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12.モブ令嬢と異国の地

 ここは、どこだろう。シルヴィが目覚めて一番最初に思ったのは、それだけだった。見慣れないエメラルドグリーンの天蓋が夕日を浴びながら優雅に揺れている。

 母国のジルマフェリス王国では、見ない色味だ。お伽噺にでも出てきそうなそれに、シルヴィは目を緩慢に瞬いた。


「……ん~??」


 寝惚けているわけではなさそうだ。だんだんとしっかりとしてきた頭で、シルヴィは意識がなくなる前の事を思い出そうと試みる。

 確か、今日は皇太子殿下のお茶会の当日であった筈だ。ルノーに会って、会場のバラ園が……。戦場と化したのだった。

 額から血を流すルノーが鮮明に思い出されて、シルヴィは飛び起きる。最初に浮かんだのは、恐怖ではなく怒りであった。


「腹立つ……」


 頭に血が上るというのは、こういうことを言うらしい。シルヴィは両手で真新しいシーツを皺になるのもお構いなしに握り締めた。

 今このタイミングで“力が欲しいか”と問われれば、食い気味に“欲しい”と即答する。そして、危険に飛び込む勇気も度胸もないと思っていたが、迷いなくあの男をボコボコにしてやる。

 しかし、現実はそう思い通りになってくれそうもない。シルヴィは一通り腹立つと憤ったあと、ゆっくりと深く呼吸をした。


「ふぅ……。逆に冷静になってきた」


 一周回ってというやつか。急激にシルヴィの頭が、クリアになっていく。ボコボコにするのは無理でも、一発ぶちかまさなければ気が済まない。そのためには上手く立ち回らなければ、と。


「目にもの見せてやるよ」


 ふふふっ、あーはっはっは!! と脳内で高笑いしつつ、シルヴィはバレないように現実では静かに悪い顔で笑む。淑女の顔ではないとか今はどうでも良かった。


「さてと」


 シルヴィはすっと真顔になる。ひとまず、拘束されたりはしていない。両手両足に怪我もない。そこまで確認してシルヴィは、ふと気付いた。


「腕輪がない……」


 攻撃魔法は脅威ではあるが、シルヴィに安心をくれるお守りになっていたそれ。常に共にあったため、寂寥感を覚えた。シルヴィは何もない手首を撫でると、目を伏せる。

 しかし直ぐそれは、怒りに変じた。大事なものばかりあの男は……。


「絶対に許さないからな」


 シルヴィは再び深く息を吐くと、状況把握を続ける。服装がお茶会に着ていったドレスから見慣れない薄紫色の寝間着になっている。誰がやったのかは気になるが、今は目を瞑ることにした。

 意識を失った原因は、何だろうか。あのビリビリとした鋭い痛み。雷魔法の可能性が高い。スタンガンなど前世で食らったことはないが、あのような感じなのかもしれない。


「まだピリピリしてる気がする」


 文句を言うような声音になったが、誰も聞いていないので良いだろう。シルヴィは、透けるような天蓋越しに部屋に視線を遣った。

 色味だけではなく、生地も違っているようだ。母国ならば天蓋は重厚感のある厚手の生地で、色味もドレスと同じく白が入っているのが主流である。

 圧倒的に情報不足ではあるが、ここはジルマフェリス王国ではないと見た方が良さそうだ。そうシルヴィは判断した。


「人の気配はなし」


 再度確認をして、シルヴィは天蓋の隙間から顔を出す。解放感が凄い部屋だ。壁の一面が全て馬蹄形アーチの窓になっている。しかも、窓ガラスが一枚も使われていないようだ。

 ここが何階なのかにもよるが……。なめられているのか。それとも、拘束する気はないのか。そこまで考えて、シルヴィは男の様子を思い出す。もしかしなくとも、逃げると思われていないのか。


