がよさそうだ。そう判断して、シルヴィはルノーの服の裾を掴み顔を見上げる。


「だめ?」


 シルヴィの気まずそうな上目遣いに、ルノーがあからさまに揺れたのが見て取れた。それに、これはもう一押しだとシルヴィは確信する。


「おねがい」

「う、ん……。わかった」


 おそらく、トキメキに耐えているのだろう。ルノーが枕を強く握る。ある意味、枕を投げて良かったのかもしれなかった。他国の宮殿で爆発は駄目だ。


「ふふっ、ありがとう」


 ルノーが蕩けるように嬉しそうな視線を向けてくるのに、シルヴィは照れたように笑う。そこでふと、そういえば挨拶がまだだったなぁとそんなことを思った。

 シルヴィがルノーの手に触れると、ルノーは何の迷いもなく枕から手を離す。そのまま流れるようにシルヴィの手を優しく握った。


「おはよう、ルノーくん」


 穏やかで、いつも通りな。そんなシルヴィの声音が、戻ってきた日常を現実にする。ルノーは、ふっと気の抜けたような笑みを溢すと「おはよう、シルヴィ」そういつも通りに応えた。

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