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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
121/170

46.モブ令嬢と愚者

 王家の双子は禍をもたらす。まぁ、此度の一件を禍だと言う者もいるだろうが。それを捩じ伏せるだけの功績があれば、禍も美談に翻る。シルヴィの考えを汲んで、ロラとリルは顔を見合わせ頷いた。


「実は私、リル様の双子の妹なんです。つまり、ヴィノダエム王国の第二王女だったりします」

「私の可愛い妹との婚約。国交回復の足掛かりとしては、申し分ないのでは?」

「やだ~! 可愛い?」

「とっても可愛いよ」

「キュンです」


 物凄く軽い感じで投下された衝撃情報に、フレデリクの処理能力も流石に追い付けなかったらしい。はてなマークが大量に浮かんで見えた。


「ロラ嬢が?」

「はい」

「ヴィノダエム王国の第二王女殿下??」

「そうです」

「……???」

「あら~」


 完全に頭を抱えてしまったフレデリクに、ロラが困ったように笑う。どうしようかと助けを求めて、シルヴィに顔を向けた。


「えっと……。まぁ、そうなりますよね」

「……あぁ、なるほど。そういうこと」

「ルノーくん?」

「聖なる一族。しかも、光の乙女の血筋だったから、彼女は剣に選ばれたんだ」

「えぇ~!? それは知らなかったんですけど~!? リル様、知ってた?」

「昔、王家の者しか観覧が許されていない書物をこっそりと見た時に知った」

「やだ、わんぱく~」

「私も王家の者だから問題ないさ」


 マリユスが小声で「問題しかない……」と呟いたが、リルはそれにニコッと笑みを返す。


「ここヴィノダエム王国は、聖なる国の者達が移り住み興した国なのだとか」

「それって、王家しか知っちゃ駄目な情報なんじゃないの~?」

「そうだよ、しかしそれが何故だか分かるか? 何とも情けない話だよ」


 自嘲を滲ませたリルに、ロラは首を傾げる。リルは溜息を吐くと、ルノーへ視線を遣った。


「君から隠れるためだよ。万が一に備えて、聖なる国の事を尽く消して回ったそうだ」

「あぁ、だからどの書物でも“聖なる国”で統一されていたのか。そうなると……」

「聖なる国は、聖なる国じゃないの?」

「うん。そうだよ、シルヴィ。聖なる国の正式名称は“リュエルミ聖国”の筈だ。僕の記憶が正しければね」

「リュエルミって……」


 聞き覚えのあるそれに、シルヴィはキョトンと目を瞬く。ロラへと顔を向けると、ロラは目を真ん丸にして固まっていた。


「えぇ~!? なに!? どういうこと!? リュエルミ男爵家って聖なる国と関係あるの~??」

「それは、私も初耳だな」

「僕も知らない。興味ないからね。ただ、そうだな。考え得る可能性としては、リュエルミ男爵家はソセリンブ公爵家と同様に光の乙女の協力者だったのではということ」

「公爵家と男爵家って、差が凄いんだけど~」

「リュエルミ男爵家の役割にもよるね。目立つのを避けたかったというのなら、僕の監視が目的だったのかな。領地も隣国に近い場所にあった筈」

「でも、そんな話お父様から聞いたことないわ~」

「人間にとっては、年月が経ちすぎているのかもしれないね。隣国間の関係の変化も影響して、役割が風化し消えた」

「ない話ではないね」


 しかし、どうしてルノーはここが聖なる国の移住先だと分かったのだろうか。いつも通りリュムールラパンの情報なのか何なのか。


「ルノーくんは何で色々と知ってるの?」

「今言ったほとんどの事柄は、推測でしかないよ」

「でも、ロラ様が光の乙女の血筋とか」

「あぁ、それは本人から光の乙女が聖国の女王だったと聞いたからね。それと、ここまで純度の高い光の魔力もちが大勢いる国なんて、そうそうない。聖国の生き残りだと考えるのが妥当だ」

