24.双子姉妹と大人なお姉様
これは、どっちなのかしら~。ロラとリルは、転生者なのかそうではないのか。注意深くヒロインを観察していた。
今現在、何でもない世間話をしながら四人で応接間に向かっている。見れば見るほどに、彼女の仕草も喋り方も思考回路もヒロインでしかなかった。
演技力ではカバー出来ない正真正銘の善性の光とでも言えばいいのか。それを浴び続けたロラとリルのライフはギリギリになっている。そろそろ浄化されて溶けてなくなりそうだ。
「すごっ、凄いわ~」
「友達にいないタイプで戸惑ってしまう」
「何を言っても笑顔で楽しそうに聞いてくれる……っ!!」
「天使の羽が見える」
彼女がイヴォンに話し掛けているタイミングで、ロラとリルがひそひそと早口で会話する。二人の感想としてはただひたすらに、ええ子やねぇであった。
しかしどうやら、イヴォンは違うようだ。オッドアイの瞳に浮かんでいるのは、あからさまな警戒であった。裏を探るようなイヴォンのそれに、気付いているのかいないのか。彼女は気にした様子は見せなかった。
「もうすぐで応接間ね~」
「そうですね」
ロラが然り気無く助け船を出すと、イヴォンはどこかほっとした顔をする。そのまま流れるように、後ろを歩くリルの隣に並んだ。
「気を付けて下さい、リルさん」
「ん? 何に?」
「あの女、絶対何か裏がありますよ。ニコニコしてっけど、腹の中は真っ黒とか」
「いや……。ないと思うぞ?」
「ありますよ! 本性を暴いてやる」
ガルルッと威嚇する小型犬がイヴォンの背後に見えるようであった。それに、リルはどうしてこうなったと現実逃避するように遠くを見る。
ゲームのイヴォンは、ヒロインの優しさに癒されて丸くなっていた記憶がリルにはあった。いや、最初は今のように警戒はしていただろうか。まるで、野良猫のように。
「リルさんのことは、私がぜっっったいに! 守りますからね!!」
小声ながらも語気を強めたイヴォンの尻尾が、ブンブンと揺れている。そこでリルは、ハッと我に返った。落ち着け、私。犬の尻尾などイヴォンには生えていないぞ、と。
「すまない。私が理想のヒロインではないばかりに」
「……はい?」
普通に“そうか。頼りにしているよ”と、リルは返事したつもりだった。しかし、考えていることと口にした言葉が逆になってしまったようだ。
「到着~!」
ベストタイミングで応接間に辿り着いたために、リルは笑顔で有耶無耶にしておいた。疑問符を沢山飛ばすイヴォンを置き去りに、ロラは一応はノックの後に扉を開ける。
応接間のメンバーの中に、見慣れない女性が増えていた。それに、リルとイヴォンは警戒したが、ロラが「わ~っ!」と推しに出会したような声を出したために、リルだけ色々と察した顔をする。
女性の美しい金色の髪が、さらりと揺れる。褐色の肌を純金の宝飾品が飾っていた。しかし、決して派手ではなく、寧ろ品がよく見える。
「ジュッラナール様!」
「あら、ターラ。悪い子」
「うっ! ごめんなさい……」
「ふふっ、謝る相手は私ではなくってよ」
「え? あっ! イフラース先生、遅くなって申し訳ありませんでした!」
「心配してしまったよ。いったい何処で道草を食べていたのかな?」
「ええと……」
「駄目よ、先生。乙女の秘密を暴くおつもり?」
「え!? いや、そんなつもりじゃなかったんだけれど……」
イフラースは困ったように眉尻を下げる。それに、ジュッラナールと呼ばれた女性は美しい顔に微笑を浮かべた。
「あらあら、大変。先生の講義のお時間は終わってしまったわ」
「えぇ!? もうそんな時間だったんですか!? うぅ……っ! 本当にごめんなさい!」
「え? いや、まだ半分はある筈で」
「今日は予定が変更になったのだけれど……。お聞きになっていないのね」
「そう、なの??」
「ほらほら、愛しい奥様が家でお待ちでしょう? 帰りにお土産を買って早めに帰ってさしあげてくださいな」
「お土産?」
「喜ばれますよ」
「う~ん……。うん、そうだね。そうするよ。では聖天女様、また明日の講義で」
「はい! また明日、お願いします!」
ジュッラナールの手腕によって、イフラースが応接間から退場させられる。その鮮やかさに、ルノーが感心したような視線を向けた。
