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22.魔王と賢王

 無駄に華美だ。ルノーは宮殿の広々とした応接間を飾る純金製の調度品の数々に目を窄める。アッタール邸でも思ったが、流石は黄金の国といったところか。

 ここは王都で一等大きな建物、王族の住まう白亜の宮殿。そして、目の前で腑に落ちないと言った顔をしているのがラザハルの若き王、ムザッファル・ビンディルガームその人だ。

 ターバンから覗くワインレッドの髪と褐色の肌。黄金色に輝く瞳は、知的な色を宿していた。


「そのような顔をなさらないで下さい、王様。このジャアファルが損になるような話を持ってきたことがありますでしょうか」

「ない。だからこそ、このような顔になっておるのだ」

「おやおや。しかし、まだ挨拶を交わしただけではありませんか。本題はここからですよ」

「その挨拶の時点で、只事ではないのだけは伝わってきたが……」


 このような非正規の手段で顔を合わせる面々ではないと言いたげに、ムザッファルは深々と溜息を吐いた。それに、ジャアファルが楽しそうに笑む。


「では、最短で参りましょう。我々が欲するは、旧神殿への行き方。つまりは、聖天女様への謁見にございます」

「それはまた、無茶な要求をする」

「聖天女様への謁見は王様の許可が要ります故。こうして、お願いに参りました」

「殊勝なことだな?」

「勿論にございます。ラザハルは、王政ですから」

「どの口が」


 ムザッファルは呆れを滲ませつつ、ジャアファルの言葉を鼻で笑った。


「詳細は、私の口からはとても。皆様にして頂いた方がよろしいかと」

「そうか。では、そうしよう」


 ムザッファルの視線が、続きを促すようにルノー達へと向く。待っていましたとリルが堂々とした面持ちで口を開いた。


「先ずは、このような手段を取らざるを得なかったとは言え、ご無礼をお詫び致します」

「ふむ……。受け取っておこう」

「有り難く存じます。では、本題に移らせて頂きます。我々は、誘拐された友人を助けに参りました」


 穏やかではない単語に、ムザッファルの眉間に皺が寄る。しかし、リルは怯んだ様子を見せなかった。


「我が国が人身売買でもしていると?」

「いいえ。そのような事は思っておりません」

「ほう?」

「此度の誘拐は、組織的なものではございません。個人的な犯行でございますので」

「……待て。貴女方は確か、旧神殿への行き方を知りたいのだったな」

「その通りでございます」


 流石は賢王と呼ばれているだけのことはあると、ルノーはムザッファルの理解の早さに満足そうに目を細めた。面倒は少ないに限る。


「下手人が既に分かっておるのか」

「だから、ここにおります」


 ムザッファルは、沈痛な面持ちで黙り込んだ。数十秒、思案するような沈黙の後、緩慢な動きで顔をジャアファルへと向ける。


「内々にとどめようと?」

「そうして下さるようですよ」

「そういうことか……。ならば、誘拐された友人というのは」


 答えを促すように、ムザッファルの視線がリルへと移る。リルはそれを受け、「ジルマフェリス王国の伯爵家ご令嬢です」と返した。


「どうでしょう、王様。悪い話ではないかと」

「…………」

「友好国でなければ、今頃何千という兵が我が国に来ていても可笑しくはないのですから」

「分かっておる。分かっておるが……」


 ムザッファルが渋るように唸る。まぁ、腐っていたとしても相手が相手だ。理解は出来るとルノーは目を伏せた。しかし、何としてでも首は縦に振って貰わねばならない。


「“ラザハルの困り事”」

「……っ!?」

「ついでに解決してさしあげますよ」


 急に会話に割って入ったルノーに、渋い顔をしたのはムザッファルだけであった。


「貴方も最早あれの首を刎ねる他ないと、そうお考えなのでしょう?」


 こてり、ルノーが煽るように態とらしく首を傾げてみせる。それに、ムザッファルは目を瞠った。心底、驚いたという風に。


「そのための部隊を整え旧神殿へ向かわせたそうではありませんか。結果は、芳しくなかったようですが。そうでしょう?」

「な、ぜ……。いや、そのような事実は」

「ないと? まぁ、そう仰られるなら此方はそれで構いませんが」


