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20.魔王と商人

 他国の文化は興味深いな。ルノーは国内での移動手段が、馬車でも徒歩でもなく船という馴染みない方法であるのに目を細めた。

 ラザハルの王都には、水路が通っている。客船から貨物船まで、陸を行くよりも楽で涼しいためラザハルの人々の生活には欠かせないものだ。

 ニノン曰く、このようにインフラが整っているのは、王都とその周辺の鉱山地帯くらいであるらしい。砂漠地帯はまだまだ国の手が入りきっていないのだとか。


「ラザハルは広大な土地を有しています。しかし、その大半は人の住めぬ砂漠」

「ふむ。だが、砂漠の中にも街はあると聞く」

「その通りです。ラクダと共に砂漠を往くキャラバンがその生活を支えているそうです」


 ラザハルの砂漠地帯は広がり続ける一方。王家は何とかそれを食い止めるための政策に苦心しているとか。


「金鉱山で国全体が潤っているように見えて、その実貧富の差が激しいと聞くね」

「はい。貧困層が住まう下層地区というものがあるそうです。私はまだ行ったことはありませんが……」

「都市部に人口が集中するのは、避けられんか……。ラザハルの抱える問題も根深いものがあるな」


 リルが王族の顔をする。皆が幸せな国の何と難しいことかと、目を伏せた。


「うっ……」


 不意に、苦し気な呻き声が聞こえてきて全員が視線をそちらへと向ける。顔を真っ青にしたトリスタンが口を押さえていた。それに、真面目な空気が一瞬で壊れる。


「お気を確かに、トリスタン様~!」

「君、今朝も酔い止めの魔法薬を飲んでいただろ?」

「揺れの、揺れの感じが違っていて……」

「呼吸をするんだ。ゆっくり深呼吸!」

「うぅえっ」

「おまっ!? 吐くなよ!?」

「どうしましょう!? 一度止まりますか!?」


 一気に賑やかになった船上に、船頭は「元気ですなぁ」と一人呑気に呟いたのだった。


 何とかトリスタンは耐え抜き、船はアッタール家の豪邸の近くに到着した。遠目からでも分かる。王宮と見間違う程のそれに、イヴォンは腰が引けていた。


「どんだけ儲けてんだ」

「間違っても中でそのような事は口にしないように」

「はーい……」


 しかしこれは予想以上だと、リルも圧倒される。港でも思ったが、ニノンは飛んでもない者と婚約を結んだものだ。

 ニノンが代表して、門番に話をしに行く。約束していた訳ではないので門前払いされても可笑しくはなかったが、どうやらその心配はなさそうであった。

 暫くして戻ってきたニノンの表情には、安堵が浮かんでいた。それに、良い知らせのようだと皆の緊張も和らぐ。


「ジャアファル様が直ぐに会ってくださるそうです」

「わ~お! 多忙なのに時間を作ってくれるなんて、ニノンってば愛されてる~」

「い、いえ、そんな……」


 ニノンが照れたように、はにかむ。次いで誤魔化すように、そそくさと先頭を歩き出した。

 門を抜けた先、そこにはモノクルを身に付けた神経質そうな男が洗練された佇まいで立っていた。ニノンを見つけると、恭しく頭を垂れる。


「ごきげんよう、ターリブ」

「ご機嫌麗しゅうございます、ニノン様。皆様もようこそ、アッタール邸へ」

「急で申し訳ありませんでした。ルノーと申します」

「妹のロラですわ」

「わたくし、ジャアファル様の従者をしております。ターリブ・ヘクマと申します。気軽にターリブとお呼びください」


 一通り自己紹介をし終えると、ターリブは「どうぞ、こちらへ。ジャアファル様がお待ちです」と感情の読めない声音でそう言った。

 歩き出したターリブの背を追って、ルノー達も足を踏み出す。それにしてもと、ルノーはターリブの背から視線を逸らした。

 ターリブは終始、ニコリともしなかったのだ。しかし、ニノンがそれを気にした様子はなかった。歓迎されていないのかもと一瞬考えたが、彼はそれが通常であるようだ。

 しかし、不躾にならぬ程度には観察されていた。案内されたということは、信用に足ると判断されたのだろうが……。

 彼を遣いに出すとは、ジャアファル・アルアッタール。流石は大商家の長、食えない男なのかもしれない。


「ジャアファル様、お客様をご案内しました」

「どうぞ、入ってください」


 通された応接間には、既にこの邸の主。ジャアファル・アルアッタールその人がいた。

