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31.魔王と精霊王

 冷静さを欠くなとは、よく言ったものだ。初代聖天女は魔王を退け、亡くなった。“魔王”という言葉にいい思い出などないだろうとは思っていたが、これ程までとは。

 完全に頭に血が上っている様子の精霊王に、ルノーは冷めた視線を向ける。敬意を払ったつもりだった。などというのは、少々白々しいか。

 こてり、態とらしく小首を傾げたルノーに、精霊王の何かが切れたらしい。膨れ上がった魔力が眩い光を作り出したが、それはルノーの魔法防壁によって容易く防がれた。

 お返しとばかりに、氷の剣が精霊王を一斉に襲う。反応が遅れたのか、鈍くなってしまった動きのせいか。全ては避けきれずに、氷の剣は精霊王に複数の傷をつけた。


「許さんっ、許さん許さん!! 貴様が奪ったのだ!! 私からナルジスを!!」

「記憶にないな。君のいう魔王は、先代か先々代か。兎に角、僕ではないよ。君に会うのは、まだ二度目だからね」

「変わらん! 魔王は魔王だ! 穢らわしい下等な生物の分際で!!」

「鼻持ちならない、か。なるほど?」

「私からまたナルジスを奪うつもりか!?」


 真白なキトンが血に汚れていく。それに気付いているのかいないのか、精霊王は傷を治すことはしなかった。光の剣を作り出すと、ルノーに突進してくる。怒りに任せた単調な動きだった。

 ルノーはそれを魔断の剣で正面から受けてたった。剣がぶつかり合い、火花が散る。


「ふざけるな。僕からシルヴィを拐ったのは、君の方だろ」


 魔断の剣に触れた光の剣は、途端に不安定になる。精霊王は剣が掻き消える前に、ルノーから距離を取った。


「勘がいい」

「何だ。先程から可笑しい。その剣は何だ!?」

「魔断の剣までは、流通していないからね。見るのは、初めてかな?」

「魔断の剣? まだん、魔断石か? 面倒な」


 ラザハルで魔力持ちは歓迎されない。しかし、ジルマフェリス王国で魔力を持たない子が生まれるように。歓迎されるされない関係なく、ラザハルで魔力を持った子が生まれることもある。

 そのため、魔断石をジルマフェリス王国から輸入しているのだ。勿論、手頃な価格ではないが。流石に精霊王も魔断石の存在は、知っていたらしい。


「ぐっ! 気持ちが悪い……」


 少し動いただけで、精霊王の息が上がっている。しかしそれは、トリスタンやイヴォンも同じようなもので。

 精霊王の顔がトリスタンの方を向く。目があって、トリスタンが肩を跳ねさせた。どうやら結界からどうにかする気らしい。

 そんな余裕があるとは、結構なことだ。ルノーはトリスタンと精霊王の間に割って入り、掌を精霊王に翳した。


「炎よ」


 全てを灰に帰す猛炎が、精霊王の眼前を覆う。咄嗟に張ったのだろう精霊王の魔法防壁は、闇に呑まれて砕け散った。

 しかし、その数秒で精霊王はドラゴンが吐いたような炎から逃れる。その攻防を読みきったのは、ルノーだった。

 ルノーの回し蹴りが精霊王の顔面を捉える。もろに喰らった精霊王は、吹っ飛び建物の外壁を派手に壊した。


「げほっ! はっ、はぁ、やめろ。街をこわ、すな……っ!」

「ふぅん。自分の心配をした方が賢明だと僕は思うな」

「うるさい! この街は、ナルジスが守った街だ。命を掛けて、守った街なのだ……」


 精霊王の顔が痛みに歪む。口を切ったのか、血が滲んでいた。


「随分と痛そうだね。なら、まだまだ余裕か」

「……?」

「痛みを感じている内は、まだ大丈夫だよ。僕の経験則ではね」


 ろくに痛みを感じなくなってくると、いよいよ死の香りが色濃くなる。ルノーは封印時の経験をフレデリクの言う“無茶”の基準にしていた。そのため周りからしてみれば、その度合いはかなり狂ってみえる。