 ゆったりと目を細めたルノーに、ムザッファルは憤ることなく寧ろ何処か納得したような表情になった。


「くっ、はははっ! そうか。ジャアファル、此度の取引相手は彼だったか」

「おや? どうしてそう思われたので?」

「そう思わん理由がなかろう」


 ムザッファルが、ルノーを見る目を変える。挑むように姿勢が前のめりになったムザッファルに対して、ルノーは相も変わらず悠然とした態度を崩さなかった。


「嫌な目をしている」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「勝算はあるのか?」

「あるので今、貴方の目の前に座っているのですよ」

「あれは、もはや化物だ。諦めることも死ぬことも出来ずに、想い人を求め彷徨う。憐れな化物」


 ムザッファルは、何とも形容しがたい感情を含ませた溜息を吐き出す。余所行きの顔は止めたようだ。面倒そうに眉根を寄せた。


「精霊王はこの国の英雄では?」

「その通りだ、リル王女よ。しかし、それはあくまでも“英雄足る振る舞いをしてくれている間”の話でしかない。分かるだろう?」

「えぇ、心中お察しします。大きい声では言えませんが、国に害をもたらす存在になり果てれば、それは“目の上のたんこぶ”でしかありませんからね」

「話が分かる方で喜ばしいよ。貴女の母君は、厳格で潔癖のきらいがおありだ。どうにも余とは話が合わん」

「あぁ、なるほど。別にヴィノダエム王国は閉じた国ではないのですがね……」

「隣国、ジルマフェリス王国との交流が復活したと耳にしたが、嘘ではなさそうだ。リル王女の貢献であろうな」

「そのようなことは、まぁ、あります」

「ははっ、あるのか!」


 豪快同士で気が合うのか、先程までの厳かな雰囲気はなくなりやり取りが軽快になる。

 ムザッファルは、随分と幼い面々で来たものだと思っていたのだが。いやはや、これは末恐ろしいと考えを改めることにしたようだ。


「ルノー卿よ」

「はい?」

「どこまで掴んでいる?」


 ムザッファルは隠蔽したそうであったが、言って良いのかとルノーは微かに首を傾げてみせる。ムザッファルは、それに困ったように眉尻を下げた。


「全て知っているのか」

「どうでしょうね。ただ、噂好きの知り合いがいまして。彼曰く、王家はあれに酷く手を焼いていると」

「あぁ、その通りだ。三、四十年に一度くらいか。今回のような騒動を起こしてくださる。まぁ、そのどれもが国内で済んでいたのだが……」


 ムザッファルは頭が痛いと言いたげに、目頭を押さえる。遂に国外にまで迷惑を掛ける事になったのだから、その心労は計り知れないだろう。


「長らく旧神殿の場所が分からずに、手をこまねいていたそうで」

「何百年もの間、王家は火消しに走る羽目になった。それが、やっとだ。やっと、新たな聖天女が現れた」

「それで、旧神殿を強襲したのですか」

「この期を逃すほど、余は愚かではないつもりだ」


 その時の事を思い出したのか、ムザッファルは苦々しい顔をする。ムーの報告では、その部隊は全滅したと聞いた。裏を取る時間はなかったが、この様子では間違いなさそうだ。


「このような事態になる前に、どうにかしたかったのだ。しかし、なぜ。どうなっているのか」

「……?」

「ふむ。ここまでは流石に掴んではいないか。いや、此度の誘拐とは直接関係のない話だからか」


 ムザッファルは、ルノーと目を合わせると「なに。国内のいざこざだ。気にしないでくれ」そう首を軽く左右に振った。これは、深く聞くなということだろう。そう判断して、ルノーは口を噤んだ。


「その一件、しかしその後の複数の目撃情報。此度も精霊王は失敗したのだと……。あと、最低でも十年は大人しくしている筈だと我々は判断をくだした。その上で、長期的に追い詰める方向で舵を切ろうとした矢先にこれだ」

「王様、やはり精霊王は」

「遂に成功したとでも言うのか?」

「そう見る他ないかと」

「それがよりにもよって、異国のご令嬢とは。笑い話にもならん」

「その通りで」


 ムザッファルは深々と溜息を吐くと、覚悟を決めた顔をする。


「今一度問おう。勝算は、あるんだな?」


 それにルノーは、ゆったりと好戦的に微笑むことで答えた。

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