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18.元黒幕達と美しいもの

 謁見、か。ニノンの背を見送り、ルノーは思案するように目を伏せた。


「ねぇ、リュエルミ男爵令嬢」

「何ですか?」

「旧神殿への行き方や所在は、本当に知らないの?」

「残念ながら~」


 何故ならば、ゲームではマップ上の旧神殿を押すだけでそこに移動できたからだ。砂漠の何処かにあるという情報しかロラは知らなかった。


「ムーからも報告は上がってこない」

「ムーちゃんでも知らないことってあるんですね~」

「あの男が何かしてるんだろうね」


 リュムールラパンは噂好きで、何でも知っている。そのリュムールラパンでさえ掴めないとなると、精霊王が隠しているとみた方がいい。

 因みに、“ムーちゃん”というのはシルヴィが言い出した。途中で“ウサキチ”になりかけたが、ロラとジャスミーヌが“ムーちゃん”に落ち着けたのだ。それが、皆にも浸透した。


「やはりラザハルの国王陛下に、会うしかないかな……」

「ふむ。そうなると問題は、どう説明するかだが」

「それは君達二人、特に殿下にお任せしますよ」


 思ってもみなかった役割が振られて、ロラもリルも素っ頓狂な声を出す。ルノーはそれに溜息を返した。


「あのたぬきが求めている能力は、適材適所に他者を如何に割り振るか、だ」

「なるほど~……?」

「勿論、僕も話し合いには加わるけどね」


 ルノーが含みのある視線をリルへと投げ掛ける。良い感じの手土産が欲しいのだろう、と。


「ラザハルは我が国の友好国ではない。だからこそ、上手くやって国交を手土産に帰りたいところ……」

「お好きにどうぞ」

「ふっ、私に任せておきなさい」


 リルが瞳を爛々とさせる。それにロラはやっと合点がいって、戸惑いが表情から消えた。代わりに、やる気が表れる。


「頑張ろう、ロラ!」

「おー!」


 そんな二人とは裏腹に、ふとルノーは伯爵の感情の読めない微笑みを思い出し渋い顔をする。再び溜息を吐き出した。


「これだけ人間らしい策を考えたんだ。及第点くらいは言わせたいな」


 無理矢理に伯爵のことを頭から追い出したルノーは、暫しケーキの甘さを堪能することにしたのだった。 



******



 生きている。いや、やはり死んだかもしれない。トリスタンは落ちてきたトリスタンとイヴォンを見事にキャッチしたソレイユの上で、ぐったりとしていた。


「うぅっ、ソレイユ……っ!!」


 流石にイヴォンも心臓が縮み上がったのか、必死にソレイユの首にしがみついて涙声になっている。いつの間に着地していたのか、トリスタンの視界は地面であった。


《情けないぞ、人間》


 呆れたような溜息が聞こえきて、トリスタンはのろのろと顔を上げる。そこには、フランムワゾーがいた。


「久しぶり、ランくん」

《まったく、これしきの事で……。しっかりせんか!》

「俺には無理……」


 トリスタンの真っ青な顔色に、フランムワゾーは致し方ないと思ったのか。翼で風を送ってくれた。それに、トリスタンは感謝を伝え暫し休憩を挟む。


「あれ? ムーちゃんとメェナは?」

《魔王様から別の仕事を仰せつかっている》

「そうなのか」


 大分と落ち着いたトリスタンは、ソレイユの上から慎重に降りる。それを見たイヴォンも渋々とソレイユから離れて地面に足を着けた。


「つーか、名前あるんですね」

「え? あぁ、シルヴィ嬢が長いからって、愛称みたいな感じかな」

「へー」


 途中で“ピヨタ”になりかけたが、こちらもロラとジャスミーヌが“ランくん”に落ち着けた。しかし、それをトリスタンは知らない。


《呼ぶことを許可してやるぞ》

「そいつは、どーも」


 普通に魔物と会話が出来ている点については、もはや何も言うまい。トリスタンはそう決めて、辺りを見回した。

 遠くに火山だろうか。ドロドロとしたマグマが山肌を流れているのが見えて、トリスタンは頬を引き攣らせた。


「あのマグマは、ここまで流れて来ないよな?」

《大丈夫だよ! あれは、山の下にある池に溜まるんだ》

「マグマの池か……」


 絶対に近寄らないようにしようと、トリスタンは火山から視線を逸らす。

 魔界はまるで荒野のようであった。緑地もあるにはあるようだが、何とも寂しい景色だ。


「これは、何というか。人間界を征服したくもなるなぁ」

「まぁ、分かります」

《……何か勘違いをしているな、お前達》


