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28.モブ令嬢と隠し部屋

 あと気になる点は、“妹”か。ナルジスと精霊王は恋仲だったが、子どもの話は何も出てはこなかった。

 シルヴィは、あの肖像画を見て、ナルジスの子どもが自分の祖先なのだと考えた。しかし、おそらくナルジスの妹の血筋なのではないだろうか。


「そうだとしてもナルジスとの血の繋がりは、一応あるのだけれど」


 ナルジスは、裕福な家の出ではなかったようだ。早くに両親を亡くし妹と身を寄せ合いながら、必死に生きてきたと日記には書かれていた。

 妹の生活は、ナルジスが亡くなった後も保証されると決まっていたらしいが、どうなったのだろうか。それは、妹にしか分からない。

 不意に扉がノックもなしに荒々しく開かれる。考えに耽っていたシルヴィの肩が、驚きに跳ねた。慌てて顔をそちらへと向ける。


「えっ?」


 開いた扉の側には、ザフラが立っていた。走ってきたのか、苦しそうに肩が上下している。表情は俯いていて、よく見えなかった。


「ザフラ? どうかしたの?」


 シルヴィの呼び掛けに、ザフラは顔を勢いよく上げる。今にも泣きだしてしまいそうに揺れるエメラルドグリーンの瞳に、シルヴィは睨み付けられた。


「どうしてっ!!」


 何が“どうして”なのだろうか。次の言葉を見つけられなかったかのように唇を噛むザフラを急かすでもなく、シルヴィはただ見つめる。


「せ、精霊王様が、どれだけ……。どれだけ、ナルジス様を……っ!!」

「ナルジス様を?」

「あんたは!! あんたは分かってないんだ!! こんなに恵まれてるくせに!!」


 ザフラは両手で顔を覆い、「どうして! なんで!」と繰り返した。


「そうね。きっと、分かっていないわ」


 シルヴィの酷く冷静な声に、ザフラは怯えたように肩を揺らす。


「だって、知らないもの。何もね」


 シルヴィは脱出のために必要な情報以外は、特に聞き出そうとはしていなかった。そのため、精霊王の苦労もザフラの気持ちも何も知らないのだ。何故ザフラが精霊王と共にいるのか、気にはなったが聞くのはやめた。

 敵に情を持つべからず。シルヴィは貴族令嬢だ。他国に漏らしてはならない情報も少なからず持っている。今回はそういった類いの誘拐ではなかったが、口は堅いに限る。


「それで? 用件は何かしら?」


 暗に用がないなら出ていけ。そう言ったシルヴィに、ザフラはノロノロと顔を上げた。


「どうか、どうか、お願いします。精霊王様を幸せに出来るのは、ナルジス様だけなのですよ?」


 縋るように発せられたザフラの言葉に、シルヴィは困ったように眉尻を下げる。次いでザフラの言葉を否定するように、首を左右に軽く振った。


「わたくしは、シルヴィよ」

「……は?」

「ザフラ、貴女の望みとわたくしの望みは違うの。わたくしの欲しい“愛”は、ただ一人。彼からのものだけ」


 そこまで言って、シルヴィはハッと我に返った。ここは、あやふやにしてザフラにまだ合わせるべきであったのに。思わず言い返してしまった。

 何故なのだろうか。内容だけをみるならば、ロラとそう大差無いことを言われているのだが。どうしてか、ザフラの言葉は否定しなければならない気がした。

 しかし、これは悪手だった。精霊王に言い付けられれば今夜、部屋から抜け出せなくなるかもしれない。


「うるさい!!」


 半ば叫ぶようにそう吐き捨てたザフラは、遂にはボロボロと泣き出した。目を瞠ったシルヴィに、ザフラは「分かってんだよ……」と呟く。まるで叱られた子どもが拗ねるような声音だった。

 それにシルヴィが何かを返す前に、ザフラは踵を返して部屋を飛び出していく。呆然とその背を見送ったシルヴィは、憂うように溜息を吐いた。



 意外にもザフラは、精霊王にその事を報告しなかったらしい。特にいつもと変わらずに晩食を済ませたシルヴィは、ベッドの上で不思議そうに首を傾げた。

 とはいえザフラはあれ以降、一切口を利いてはくれなかったが。部屋に再び精霊王が魔法を掛けた気配はない。これならば、隠し部屋探索に乗り出せる。


「さて、そろそろ良いかな?」


 いつもの就寝時間から何時間経っているのかは分からないが、シルヴィの感覚的に今は日が変わったくらいだろうと思われた。

 シルヴィはそっとベッドから抜け出すと、衣装棚を開ける。その中から比較的、動きやすそうなものを選ぶと寝間着から着替えた。

 月明かりを頼りに、カンテラのキャンドルにマッチで火を付けた。こういう時に、火の魔法が使えれば便利なのにとは思う。カンテラがなくとも、辺りを照らすことが出来るのだから。


