23.双子姉妹と圧倒的ヒロイン
これが、本物のラジャー神殿か~。ロラは、神殿を見上げて、感嘆の息を吐き出した。実物の神々しさよ、と。
あの後、ムザッファルは聖天女への謁見の許可を出してくれた。砂漠のオアシスまでの案内役とラクダも人数分手配してくれ、今現在ラジャー神殿の前まで辿り着いた所である。
旧神殿へ兵を向かわせたのならば、ムザッファルも行き方を知っているのではないのかとロラは思ったのだが……。相手は精霊王、甘くはなかった。
誰一人として、旧神殿への行き方を思い出せなくなったそうだ。それに、ムザッファルの言い方からして、向かわせた兵は全員安否不明で帰ってきていないようであった。
おそらく、もう帰っては来ないのだろう。そういう雰囲気が漂っていた。ムザッファルが言った“化物”という言葉が、急激に現実味を帯びてロラは身震いした。
精霊王にとって、ナルジス以外の存在など塵芥ということ。バラ園で全員生き残れたのは、ルノーが相手をしてくれたからなのだろう。それと、シルヴィが激しく精霊王を拒絶したのも関係しているかもしれない。
「ようこそ、ラジャー神殿へ」
王が同行させた使者が、神殿の者へ話を通し終わったようだ。真白な服に身を包んだ女性が、恭しく頭を垂れる。
「どうぞ、こちらへ」
ラジャー神殿に仕えている者は、全て女性だ。男性は基本、王の許可なく神殿へ足を踏み入れることは叶わない。しかしそれも、決められた一画のみだ。
「この応接間でお待ちください。決して、部屋からは出ないようにお願い致します」
「分かりました」
「お茶をお持ちします」
ロラの返事を聞き、女性は部屋から出ていった。女性の瞳には、警戒と疑いが混ざっていたがロラは特に触れずに笑顔で受け流す。
何故なら既に応接間のソファーに腰掛けている男性がいたからだ。お互いに気まずい空気が流れる。それを破ったのは、言わずもがなルノーだ。
「君、なに?」
「ええっと……? 僕はイフラース・バダウィー。聖天女様に精霊召喚の講義をしている者です。君達は?」
「私達は、この国に商売に来たんです~。聖天女様は、異国の物に興味がおありと伺ったので~」
「あぁ、なるほど。しかし、王が許可をお出しになるなんて。余程、珍しい品々を取り扱っているんだね」
「そうなんですよ~」
柔らかに微笑んだイフラースに、ロラも営業スマイルを浮かべる。
後ろで三つ編みにされた黒髪。丸い眼鏡越しにこちらを見るアイビーグリーンの瞳は、何の疑念も持っていなかった。完全にこちらを信じている。
「それは、僕も見てみたいなぁ。きっと、聖天女様もお喜びになられるね」
「だと良いのですけれど~」
ホワホワとした空気を纏うイフラースに、毒気が抜かれたのか。ルノーは軽く息を吐くと、空いているソファーに腰掛けた。
「あっ! 私はロラです。こっちが、兄のルノーで。護衛のリルと侍女のイヴ。兄の従者のトリスタン。よろしくお願いしますね~」
「うん。よろしくね」
イフラースということは、攻略対象者の一人か。リルは護衛らしくロラの後ろに控えながらイフラースを観察した。確かに顔が良い。
ふと、イフラースの右手の薬指に純金製の指輪が光っているのが目に入り、ロラは思わず「結婚してる!?」と声に出してしまった。
「ご、ごめんなさい。不躾でしたね~」
「いや、大丈夫だよ」
「えっと~……。聖天女様と?」
「まさか!? そんな恐れ多いよ。許嫁の彼女とつい先日ね」
「あぁ~そうなんですね! それは、おめでとうございます」
「ふふっ、ありがとう」
ロラは内心混乱しまくりながらも、何とか笑顔でお祝いの言葉を口にした。そして、イフラースには許嫁がいた設定だったことを思い出す。
アティーヤという二つ年下の彼女は、ゲーム内では既に亡くなっていた。二年前、魔王復活を目論み動きが活発になった魔物達に……。と、イフラースが涙ながらに語るのだ。
どうやら、ルノーがランに圧を掛けた成果がここにも出ているらしい。多くの魔物達がいい子に徹したために、アティーヤとイフラースはハッピーエンドを迎えたようだ。
「失礼致します」
先程の女性がお茶を持って、応接間へと戻ってきた。それに、イフラースは困ったように声を掛ける。
「聖天女様の準備はまだ整わないのかい? 講義の時間は過ぎているのだけれど……」
