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10.魔王と大冒険の始まり

 魔断石か。その小袋は一見すると麻袋のような見た目なのだが、特殊な素材で作られた魔断石専用のものだ。ならば、中に入っているものはそれしか思い浮かばなかった。

 ユーグはその小袋を開けると、鷲掴むようにして中から大量の首飾りを取り出す。触れた瞬間にユーグの白銀の髪が茶色になったので、ルノーの予想に間違いはなかったらしい。


「何人で行くのかも分かんなかったからな。魔断石の研究班連中から大量に掻っ払ってきた」

「かっ……? なに?」


 そこで貴族を発揮するのかと、ロラもリルも笑顔で固まる。前世の記憶から許可なく取ってきたんだなと分かってしまったからだ。危ない。貴族はそんな言葉遣いはしないのである。


「かっぱ、ら……?」

「掻っ払うな。お貴族様はそんな言葉も知らねー、いや、知らないんですね」

「市井では普通に使うのか?」

「そっ……。そこまでは。許可なく取ってきたって意味ですよ」


 疑問符を飛ばすトリスタンに、イヴォンが意味を説明した。ルノーにもそれが聞こえたらしい。瞬時に、眉間に皺が寄った。


「あの人に煩く言われるよ」

「魔塔主様か? 流石にこれで解雇とかにはなんないだろーし、大丈夫じゃね?」

「手癖が悪い。いや、良いのかな」

「そうだろ? 感謝してくれても良いんだぜ?」


 ニヤリとユーグが悪く笑う。それに釣られて、ルノーもゆったりと楽しげに目を細めた。


「ありがとう。五本でいいよ」

「なるほど? 少数精鋭で行くのか」


 ルノーはユーグから首飾りを受け取ると、直ぐにそれを身に付ける。瞬間、ルノーの髪色が暗い金色へと変わった。


「……ははっ、マジか。普通は俺みたいに暗い茶色になるんだけどな。あっても明るい茶色なんだが?」

「壊れないよね?」

「ついでに耐久テストしてこい」


 ユーグはやれやれと首を軽く左右に振ると、他のメンバーにも首飾りを配った。

 首飾りは魔断石が一つだけ付いたシンプルな作りで、チェーンは魔断石を服の中に隠せるように長めになっている。台座は銀だろうか。


「何でこんなモンつけるんです?」

「ん? あぁ、精霊は人間の魔力がお嫌いなんですよ。詳しくは後で誰かに教えて貰ってくださいな」

「ふーん……?」


 イヴォンはユーグの話に首を傾げたが、リルが迷いなく受け取ってつけていたので、それに倣っておくことにしたらしい。

 ユーグの話の通りに、トリスタンとイヴォンは暗い金色の部分が明るい茶色になり、白銀の部分が焦げ茶色に変化する。

 ロラとリルの髪色は、灰銀になっていた。流石はヒロインである。


「……要改善って感じだな!」

「そうだね」

「なるほどなぁ。白金色相手だと出力が足りないのか? 面白れー。いや、待てよ。この結果を持ち帰れば、説教を有耶無耶に出来るんじゃね?」

「悪知恵ばかり働く」

「世渡り上手と言って欲しいね」


 ユーグがケラケラと軽い調子で笑う。ルノーはユーグのそういう所も気に入っているので、特に咎めるようなことはしなかった。

 仲の良さそうなルノーとユーグに、ガーランドがその顔に嫉妬を滲ませる。それを「ステイステイ」とディディエが止めていた。


「んんっ!? 何か、悪寒が……? まぁ、いいや。大将、アレクシ様ってどこにいるか知ってるか?」

「アレクシ? 何で?」

「実はさー」


 ユーグは魔断石班で首飾りを小袋いっぱいに積めている時の事を話し始める。


「ユーグ! お前は何をしてるんだ!?」

「まぁまぁ、ちょっとだけじゃないですかー。ね?」

「ちょっとの量じゃないな?」

「お前は……。なら、こっちの頼みも聞いて貰おうか?」

「何です? 俺に出来る範囲で頼みますよ?」

「これ、アレクシ様にお届けしてくれ。何でも急に必要になったらしい」


 そこで対魔の剣を渡されたのだ。思ったよりは重くて、抱えると走りにくそうだったので背負ってきたのだった。


「って、ことなんだよ。一人じゃ下ろせないのが難点だな」