「完璧に“ナルジス”さんだと思われてるってこと?」


 浮かんだ可能性は、シルヴィに薄ら寒い感覚を与えた。思わず両腕を抱き締めるようにして擦る。

 しかし現状、その“ごっこ遊び”に付き合う他はなさそうだ。ここで逃亡を選択するのは悪手だろう。頼る当てのない異国、失敗する確率の方が高い。

 そうなれば、今はされていない枷や鉄格子で監禁。最悪、足の腱を等となっても可笑しくはない。


「価値を維持しないと」


 そうは言っても、シルヴィにナルジスとしての記憶など一切ない。甦ってもない。やはり人違いなのだとシルヴィは漠然と、けれども確信を持ってそう感じていた。女の勘とでも言えば良いのか。

 では、どうするか。こういう前世からの縁のある転生恋愛ものの相場では、前世の記憶がなかったとしても性格や言動は前世と同じであったりする。『記憶がなくても、君は変わらないんだね』という台詞はお約束だ。シルヴィの知識では。


「……確かめてみよう」


 どの道、これではっきりとする。『私のナルジスはそんなのじゃない』となったとしたら、シルヴィの勘が正しかったという証明だ。危険度は増すが、そこは上手く乗り切るしかないだろう。

 逆に『やはり昔と変わらない』となれば、危険度は大幅に減る。まぁ、シルヴィ個人としては居心地が悪くはなるが。

 普段通りに。しかし、記憶がなくて申し訳ないといった体で。謙虚に敵意は見せず、貴方のことが知りたいといった雰囲気を演出する。最初は怯えて見せた方がいいだろうか。


「うーん……。演技力が試されるわね」


 淑女の仮面を着けるのが一番無難で、ボロが出ないだろうとシルヴィは決めた。

 ルノーの前では普段、ルノーが渋るので貴族としてはしたなくはならない程度に留めているだけで、一通りの教育は受けている。

 やれと言われれば、完璧にやってみせる。“シルヴィ”は、伯爵令嬢なのだから。……では、“ナルジス”は?


「失礼致します」

「……っ!」


 不意に、扉をノックする音が耳朶に触れた。それに、シルヴィの意識はそちらへと持っていかれる。

 扉をノックした主は、シルヴィの返事は待たずに扉を開けた。まだシルヴィが気絶していると思ったようだ。

 天蓋越しに目が合って、お互いに驚いて数秒固まる。先に「ご、ごきげんよう」と恐る恐るという体で声を掛けたのはシルヴィであった。


「ご機嫌麗しゅうございます」


 入ってきた少女は、弾かれたように辞儀をする。敵意はないようだ。そう判断して、シルヴィはベッドの上から動くことはしなかった。


「お目覚めになられていたのですね」


 少女は足早に近付いてくると、天蓋を手早く纏める。それに、シルヴィは少しの怯えを演出するために縮こまった。

 しかし、少女は気づかなかったのか見ない振りをしたのか。定かではないが、何の反応も示さなかった。

 それにシルヴィは、どうしたものかと内心で溜息を吐く。ひとまずは見慣れない白い服に身を包んだ少女をこっそり観察することにした。

 少女が動く度に、後ろで一つに括られた茶色の長い髪が揺れる。手入れの行き届いたストレートの髪をピンクのカサブランカの髪飾りが彩っていた。

 それを見て、シルヴィはここがどこであるのかの当たりを付ける。友達のニノンがハンカチにピンクのカサブランカの刺繍をしていた。

 富と繁栄という花言葉を持ったその花を彼の国の人々は、好んで大切にしているのだとか。そのため、飾りや刺繍など様々なものにピンクのカサブランカが使われる。

 ニノンの嫁ぎ先であるその国の名は――。


「ラザハル」

「はい? 何か?」

「いいえ、何でもないの」


 シルヴィは首を軽く左右に振って、困ったように微笑んで見せる。少女は怪訝そうに小首を傾げたが、それ以上は何も言わなかった。

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