「なるほど」

「本気で隠し通せると思っていたのだとしたら、僕の事をどれだけ侮っているのかという話になる。頭が空っぽだと思われていたのかな?」

「うう~ん……。そんな事はないとは思うよ。現に人間相手には隠せている訳だから」

「まぁ、当時を知る人間がいなくなっていけばいくほど、情報統制は楽になっていくだろうね。……人間は、短命だから」


 ポツリと付け足されたそれに、少しの寂しさのようなものが見え隠れしたような気がして、シルヴィはルノーをじっと見上げた。それにルノーは、首を傾げる。無自覚なのだろうか。


「シルヴィ?」

「何でもないよ。そっか。うん、そうなんだろうな」

「……?」


 この魔王様は、どんどんと寂しがり屋になっていく。それはきっと、大切が増えている証拠なのだろうとシルヴィは思った。


「ふむ。しかしそうなると、ロラ嬢をリュエルミ男爵家に預けたのは必然か偶然か」

「それも気になるけど、そもそも何でリュエルミ男爵家は危険を犯してまで聖国名を名乗ったのかしら~?」

「それはきっと、寂しかったからじゃないですかね。皆が皆、“リュエルミ”が消えることに納得したとは限りませんから」

「……うん。お父様やお兄様の人柄を考えると、そうなのかもって思う。リュエルミ男爵家は、聖国が大好きだったのね~」


 ロラ曰く、リュエルミ男爵家はドが付くお人好し一族とのこと。魔王を退けたことへの報償金は、領民が困っていた部分の整備が出来ると親子共々大喜びだったらしい。男爵夫人に“計画的に使いましょうね”と諌められていたとか何とか。


