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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
123/170

48.2の騎士と王女の剣として

 リルはいつもの東屋でご令嬢三人とお茶を飲んでいた。時間的に彼女は去った後なのか、今日は来なかったのか。


「リルさん」

「ん? どうした、マリユス。浮かない顔だね」

「申し訳ありません。トリスタン卿への急襲を許してしまいました」

「遂に大きく動いたか。マリユスが一緒にいたのが幸いだな」

「それは……」

「マリユスが遅れを取るなど有り得ないだろう?」

「……リルさんのようには、いきませんよ」

「そうだろうか」


 それは、信頼なのだろう。はてと小首を傾げるリルに、マリユスは眉尻を下げる。まだまだ鍛錬不足。背中は遠い。


「と、トリスタン様が、何ですって?」

「これは不味いやつだな?」

「不味いやつね~。ジャスミーヌ様、落ち着いて~」

「何事が起きたんですか?」


 ワナワナと怒りに震えるジャスミーヌをロラが宥めている隙に、シルヴィが話を進める。リルは教会の過激派連中のことを三人に説明した。


「なるほど。リル様は、その件も出来れば片付けたいということですか?」

「その通りだ。教会は力を持ちすぎている。あくまでも、我がヴィノダエム王国は王権。この期に、教会には分かって頂きたいと思っている」

「わぁ~お!」

「膿は出しきらねばね」

「ヒロインの台詞ではな~い」

「ふむ。ヒロインとしてなら、問題はテオフィル卿だな」


 リルの視線がマリユスに戻ってくる。テオフィルの動向を問うそれに、マリユスは首を縦に振った。


「見張らせていた者の話では、間違いなく黒であると」

「証拠は?」

「映像を押さえたと連絡が。魔法道具を受け取り、確認する予定です」

「そう、か……」


 リルが苦悩するように眉根を寄せる。テオフィル・レノズワール。早々に排除したい所だが……。マリユスはリルの翳りを払うためには、どうするべきかと思考を巡らす。


「分かりました」

「……?」

「シルヴィ嬢?」

「この件は内密に、ですね?」


 シルヴィが立てた人差し指を唇に当てた。ゆるりと悪戯に黄緑色の瞳が細まっていく。


「あ、あぁ、そうだね。そうして欲しい」

「トリスタン様が心配ですわ! 早く安否の確認をしなくては!!」

「ジャスミーヌ様、安否の確認は止めませんが“内密に”ですよ」

「どうしてですの!?」

「だって、どうしてそんな事を知っているのかって、どう説明するつもりなんですか?」

「そ、れは……」

「あと、レノズワール様に勘付かれたら事ですよ。証拠の正当性が確定するまでは、泳がせておかないとでしょう?」


 何でもない日常会話をするようなトーンであった。同意を求めるようにシルヴィの視線がマリユスに向く。

 悪意を知らないような。そんなものこの世に存在しないと言いたげな。そんな澄んだ瞳だった。しかし、シルヴィの言葉は世間知らずな箱入りという風ではなかった。

 それに混乱したマリユスの言葉が一瞬詰まる。妙な間に、シルヴィが不思議そうに目を瞬いたのが見えた。


「そう、ですね……」


 辛うじてマリユスの口から出たのは、それだけであった。


「……分かりましたわ」

「シルヴィ様の正論パンチの威力が年々上がっていくわ~」

「そんなに威力があります?」

「普段の雰囲気と相まって、抉ってくるのよね~。的確に」

「えぇ……。気を付けます」

「いいえ、わたくしが軽率だったのですわ。これからも止めてくださらないと困ります」

「って、言ってるわね~」

「うう~ん……。それなら良いんですけど」


 へらっと困ったように笑んだシルヴィに、マリユスは何処かほっと肩の力を抜いていた。どこにでもいる普通の少女がそこにはいたからだ。


 校舎を背に、白銀のドラゴンが咆哮した。近頃の魔物達の動きがあまりにも大人しいものであったために、完全に油断していた。まさか、このようなことになろうとは。


「マリユス!!」

「……!? ご無事でしたか!」


 喧騒の中でもよく通るリルの声に、マリユスは振り返る。隣に並んだリルは、やけに落ち着いて見えた。


「騒ぎの中心はメインストリート付近だね。さて、どう動くかな」


 いつもであれば、先陣を切ってメインストリートへ駆けていくだろうに。リルは迷うように視線を女子寮がある辺りへと向けた。


「リルさん!!」


 不意に耳朶に触れたのは、心底焦ったような女性の声で。声のした方へと視線を向けると、そこには見知った侍女の姿があった。よほど慌てて走ってきたのか、息を切らした侍女はリルに一通の手紙を差し出す。