「も、申し訳ありません。その……。実はお部屋にお姿が見えず、総出で探しているのですが」
「ううん……。またかぁ」
「元々、聖天女様は旅の踊り子をされておりました。まだ、自由な生活の感覚が抜けておらず」
「息抜きも大事だからね。もう暫くは、待とうかな」
「直ぐに見つけますので!」
イフラースと女性の会話が聞こえて、ルノーが不機嫌そうに眉根を寄せた。これは不味いと、ロラは勢いよく挙手する。
「はい! 私達も一緒に探します!」
「え? いえ、そのようなこと」
「女性であれば、ある程度は自由に神殿内を歩けると聞きました。ロラ様と私、そしてイヴの三人。人手は大いに越したことはないでしょう?」
女性は渋るように黙ったが、王からの命が「可及的速やかに」であったために頷くしかなかったようだ。
「あまり奥へは行かないで下さいませ」
「分かりました。じゃ~、行きましょうか」
「畏まりました」
ロラの後に続いたリルに、一拍遅れてイヴォンも歩き出す。リルにこっそりと「私も良いのですか?」と話し掛けた。
「離れて良いのか?」
「良くありません」
「そうだろう?」
そのための、侍女役だ。イヴォンは可愛く見えるように表情を作り、「お役に立てるように頑張りますね!」と両拳を握る。ロラは思った。女子力高い! と。
どさくさ紛れに女性を撒き、三人になったのを確認するとリルはロラに「居場所に心当たりが?」と聞いた。
「あるわ~」
「え!? あるんですか!?」
「流石はロラだね」
「ふっふっふっ! ま~ね~。ただ、問題が一つ!」
立てた人差し指を前に突き出したロラに、リルとイヴォンが揃って「問題?」と首を傾げる。
「そこは、とあるルートの逢瀬部屋!」
「ふむ、なるほど。盛り上がっていたら確かに大問題だな」
「もりあが……はぁ!? それって、いや、はぁ!?」
お年頃の男子には刺激が強かったのか真っ赤になって固まったイヴォンに、ロラもリルも可愛いものを見る目を向けた。
「匂わせ描写があるのならなぁ」
「まぁ、可能性は大いにあるわ~」
どうしようかという空気に一瞬なったが、こちらの時間がないのも事実。
「致し方ないな。扉を開けた後に考えよう!」
「それしかないわよね~」
「うぇえ!? マジですか。そっ、大丈夫なんですか……」
「イヴは目を閉じていなさい」
「護衛の意味ない……」
葛藤するように頭を抱えたイヴォンの心の準備が整う前に、部屋の前に到着してしまった。中から人の気配がして、ロラとリルは顔を見合わせる。
「んっ、だめ……」
「もう少し……」
リルは、扉の取手に手を掛ける寸前で止まる。中の二人がとっても盛り上がっている気配を察知したからだ。
「くっ、ええい!! たのもーー!!」
豪快に扉を開け放ったリルに、イヴォンは思わず目元を両手で覆うように隠す。
「きゃっ!?」
「うわぁあ!? なに!?」
密やかに部屋の隅で抱き締め合う男女は、口付けをしていただけのようだ。
「ごめんなさいね~」
「邪魔をしたくはなかったんだが、急ぎの用事でな」
短髪の暗い灰銀の髪と燃えるような赤い瞳。警戒するようにこちらを睨み付ける男は、間違いなく幼馴染みのカイスだ。
そのカイスに守られるように抱き締められている女性は、漆黒の髪に透けるような翠色の瞳をしている。羞恥で顔が林檎のように真っ赤に染まっていた。更にじわじわと瞳に涙が溜まっていく。
「因みに、講義の時間も過ぎちゃってるみたいよ~」
「えぇ!? た、大変だわ!! もう! だから駄目って言ったのに!!」
「ご、ごめん!」
「うぅ……。でも、拒否できなかった私も悪いから」
女性は反省したように、しょんぼりと肩を落とした。しかし直ぐに、ハッとしたように顔を上げる。
「お客様の前でする話ではなかったですね」
「というか、これってもしかしなくてもヤバいやつッスよね?」
「あっ……」
どう考えても不法侵入なカイスに、女性がアワアワと慌て出す。カイスはへらっと誤魔化すように笑むと、一目散に窓から逃げていった。
「いい動きだな」
「あの! カイスのこと、秘密にして貰えませんか?」
女性が「お願いします」と、上目遣いに見上げてくる。そこには、ゲーム通りの私達の可愛いヒロインが存在していた。
「あ、圧倒的ヒロイン力!!」
「これが真のヒロイン足る力!!」
前作のヒロイン達は、圧倒的ヒロイン力を前に、膝を付いたのだった。