「あぁ、何でそんなもの背負ってるのかと思えば。アレクシ」


 ルノーに呼ばれて、アレクシが駆けてくる。アレクシが剣を持ってくれたので、ユーグはガチガチに結ばれた紐をやっとほどくことが出来た。


「確実に筋肉痛になる。というか、既に痛い気がする」

「気がするだけだろ」

「冷たすぎない? 心配して!」

「冷やされて丁度いいよ」

「確かに」


 アレクシは口を挟むタイミングの逃して、オロオロとルノーとユーグのやり取りを眺めている。それに助け舟を出したのは、クラリスであった。


「あの、少々よろしいですか?」

「ん? 勿論ですよ、麗しいご令嬢」


 一変してユーグは、人好きのする快活な笑みを浮かべる。


「あら、お上手ですこと。アレクシ様」

「あ、あぁ。ルノー卿にこれを」

「……? 渡したかったものってこれ?」

「はい、その通りです」


 両手に剣を持ち、まるで献上するようにアレクシはルノーに対魔の剣を差し出す。ルノーは自分のものを後で呼び出すつもりでいたので、手間が省けていいかと素直に受け取った。


「その剣は改良がされております」

「ふぅん、どこを?」

「グリップの部分です。対魔の剣は、魔力持ちが使う想定で作られておりません」

「そうだね」

「鞘には特殊な素材が使われておりますが、ひとたび抜けば持ち主の魔力さえも例外なく弾いてしまう。その点を長らく相談しておりました」

「なるほど。じゃあ、つまりこれは」

「はい。剣に魔力を纏わせることは変わらず不可能ですが、空いた片手で魔法を放つことは可能になっている筈です」


 あぁ、だから最近アレクシは二刀持ちの鍛練をしていたのかとルノーは合点がいく。アレクシはまだ試していないので曖昧な言い方をしたが、確認作業は魔塔で終えているだろう。渡してきたということは、動作に問題はないということ。

 今度は折らないようにしなければ。使い勝手がよければ、戻ってから自分も注文しようかとルノーは対魔の剣を興味深げに観察した。


「え? 待ってくれ。それを片手で振んのか?」

「そうだよ」

「大将も?」

「うん」

「マジかよ。俺がひ弱なのか? 鍛えた方がいい?」

「……? まぁ、そうだね。どんなものでもないよりはあった方がいいよ」

「そういうもんか。逃げ足だったら自信があるんだけどなぁ」


 いったい何から逃げるつもりなんだ。そうは思ったが、口に出した所でユーグは愉快そうにヘラヘラと笑うだけなので止めておいた。


「皆様! 出港の準備が整いました!!」


 船上からニノンがこちらに手を振っている。いよいよかと、その場に緊張が走った。


「まぁ、何だ。大将ならケロッと帰ってくんだろ?」

「誰にものを言ってるの」

「だよなー。……気ぃ付けろよ」


 ただ事ではない空気に、ユーグの声が真剣味を帯びる。それに、軽く手を上げて答えたルノーは、迷いなく見送りに来ていた者達に背を向けた。それに、他のメンバーも続く。


「兄上! どうかご無事で!!」

「トリスタンなら出来るから~!!」

「皆様のご武運をお祈り致します!!」

「お帰りをお待ちしております!」


 聞こえてくる見送りの言葉に、ロラ達は振り向いて返事をしようとした。しかしそれよりも早く、ルノーのフィンガースナップが鳴り全員の体が風で浮かび上がる。気づけば全員が船上にいた。


「相変わらず、凄いな」

「一声かけろよ」

「ははっ……」

「ま~ま~、縄梯子を登るの大変だから~」


 ルノーが船縁に手を付いて下を見下ろしているのに気づいて、全員が隣に並ぶ。ロラが下に向かって手を振った。


「帆を張れー!」

「碇を上げろ!!」


 耳馴染みのない指示が船上を飛び交う。帆が風を受け、優美な姿を見せた。


「出港!!」


 勇ましい船長の声と共に、船がゆったりと海を進み出す。

 どうしてだろうか。


『ある日、“キミ”がいなくなった。』


 そんな唐突な一文から始まる物語を不意に思い出してしまったのは。

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