「し、シルヴィさ、ま、から、です!!」


 手紙を受け取ったリルは、中身を確認することなくそれを握り締めた。リルの手の中で、手紙がぐしゃりと音を鳴らす。


「ありがとう、ナディア嬢。助かったよ」

「あ、あの……?」

「シルヴィ嬢は今どこに?」

「女子寮ですわ」

「分かった。マリユス! 私は女子寮へと行く! メインストリートは任せた!!」

「はい!? お待ちください! それならば、俺も一緒に」

「マリユス!」


 強い声に遮られ、マリユスは口を閉じるしかなかった。そこに、焦燥のようなものが混じって聞こえたからだ。


「頼む」


 それだけ。しかし、マリユスが従うには、十分な言葉であるのだ。最初から打ち合わせ済みだったのだろう。考えられるとすれば、手紙の意味はSOSといったところか。


「ヴィオレット嬢がメインストリートへ向かう姿を見た」

「そんな!? 大変、わたくしも」

「いや、ナディア嬢は聖堂に避難を」

「ヴィオレット様の御身に何かあったら!」

「大丈夫さ。な? マリユス」


 初めから決まっているのであろう返事を求める笑みに、マリユスは一度目をきつく閉じる。深く息を吐くと、迷いなくリルを見つめた。


「仰せの通りに」

「剣の使用許可を出す! 好きに暴れてやれ!」

「こちらが暴れてどうするのですか」

「ははっ! やってくれると信じているよ」

「どうか、くれぐれもお気を付けて!!」

「誰に言っているんだ!」

「リルさん以外に誰がいるんですか!!」


 リルがニィッと自信満々に口角を上げる。それを合図にしたように、二人は同時に背を向けあった。


「ナディア様、途中まで共に参りましょう」

「え、え?」

「さぁ、お早く!」

「はい!!」


 後ろは振り返らずに、ただ目的地を見据え走り出す。ナディアを警護しながら、マリユスはメインストリートを目指した。

 途中でナディアと別れ、剣を魔法で呼び出す。杖の変わりに剣を構えると、戦場の中へと飛び込んだのだった。


 何とも呆気ない幕引きであった。地に伏す魔物達が憐れに見えてくるのは何故なのか。圧倒的力で全てを支配していた男は、今ソワソワと浮わついた様子で一点を見つめていた。


「シルヴィ!」


 心底嬉しそうな声であった。名を呼ばれた少女は走ってきた勢いのまま男に突進する。男はまったくぶれずに少女を受け止めていた。


「ちょっと……」

「……?」


 腕の中で誰かが居心地悪そうに動いたのに、マリユスは視線を下へと遣る。頬を赤らめたヴィオレットと目が合って、そういえば抱き締めたままであったなぁということをマリユスは思い出した。


「う、わ!? 申し訳ありません!!」

「い、いえ……」


 一瞬の間のあと、弾かれたようにマリユスはヴィオレットから離れる。気恥ずかしい雰囲気に、マリユスの頬もじわじわと赤くなっていった。

 しかし、その甘酸っぱい空気は木が爆発したことにより吹き飛ぶ。更には凄まじい魔力が凄まじく不安定になったりで、それどころではなくなったのだった。



******



 久方ぶりに歩く王城の廊下に、マリユスは少しの緊張を滲ませる。しかし、少し前を颯爽と歩く背中が堂々としているのに、これでは駄目だと深呼吸で落ち着こうと努めた。


「なぁ、マリユス」

「はい。何でしょうか?」

「やっぱり、怒られるかなぁ」

「無茶苦茶しましたからね」

「うぐぅ……。母上は怒ると怖いんだよ」


 リルがガックリと肩を落とす。この方にも“怖い”という感情があるのだなぁと当たり前の事をマリユスは考えた。


「まぁ、何とかなるよな。うん。大丈夫大丈夫」

「その自信は何処から?」

「心の底から!」

「左様ですか」

「左様ですとも」


 いつもの軽口に、緊張が解れていくのを感じた。そんなマリユスの様子を見て、リルは頬を緩める。バレないようにリルが直ぐに前を向いたため、マリユスがそれに気付くことはなかった。


「さて、母上を丸め込めるようにマリユスも協力してくれよ?」

「微力ながら尽力はしますが」

「いやぁ、楽しみだね」


 微かに聞こえ出した鼻歌に、マリユスは眉尻を下げて困ったように息を吐く。貴女のためなら頑張りますよと、心の中だけで呟いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「その自信は何処から?」 「心の底から!」 これめっちゃ元気出ます。 心の中で積極的に使わせて頂きます(´▽`)
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