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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
126/170

51.モブ令嬢と気になる人

 鬱蒼と木々が生い茂るどこかの森の奥深くには、暗然たる孤城が存在している。その一室、壁一面の棚に色鮮やかな液体の入った小瓶が均等に並べられた部屋。


「あー!! イライラする!!」


 ファイエット学園魔法科の制服を着た女が、感情に任せ机の上の物を腕で乱暴に薙ぎ払った。フラスコや試験管が床に落ち割れ、中に入っていた液体が床を汚していく。


「何なのよ、あの女!! 失敗した。あんなのヒロインじゃない!!」


 それでも女の苛立ちは収まらなかったようだ。ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱しながら、怨み言を喚き散らす。


「死んでくれたら良かったのに!! また一年待たないといけなくなった!!」


 女は乱れた髪をそのままに、親指の爪を噛み出した。それに少しだけ落ち着いたのか、女は深く息を吐く。


「それに、あのブスモブ女。目障りなのよ。私のなのに。私の魔王様なのに」


 ボソボソとそのような事を呟いた女は、ふっと静かになる。


「消えてくれないかな」


 温度のない冷たい声であった。女は自分の言葉に何度か頷くと、ニヤッと口角を上げる。


「邪魔なら消せばいいのよ。うん。モブが一人消えたって、誰も気にしないんだから」


 我慢しようとして出来なかったかのような笑い声が、女の口から漏れでた。一通り笑った女は「はぁ~あ」と、胡乱な溜息を吐き出す。


「あれだ。あいつを使おう。余計なことしてくれたって思ってたけど。攻略対象者なんだし、役に立つでしょ。それに、一石二鳥かも」


 どうでもいい相手に対する丁寧さの欠片もない声音で、女はぶつぶつと独りごとを言い連ねる。次いで、うっとりと浸るように笑った。


「あぁ、もう少し……。もう少しで、私も幸せになれるのね」


 女は茶色い上部が曲がった杖を手に持つ。ヴィノダエム王国の短く細い杖と違い、女の背丈程まである丈夫そうな杖であった。その杖の先端で地面をひとつ叩くと、女の足元に魔法陣のようなものが広がる。


「あはっ、はははっ!」


 禍々しい魔力が魔法陣を怪しく光らせた。



******



 困ったなぁ。シルヴィはルノーの膝の上で後ろから抱き締められながら、現実逃避するように遠くへ視線を遣った。

 明後日から新年度が始まる。ルノーは魔塔へ。シルヴィはファイエット学園の三年生に。それぞれ新しい生活が始まるのだ。

 今シルヴィは、伯爵家のタウンハウスに滞在している。明日にはファイエット学園へ行くため、最後のお茶会だとルノーにフルーレスト公爵家の邸にお呼ばれしたのである。

 そこまでは、良かった。何の問題もなかったのだ。もうすぐお開きの気配を察知して、ルノーがこうして駄々を捏ねだすまでは。


「ルノーくん」

「もう少し」

「過度な接触は?」

「誰も見てないから問題ない」

「モニクがね。あそこに立ってるから」

「気のせいだよ」

「ううーん……」


 気のせいではないのだが。助けを求めて視線を遣ったが、流石はできるメイドモニク。すーっと、ナチュラルに明後日の方向へと顔を逸らされてしまった。


「モニク……」

「気のせいだっただろ?」

「……そうだね」


 もはや、諦めた方が賢明だろうか。しかし、あまり遅くなりすぎると、絶対に父親が良い顔をしないことだけは確かだ。何故ならルノーが抱き付いてこなくなった理由は、シルヴィの父親だったのだから。

 何でも、“正式に婚約が決まるまでは適切な距離感を保つように”と言われたらしい。“手遅れかもしれませんが、一応はね”とも。因みにこれは、ルノーにそれとなく聞いて引き出した情報である。

 まぁ、父の言うことも理解できる。長年の積み重ねで特に気にしなくなっていたが、客観的に考えると距離感はバグっていたとは思う。

 ルノーも思うところがあったらしく、反省して適切な距離感を守っていたとのことで。シルヴィがそこで、“別に嫌とかはないけどね”と溢してしまったのが失敗だった。だから、今こうなっている。


「ねぇ、ルノーくん」

「なに?」

「お手紙書くから」

「うん。楽しみにしてるね」

「だから」

「もう少し」

「……そっかぁ」


 駄目だったか。お手上げになったシルヴィは、早々と白旗を振った。まぁ、満足すれば解放してくれるだろう。

 過ごしやすい春の陽気と頬を撫でる心地好い風に、シルヴィは段々と眠くなってくる。ルノーと引っ付いているせいもあるのかもしれない。

 更に昨夜はよく眠れなかったことも合わさり、いつもは我慢して噛み殺す欠伸を「ふぁ~あ」と溢してしまった。辛うじて両手で覆って、口元は隠したが。


「可愛い」

「……ごめんなさい!」

「構わないよ」

「あと、可愛くはないです!!」


 シルヴィは恥ずかしくて口元を覆っていた両手をそのままスライドさせて、今度は顔を隠す。耳まで真っ赤になっているのに、ルノーは愛おしそうに目を細めた。


「でも、珍しいね。寝不足なの?」

「うん……。ちょっと夢見が悪くて」

「どんな内容だったの? 話すと正夢にはならないんだろ?」

「ふふっ、よく覚えてたね」

「当たり前だよ。シルヴィが教えてくれたことなんだから」


 ルノーの優しい低音が、ほんわかとした安心感をくれる。それが更なる眠気をシルヴィにもたらした。重たい瞬きを繰り返しながらも、シルヴィはルノーに言われた通り夢の内容を思い出そうと試みる。