「ふぅ~……。つまり、だ。ロラ嬢が第二王女であることを公表するということで間違いないか?」


 やっと情報が処理できたのか、フレデリクが復活した。フレデリクの言葉に、ロラは何処か困ったように笑む。


「必要ないなら、大々的な公表は避けたいです。私お嫁に行くまでは、リュエルミ男爵家の娘でいたいの~」

「そう、か……」

「お姉ちゃんに任せなさい!! もう一つ、切り札があそこで気絶している」


 いつの間に縛り上げたのか、相変わらず起きる気配のない教会の過激派をリルが指し示す。


「あれ、なに?」

「腕輪の攻撃魔法の成果? 私を狙ってたイヴォンさんをつけ狙ってた悪い人を巻き込んだというか。ドカーン! となったというか」

「ルノー卿とトリスタン卿を巻き込んだのは、我が国の方だ。そして、捕らえられたのはイヴォンとルノー卿のお陰」

「なるほど……。あの爆発に巻き込まれたから、逃げ足の早いこいつらも」

「流石に逃げられなかったのさ。これで、やっと教会も綺麗になるよ。なぁ? 卿もそう思うだろう? テオフィル・レノズワール」


 リルの声がワントーン低くなる。急に名前を呼ばれたテオフィルが、悪かった顔色を更に悪くさせた。


「何のお話でしょう?」

「私達、王家が何も知らないと思っているのかな?」

「どういう」

「レノズワール伯爵家が過激派筆頭なんて情報は、とっくの昔に掴んでいる。君が関わっていない事を願っていたのだがね」

「私は、何も知りません」


 善人の顔をして微笑むテオフィルに、リルはスゥ……と鋭く目を細める。喉元に剣の切っ先を突き付けられているような感覚に、テオフィルの手が震えた。


「刺客を手引きしたのは、君だろう」

「わ、わたしは……」

「親の指示に従っただけか? だとしても、君は罪人だよ」


 テオフィルがその場に崩れ落ちた。「こんな、ところで、わたしは、わたしは……っ!!」などと呟く声が微かに聞こえてくる。


「教会の過激派……。ボクの母さんを殺したのは、お前?」


 怒りか殺意か。イヴォンの瞳孔が開き、声が不穏な響きを宿す。それに素早く反応したリルが、イヴォンの脳天に手刀を落とした。


「いって!? はぁ!?」

「止めないか、まったく。年齢的にテオフィルには無理だろう」

「うっ、それはそうだけど」

「まぁ、レノズワール伯爵家が関係している可能性は否定しないが。ひとまず、手を汚すのは駄目だよ。崖から転げ落ちたいのか」

「……すんません」


 イヴォンが不満そうに唇を尖らせる。しかし、リルに逆らうつもりはないのか大人しく引き下がった。


「お利口だね、イヴォン」

「フンッ」

「……ち、わ……い」

「ん?」

「気持ち悪い!! 魔物と手を取り合う? ふざけるな!! 穢らわしい!! 不浄だ!!」


 自棄になったのか、テオフィルが本性を露に喚き出す。それに、リルが目を丸めた。


「ご自身が何をおっしゃられているのか、理解できていますか? ここはヴィノダエム王国、光溢れる魔法国家!! 闇など存在してはならない!!」

「そのようなこと」

「今更だろ!? ずっと、ずっとずっとずっと!! それこそが、正しかったのだから」


 リルが押し黙った。その表情に滲んだ感情は、“自責”だった。シルヴィには、そう見えたのだ。乙女ゲームのテオフィルは、こうではなかったのだろう。

 リルは折に触れて、“私が理想のヒロインであれば”と言っていた。しかし、これはリルのせいではない筈だ。ルノーとトリスタンが来たから、こうなっている。そもそも、その道を選んだのはテオフィル自身だ。


「それが正しくなければ困るのは、貴方でしょう?」

「……は?」

「正当化できないと、貴方の人生が終わってしまうもの」

「ちが、う……。違う! 私は間違っていない!!」

「ふぅん。では、救いの道を作ってさしあげましょうか?」


 シルヴィが優しく微笑む。慈愛さえも感じさせるそれに、テオフィルが目を瞠った。


「教皇になってください。それ以外は駄目ですよ。必ず、教皇に登り詰めるのです」

「な、なにを」

「リル様の言うことを素直に聞くこと。教会内に、優秀な“いい子”がいて損はありませんからね」


 暗にリルの手駒になれと言ったシルヴィに、その場には静寂が落ちる。しかし、それこそテオフィルには選択肢など無かった。


「は、ははっ! 悪人はどちらだ」

「だって、首がさようならするのは、嫌なのでしょう?」


 シルヴィの笑みの毛色が変わる。ルノーによく似た綺麗なそれは、テオフィルには何処か蠱惑的に映った。それと同時に、ゾワゾワとした悪寒が背を撫でる。

 テオフィルは信じて疑っていなかった。自身の行動は全て神がため。清い行いなのだと。周囲の愚者を導くのは、優秀な自分しかいないのだと。そう、信じていた。

 それが、どうだ。いま目の前の少女の瞳には、テオフィルが愚者に映っている。憐れで愚かなテオフィルに、救いの道を与えてあげようと言うのに、拒否するのかと首を傾げているのだ。

 魔物達は、少女を“魔王妃”と呼んでいた。穢らわしい悪側の人間。それに、魂を売るのかとプライドが叫ぶ。

 でも、ここで終わりたくないのだろう。屈してしまえと何かが耳元で甘く囁いた。だって見ろ。彼女の瞳はあれ程までに清く澄んでいるではないか、と。プライドを容易く覆うほどの甘言を。


「教皇になったら、良いのですか?」

「なれるものなら」

「なりましょう。必ず、必ず」


 テオフィルが両膝を突き、祈るように手を胸の前で組む。シルヴィを見つめるテオフィルの瞳には、何処か崇拝にも似た得も言われぬ感情が宿っていた。

 それを許さなかったのは、勿論ルノーである。ルノーの背負う空気がおどろおどろしくなったのに、トリスタンが引きつった声を出した。


「シルヴィ」

「うん?」

「消そう」

「……何を?」

「彼はいらない」

「何で!? 纏まったのに!?」


 シルヴィが「私、頑張ったのに!?」なんて言うものだから、ルノーはそれ以上は何も言えなくなる。シルヴィにその気は一切ないらしい。それにしたって気に食わない。ルノーはただただ忌々しそうに、テオフィルを睨むのだった。

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