 フランムワゾーの言葉に、トリスタンもイヴォンもキョトンと目を瞬く。ソレイユが可笑しそうに笑った。


《我々は、美しいものが好きだ》

「美しいもの?」

「なにそれ?」

《まぁ、このような場所で育ったからというのは、少なからずあるのかもしれん》


 フランムワゾーは、翼で空を指す。それを辿って、二人は上を見上げた。


《魔界の空は、常に赤い雲に覆われている》

「薄暗いなとは思ってたが……」

「頭がイカれそうだな」

「イヴォン……」

「本当のことじゃん」


 トリスタンが窘めるようにイヴォンの名を呼んだが、イヴォンはフンッと顔を背けるだけだった。フランムワゾーは、《それは人間が軟弱なだけだ》と反論する。


《まぁ、良い。話を戻すぞ。魔物は人間界に行くと必ず、“とあるもの”に心奪われる。それが何か分かるか?》

「空にあるもん?」

「まさか、太陽とかか?」


 トリスタンのそれに答えたのは、ソレイユだった。《せーいかーい!!》と楽しそうな声が響き渡る。


《だから、オレはイヴォンが付けてくれた名前が大好きー!》

《ご立派な名を貰ったものだな》

《何だよー》


 魔物間では、最上位の魔王以外に上下関係というものはないようだ。フランムワゾーにソレイユがブーブーと突っ掛かっている。何処か幼子がするようなそれに、トリスタンは頬を緩めた。


「つまり、魔物達は人間界じゃなくて、太陽が欲しいのか」

《その通りだ。人間とて、美しいものは鑑賞したくなるだろう?》

《太陽って、ずっと見てたくなるよね》

「確かにソレイユ、ずっと見てたな」

《しかし、人間は何故か我々を嫌う。最初に石を投げたのは、お前達だ。人間は、敵と認識したものに対して容赦がないからな》


 何を思い出したのかフランムワゾーは、それを打ち消すように首を左右に軽く振る。トリスタンとイヴォンはただ、“あぁ、分かる”とそう思った。


――――穢らわしい!


 あのナイフにも似た冷たい眼差しをどれだけ浴びたことか。両親を人間に奪われた二人は、フランムワゾーの言葉を否定しなかった。


「……だから、力付くで?」

《欲しいものを手に入れない理由などない》


 なるほど。やはり、彼らは魔物なのだ。しかしこれもまた、欲しい結果を力付くで手にしようとした二人には否定が出来なかった。


《でもでも、魔王様は太陽なんて別に眩しいだけだよって言ってたよ!》

「あー……ははっ、あの方らしい」

《実は、聖国への案内役を務めたのは我なのだ。今でも忘れられん。太陽を見て『お前達はあれが欲しいのか? へぇ、眩しいだけだな。ボクはいらない』と興味の欠片もなさそうに言っておられたのを……》


 どうやら、ルノーはドラゴンであった時から太陽には心奪われなかったらしい。容易に想像が出来て、トリスタンは曖昧に苦笑した。


《その魔王様がだぞ!? 急に人間界と魔界の平和条約を結んでくださったのだ。お陰で今、ゆっくりと太陽をいくらでも鑑賞できる!》

《魔界もオレが産まれた頃より荒れてないしねー》

「そーなんだ」

《だからこそ、魔物達は興味津々だ》

「……? 何にだ?」


 トリスタンの問いに、フランムワゾーはその表情に隠しきれない好奇心を滲ませる。


《どれ程までに、美しいものをご覧になられたのかと》


 その言葉に、トリスタンの脳裏に煌めく黄緑色が浮かび上がった。


《この前、聞いてみたけど教えてくれなかった……》

《残念なことだ》


 しかし、ルノー本人がはぐらかしたのならトリスタンの口からは、とてもじゃないが言えない。野暮である上に、本当にあっているのかも分からないのだから。


「そうだなぁ……」

「そんなの知って、どうするんだよ」

《是非、見たい! 魔王様のお心を奪ったのだぞ!?》

「ふーん……?」


 いまいち理解できない様子のイヴォンに、フランムワゾーはつまらなさそうに息を吐いた。


《その内、お前にも理解が出来る日がくる。お子ちゃまが》

「はぁあ!?」

《さぁ、行くぞ人間。魔王様からの命だ》

《思う存分、魔界を堪能してってね!》


 子ども扱いに憤っているイヴォンを宥めながら、トリスタンは当初の目的を思い出し再び魔界を見回す。


「堪能、か。よろしく頼むよ」

《あぁ、ひとまずはマグマの池でも見に行くか?》


 その提案に、トリスタンは目を点にする。ひとまずで行く場所ではない。「絶対に行かない!」と全力で拒否しておいた。

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