「さて、改めまして皆様。わたくしは侯爵家の長女、ジュッラナール・ビンワーフィルと申します。王様の使者より話は聞いております。お力になるようにとのことですので、何なりとお申し付けくださいませ」
「え? え?」
「ターラ、貴女もご挨拶を。因みに、そちらの方は王女殿下ですよ」
「……えぇ!?」
言葉の意味を理解出来なかったかのような間のあとヒロイン、ターラは目を丸めながら素っ頓狂な声を上げた。
目が合って、リルは肯定するように笑む。それに、ターラはオロオロと狼狽した。
「ほら、教えたマナー通りにしてごらんなさい」
「は、はい! ええと……」
手順でも思い出しているのか、ターラは暫し考え込むように黙る。そして、意を決したように顔を上げた。
「お初にお目にかかります。私は、ターラと申します。よろしくお願い致します」
丁寧な、そして、少しの不馴れが見える。そんな挨拶であった。真面目で健気で可愛い。そんな印象を受ける仕草が完璧である。
現に、トリスタンは好印象を受けたようだ。イヴォンは相変わらず、訝しむようにターラを見ているが。そして、ルノーはというと感情の読めない顔で、ターラを観察しているようであった。
その視線に気付いたのか、ターラの翠色の瞳がルノーを捉える。目が合って、ターラは照れたような困ったような顔をした。
しかし、ルノーは微塵も表情を変えることなく「ふぅん」と、興味が無くなったかのように溢しただけ。流石は初対面で、“殿下の趣味は変わっていますね”と言い放った男である。
ロラは、マ~ジでこの人シルヴィ様以外に興味ないなと思った。男女関係なく全員芋か何かに見えてる気がする。いや、認識さえされれば一応は芋から脱却は出来るか、多分。
「あら? 少々、失礼致します」
ジュッラナールは何かに気付いたようにそう言うと、さっと皆とターラの間に立った。ターラの頬に手を滑らせ「本当に悪い子ね」と苦笑する。
「口紅がよれているわ」
「え!?」
「油断も隙もない」
「ジュッラナール様、あの、これは……」
「仕方がないわね。今回は見逃してあげるわ」
「申し訳ありません!」
ジュッラナールがハンカチを使って、ささっと応急処置でターラの口紅を整えた。ターラはされるがままで、目を瞑っている。
「ふむ。百合ルートが?」
「ないわ~。二次創作では量産されてたけど~」
「だろうな」
誰にも聞かれないように、ロラとリルもささっと小声で会話した。
「失礼致しました」
「神殿にネズミが入るとは、大丈夫なので?」
「本当に、何処から入ってくるのでしょう。困ったものですわ」
ターラがルノーとジュッラナールのやり取りに、オロオロとする。分かりやすく“どうしよう”と、顔に書いてあった。
「ですけれど、此度はお互い様と言うことで口を噤んで頂けますわよね?」
「あぁ、なるほど。では、そうしよう」
ルノーが然も面白いと言いたげに、口角を上げる。おそらくジュッラナールのことは、個人として認識したのではなかろうか。
「護衛が王女殿下から離れる訳にはまいりませんもの、ね?」
ジュッラナールの視線がイヴォンへと向く。ゆるりと弧を描いた瞳に射抜かれ、イヴォンが顔色を悪くした。咄嗟に、イヴォンの前へとリルが出る。
「無作法をわびよう」
「その必要はないよ」
「そうですわ。お互い様ですもの。そうでしょう?」
こてり、首を傾げてみせたジュッラナールに、リルは気圧された。なんと言うか強い、と。
「強い!!」
「口から出ちゃってるから~」
「はっ! すまない、思わず……。気を悪くしただろうか」
「ふふっ、いいえ。王様と気が合う筈ですわね」
優雅にコロコロと笑うジュッラナールに、リルはバツが悪そうに頬を掻いた。完全にジュッラナールのペースに飲まれている。
「此方の挨拶は必要? それとも、本題に入ってもいいのかな?」
ルノーの悠然とした声に、ジュッラナールは余裕そうだった表情を崩す。「ターラは何も教えられておりませんので、よろしければ」と、少々困ったように笑んだ。
ルノーのペースを乱すのは、至難の技だろう。ルノーはただ「そう」とだけ言うと、早く済ませろと言いたげにリルへ視線を遣った。