 例に漏れず精霊王も異様なものを見たという目をルノーに向けた。それに、ルノーは心底不思議そうな顔を返す。


「危険だ。消さねば。今度こそ」

「面白いことを言うね。危険視されているバケモノは君の方なのに」

「何を言っている? 私は精霊達の王だ。魔王の貴様と一緒にしてくれるな」

「憐れだ。自分の置かれている状況も理解出来なくなっているとは」


 精霊王が瓦礫の中から立ち上がる。数秒、魔王と精霊王は睨み合い、妙な静寂が落ちた。

 イヴォンが焦れて早く倒せと叫びそうになった瞬間、二人の姿が消える。次いで、上空で光と炎がぶつかり合った。

 そこからの王達の戦闘は、ほとんど目では追えず。砂塵が舞い建物の崩壊音と爆音が空気を震わせる様は、世界の終わりのようだった。


「クッソ!! 耐えろ耐えろ耐えろぉ!!」

「うぐぐ……っ!!」


 先に限界を迎えたのは、結界の方であった。あちらこちらに、ヒビが入り始める。

 その好機を逃すまいと、精霊王は四方八方に光魔法を出鱈目に放った。ガラスが砕け散ったような大きな音を立てて、結界が破壊される。

 キラキラと陽光を反射して崩れる結界の中で、ルノーと精霊王は向かい合って宙に浮いていた。やっと二人の姿を視界に捉えた面々は、息を呑む。

 満身創痍な精霊王が、肩で息をしながらそれでもルノーを鋭く睨み付けていた。ボタボタと精霊王から血が滴り落ちていく。


「魔王は魔王だと君は言ったね」

「そう、だ。悪行は消えぬ」

「では、君というバケモノを作り出した責任を魔王として取ろう」

「戯言を……っ!!」

「冗談ではないよ。ラザハルの困り事を解決するという約束をしたからね」

「私は悪いことなどしていない」


 それはそうだろう。悪いと思っているのなら、このようなことにはなっていない。ルノーには、よく分かる。人間の倫理観など問われても困るのだ。そもそも持ち合わせていないのだから。


「さぁ、怖がらなくていい。一瞬で終わる」

「わたしは……。死ねない」


 蓄積したダメージのせいで精霊王には、もはや転移魔法を扱える余裕はなかった。瞬きの間に放たれた精霊王の光魔法が、ルノーではなくロラとリルを襲う。


「せ~の!」

「“ミューデル”!!」


 しかし、これは想定していたこと。焦った様子を見せずロラとリルが張った強固な魔法防壁は、威力の弱まった攻撃魔法を物ともしなかった。何故なら、ここでセイヒカ2の聖具が活躍したからだ。

 指輪を身に付けたリルと手を繋げば、ロラの光の魔力の純度も跳ね上がる仕様になっている。それは、リルが爆走していたあのルートで判明する双子特権であった。


「聖なる一族か!? 何故そちら側に付いている!!」

「全ては友のため!」

「シルヴィ様は返して貰うから~!」


 世界平和がどうの以前に、大事な友達を拐われて黙っていられるような性格をロラもリルもしていないのだ。


「僕は優しく見えるのかな」


 精霊王の背後を取ったルノーは、魔断の剣を振り上げる。一切の躊躇もなく、それを精霊王の首目掛けて振り下ろそうとした。

 振り下ろそうとして、出来なかった。旧神殿の正面扉を勢いよく開け放って、飛び出してきた少女のために。少女の前で血生臭いのは困る。

 よほど慌てて走ってきたのか、少女の息は苦し気に乱れていた。少女は誰かを見つけ、表情をパッと明るくさせる。


「もう大丈夫よ! ファリード!」


 少女は、間違いなくシルヴィだった。そうである筈なのに、少女の口から出てきたのは聞き慣れない名で。


「あぁ、ナルジス……っ!!」


 歓喜したのは、精霊王だった。


「え、あ、なんで精霊王の名前~?」


 ロラが混乱したように、呆然とそう呟く。少女は、周りの空気など気にした様子もなく精霊王に向かって走り出した。


「酷い怪我! まずは回復しないと!」

「ナルジスなのだな。あぁ、間違いなく私の愛しいナルジスだ!!」


 少女と精霊王の距離がどんどんと縮まっていく。まるで体が石になったかのように、ルノーはただその光景を見ていることしか出来なかった。


「シルヴィ……?」


 そんな筈はない。目の前の事実を否定したくて彼女の名を呼んだが、少女の視線がルノーに向くことはなかった。


「ファリード!」

「ナルジス!!」


 二人の伸ばした手がもう少しで触れ合う。そう思われた瞬間、少女の後ろから凄まじい勢いで何かが精霊王の顎目掛けて突進した。


《こんのぉ!! 浮気者がぁあぁあ!!!》


 美しい鳥が鬼のような形相で喰らわせた頭突きに、精霊王は「うぐっ!?」と呻くと後ろに倒れていく。

 無様に尻餅をついた精霊王は、意味が分からないと疑問符を大量に飛ばす。その精霊王を鳥はギャーギャーと文句を言いながら追撃とばかりに嘴でつつき回していた。

 急ブレーキで止まった少女は、「打ち合わせと違う」と不服そうに漏らす。しかし、直ぐに別に良いかと言いたげに溜息を吐いた。


「あらまぁ、精霊王ともあろうお方が浮気だなんて」

「え? ナルジス?」

「いやだわ、最低ですこと」


 少女は心底軽蔑したという目を精霊王に向けながら、見たこともないような悪い顔で嗤ったのだった。

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