 ターバンからピンクブラウンの髪が覗いている。深い紫色の瞳は、物腰柔らかそうな雰囲気をしていた。

 ジャアファルは一礼し、「どうぞ、こちらへ」とソファーに座るよう促す。


「あぁ、失礼。スペースが足りませんね」

「私は大丈夫ですので、ルノーさんとロラさんが座ってください」

「君はそちらの席ではないの?」


 即座に席を譲ったニノンに、ルノーが心底不思議そうに手の平でジャアファルの隣をさした。それに、ニノンは顔を真っ赤に染める。


「あっ、いえ、そんな……」

「そうですよ、ニノン。こちらに」

「は、はい!」


 もじもじと恋する乙女の顔をするニノンに、恋バナ大好きロラは頬が緩まないように耐えた。時と場所は選ばなければ、と。


「我々は護衛と侍従ですので、必要がないのならば下がりましょう」

「そうね~……。お兄様、どうします?」

「では、下がらせよう。必要はない。そうでしょう?」


 本性を探るようなルノーの視線に、ターリブは眉根を寄せる。しかし、その視線を向けられた当人であるジャアファルは、寧ろ楽しそうに目を輝かせた。


「ふふっ、あっはっはっ!」


 更に大爆笑し出したのだから、ルノーを始め全員が目を丸める。ターリブはまた主人の悪い癖が出たと、額をおさえた。


「ジャアファル様、お客様の前ですよ」

「いやいや、申し訳ない。これ程までに心ときめくお客様をお迎えしたのは、久方ぶりだったものですから」

「……? 何のことでしょう?」

「ひとまず、どうぞお座りください。誰も部屋から出る必要などありませんよ。ターリブ」

「……畏まりました」


 ターリブが呼び出しベルを鳴らせば、使用人達が一人掛けのソファーを運んでくる。初めから用意があったようだ。


「これで全員座れますね。では、本来の身分の順に目の前のソファーに座って頂きたい」


 瞬時に、応接間の空気がピリッと緊張する。試すようなジャアファルの視線を受け、ルノーは迷いなく二人掛けソファーの片方に腰かけた。しかし、ジャアファルの前は空けて。


「なるほど。貴方よりも身分が上の方がいらっしゃるとは。これは、予想外だ……」


 ジャアファルはワクワクと未だ立ったままの者達へと視線を向ける。リルはルノーがそう判断したのならと、大人しくルノーの隣に腰掛けた。

 それに、ジャアファルとターリブはポカンと驚いた顔をする。リルはニコッと王女らしく微笑んでおいた。

 順に、トリスタン、ロラ、イヴォンと座っていく。全員が座ったのを確認し、ジャアファルも腰を降ろした。隣にニノンも座る。


「私もまだまだのようです」

「ご謙遜を。このように直ぐ見破られるとは流石に思っていませんでしたよ」

「ふふっ、これでも商人ですからね。目には自信がありますゆえ」

「そのようで」


 リルとジャアファルが見掛け和やかに会話をする。それに、ニノンがソワソワと居心地悪そうに縮こまった。


「ジャアファル様、あの……。申し訳ありません」

「何故謝るのです。このような楽し、おや失礼。本音が」

「皆様、申し訳ありません。我が主は刺激的なことを好まれる質でして。本当に。勘弁して欲し、あぁ、いえ、悪気はないのです。おそらく」

「ターリブのネタも尽きてきて、退屈していた所です。歓迎しますよ、皆様」

「悪かったですねぇ。しかし、貴方様がお産まれになった時からの付き合いですから無茶が過ぎます」

「ようこそ、商人の街へ」


 ターリブの小言はまるっと無視で、ジャアファルは両手を広げ大仰に言ってみせる。それに、ターリブが様々な意味で深々と溜息を吐いた。


「そろそろ不敬罪で捕まりますよ」

「国とは言っていません。街と言いました」

「屁理屈……っ!!」

「とはいえ、ここは王都。う~む。捕まるのは面倒ですが、暗殺者が来るのは刺激的ですねぇ」

「暗殺者には年中狙われているでしょう。誰がお相手するとお思いですか」

「私です」

「わたくしか護衛と答えて欲しかった……。いの一番に飛び出していかれるのはお止めください」

「私よりも早く反応すればいい話です。簡単でしょう」

「……転職しようかな」


 どうやらここにも一人、護衛泣かせがいるようだ。ルノーとリル以外の面々が、ターリブに同情的な目を向けたのだった。

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