「えっと……」

「うん。ゆっくりで良いよ」

「どんな……」


 靄がかった視界の中で、白金色の長い髪が嫌に美しく煌めいて見えて。そうだ。後ろを向いていたその男が、まるでシルヴィに気づいたかのように振り向いたのだ。そして心底嬉しそうに笑むと、こちらへ手を伸ばしながら、何かを……喋って……。


「やっとだ。あぁ、愛しいナルジス」


 そこで、シルヴィはハッと目を開けた。少し微睡んでしまったのだろうか。やけに耳元の近くで聞こえた声に、心臓が早鐘を打っていた。


「シルヴィ?」

「……あっ、ルノーくん」

「顔色が悪いね。そんなに怖い夢だったの?」


 心配そうに顔を覗き込んでくるルノーに、シルヴィはキョトンと目を瞬く。先程まで鮮明だった夢の記憶は、既に薄れ内容が思い出せなくなってしまっていた。


「起きた時は覚えてたんだけど、もう忘れちゃったみたいなの」

「そう……。じゃあ、また見たら僕を呼んでよ。直ぐに駆け付けるから」

「本当? それは、心強いね」


 シルヴィは強張らせていた表情をほっと緩める。力を抜いて、ルノーに体を預けた。


「ずっとこのままが良いな」

「さみしいの?」

「さみしい……。うん、そうだね。さみしくて、魔塔を吹き飛ばしそうだ」

「それは駄目です」

「毎日会えないなんて耐えられない」

「長期休みまで耐えて」

「休みの度に会いたい」

「流石に無理だよ……」


 毎週末はハード過ぎると、シルヴィは思わず苦笑する。ルノーは不貞腐れたように、ムスッと眉根を寄せた。


「ほら、ユーグさんだって同じ班に入ってくれたんでしょ?」

「それとこれとは、別の話だよ」

「誤魔化されてくれないの? だめ?」

「だめじゃない」


 こてり、シルヴィが可愛らしくが小首を傾げる。勿論、態とだ。ルノーとてそんなことは皆まで言われずとも理解している。

 最近のシルヴィは、時折こうして可愛いことを言い出すのでルノーは大層喜んでいるのだ。もっと惚れた弱みに付け込んでと言ったのは、ルノー自身なのだから。本音を言うと、まだまだ物足りないと思っている程だ。


「ルノーくんなら、大丈夫だよ。もっともっと、“大切”が増えていく筈だから」

「シルヴィが傍にいてくれれば、僕はそれだけでいいよ」

「それはどうかな。分からないよ?」


 楽しげなシルヴィの声音に、ルノーはそうだろうかと思案するように目を伏せる。しかし、答えは分かりそうにもなかった。


「シルヴィの代わりは何処にもいない」

「それはそうだね。ルノーくんの代わりだって、何処にもいないもの」

「シルヴィが一番だ。最も“大切”」

「そっかぁ。それは、嬉しいな。でもね。色んな大切があっていいんだよ。好きにも色々あるからね」

「ふぅん……」

「いつかで良いんだ。見つけたら、教えてね」

「……うん」


 ルノーの脳裏に、卒業記念パーティーの事が過る。あの時は、何故か“友ですから”と自然に言ってしまっていたが……。“友”は“大切”に含まれるのだろうか。

 いつか。いつか、答えを見つける事が出来れば……。シルヴィの見ている世界の一端くらいは、ルノーにも垣間見ることが出来るのではないのか。そんな淡い期待が胸中に渦巻いた。

 ルノーはシルヴィの頬に手を添えると、瞳を覗き込む。変わらない。何一つとして変わらない。綺麗な澄んだ黄緑色の瞳に、ルノーだけが映って見えた。


「君の瞳を通すと、僕という生き物は、どう見えるんだろうね」

「んー? どうって……」


 シルヴィはルノーの深い紺色の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。少し照れ臭くなってきたシルヴィは、へらっと誤魔化すようにはにかんだ。


「とくべつ、かなぁ」

「特別……」

「うん。きっと、おそらく、特別に見えてる、と、思われます」


 我ながら保険のかけ方が凄いとは思ったが、今のシルヴィにはこれが精一杯なのである。しかし、ルノーには十分の破壊力であったようだ。

 久しぶりに木が大爆発した。それに、モニクが邸の方へとお給着せの裾を翻して駆けていくのが視界の端に映る。

 モニクは白銀の髪色なので魔力はあるが、水魔法は使えない。そのため、水の魔力持ちを呼びにいったのだろう。


「シルヴィ」

「う、うん?」

「すき」

「その……。うん、ありがとう」


 いつもは有耶無耶に流されるというのに。ルノーの“好き”をしっかりと受け止めてくれたシルヴィに、ルノーの顔が一気に赤く色付いた。

 それと同時に、木が凄まじく燃え上がる。他の木にも燃え移りそうな火力に、シルヴィの照れは遥か彼方に吹き飛んでいった。


「ルノーくん!? 落ち着いて欲しい!」

「シルヴィ、好き。可愛い、大好き」

「駄目だ! モニクーー!!」


 水魔法が使えたら。力ない私を許せ。そう心の中で嘆きながらシルヴィはモニクの名を叫んだ。モブ令嬢には、やっぱり荷が重い……。そんな言葉は、内心に留めておいたのだった。

ブックマーク、評価、ありがとうございます!

感想まで頂けて、嬉しいです!

このお話楽しんで頂けてるんだなぁと“いいね”がつくたびに喜んでおります!


これにて、アンブロワーズ魔法学校編は終了となります。

やはり、何故か長くなっていく……。短く纏めるの難しいですね。


続編のお話もあるので、お付き合い下さると嬉しいです。

準備しますので、少々お待ち下さればと思います。頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 行動を起こそうとした時点で魔王の逆鱗に触れるのに理解出来ないのがまた出てきましたね。
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