「あとは、日記だな」


 書机の裏にある仕掛けを起動させて、シルヴィは日記を取り出した。本音を言えば、謎解きを楽しみたい。

 しかし、そのように悠長なことは言っていられないので、日記の手順に従うことにしてシルヴィは本棚に向かった。

 日記の記述と照らし合わせながら、本棚の本を動かしていく。最後の本をぐっと奥に押すと、本棚が動き出した。音もなく横にずれた本棚の裏には、人が一人通れる幅の通路が現れる。


「よし!」


 攻略本でも見ながら進めている気分になってきて、シルヴィは小声で喜んだ。ここは、もしものための避難通路であるらしい。

 もっとクモの巣などで汚れているとシルヴィは予想していたのだが、カンテラで照らした通路は掃除でもしたかのように綺麗なものであった。


「そこは、乙女ゲームクオリティ……」


 シルヴィは深く考えるのは止めて、通路の中へと足を踏み入れた。特殊な魔法でも掛かっているのか、本棚は独りでに動き元通りになる。

 カンテラの火を頼りに、シルヴィは真っ暗な通路を自信満々に歩き出した。何故なら今日は、日記の地図があるのだ。迷子にはならない。


「このT字路は……、右ね」


 しっかりと確認しながら、シルヴィは物怖じせずに通路を突き進んでいく。暫くそうして歩き続けて、行き止まりに辿り着いた。

 シルヴィはその場にしゃがむと、石壁に触れる。一つ一つ確かめるように押していくと、動くものを見つけた。それをまたしても奥へと押し込む。

 石壁が横へとスライドして、出口が現れた。月明かりが差し込むそこに誰もいないのを確認して、シルヴィは通路から出る。


「よかった~」


 目的の場所に出たことに、シルヴィはほっと胸を撫で下ろした。いつか来た大広間。ナルジスの肖像画を見上げて、シルヴィは何とも複雑そうな表情を浮かべた。

 いや、後にしよう。シルヴィは気持ちを切り替えるように、頭を軽く振った。


「ここからが、本題なんだから」


 シルヴィは気合いを入れ直すと、柱へと駆け寄る。カンテラを近づけ、ある筈の文字を探した。日記によると、この柱に彫られているらしいのだが……。


「あっ! あぁ~……うん」


 見つけたが、やはり文字はラザハルの古語であった。シルヴィは日記があるので、読めなくとも何とかはなる。

 しかし、これは……。おそらくゲームでは、【知】のステータスが一定値に達していなければ挑戦できない仕様になっているのだろう。

 ここまで辿り着いた時に判明するのだろうから、“嘘だろぉ!!”と初見プレイヤーが嘆くタイプの罠。いったい何人のプレイヤーを地獄に叩き落としたのか。


「何て恐ろしい……」


 シルヴィはぶるりと震えると、柱から離れて肖像画の下へと行く。壁にある丸いオブジェを右に反転、左に一回転、右に二回転させた。

 置かれていた白亜の鳥像が上へと盛り上がる。地下へと続く階段が現れて、シルヴィは日記を持つ手に力を込めた。

 深く息を吐くと、階段を降りていく。一番下に足を着けた瞬間、両側の壁かけランプに手前から勝手に火が灯っていった。


「わぁ!」


 ファンタジーじゃないか!! 緊張よりもワクワクが勝って、シルヴィは瞳を煌めかせる。セイヒカ2の神殿は、自然光が入る造りになっていた。こういったギミックはなかったのである。

 日記を見る限り、謎解きパートでは相変わらず危険なことは起こらないようだ。しかし、セイヒカ2でのこともある。シルヴィは気を引き締めると、足を踏み出した。



 日記を参考にしながら次々と謎解きを終え、シルヴィは遂に最後の扉の前に辿り着いた。

 本当にこれで良いのかという気持ちに途中なりかけたが、“重視すべきは、効率だ”というリルの言葉に背中を押され何とか気を持ち直したのだった。


「やっぱり最後はこれか」


 どうやら今回は、少しずつ臙脂色の玉を動かし、エメラルドグリーンの玉をゴールに持っていくようだ。このパズルゲームだけは、日記内で割愛されていた。

 シルヴィは枠の中に収められた玉をじっと見下ろす。もしかしなくとも、セイヒカ2より難易度が上がっているようだ。


「でも、これは得意なのですよ」


 シルヴィはニンマリと笑うと、迷いなく臙脂色の玉に触れる。そのまま最短の手数で、エメラルドグリーンの玉はゴールへと到達した。

 ゴール部分に穴が空き、エメラルドグリーンの玉が吸い込まれるように落ちていく。仕掛け扉が横へと静かにスライドした。

 一応、カンテラを前にしてシルヴィは部屋の中へと入っていく。最初と同じく、部屋の壁掛けランプが点灯していった。

 この部屋にも妙な魔力は感じない。今回は、幸いにも危険なことに遭遇はしなかった。シルヴィは安堵の息を吐くと、目当ての物を探して部屋を見回す。


「あれだわ」


 旧神殿、最重要アイテム。


「【神秘の鏡】」


 その前に、シルヴィは立った。一点の曇りもない美しい鏡に、全身が映って見える。

 まるで引き寄せられるようにしてシルヴィが鏡に映る自分に触れた瞬間、鏡が眩い程の光を放ったのだった。

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