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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
118/170

43.モブ令嬢と分岐点5

 それにしても、物の見事にグダグダな盤面になってしまったな。シルヴィは内心で深々と溜息を吐き出した。

 何が駄目だったのだろうか。シルヴィは思案するように手を顎に添える。答えには直ぐに辿り着いた。“最初の位置取り”である。

 重要だったのは、“ディオルドレン大公夫人の姪”という肩書きの方ではなく、メェナ曰く“魔王妃”の方であったのだ。初手、食堂の一件が明暗を分けた。

 いや、まだチェックメイトではない。反省している暇があるのならば、ここからどう見られるモノに出来るかを考えるべきだ。

 そのためには、この惨状を美談に反転させるシナリオを用意する必要があるだろう。ここにいる全員を丸め込み、共犯に仕立て上げなければならない。

 まぁ、こちらの陣営の強力さを鑑みると……。テオフィルもランメルトも問題はないだろうとシルヴィは、二人を一瞥した。


「う~ん……。細々とした部分は、伯母様に協力を仰ぐしかないかなぁ」

「……? シルヴィ、何の話?」

「ん? これを大団円ハッピーエンドに着地させようって話」


 シルヴィがニコッと穏やかな微笑みを浮かべる。それに、ルノーはキョトンと目を瞬いた。


「……着地したのではありませんの?」

「どうかな~? まぁ、ゲーム的にはこのままエンドロール突入でも良さそうだけど」

「何も解決していないと言われれば、そうだと認めざるを得ない」

「そうです。そこで、一芝居打ちましょうと」


 内緒話だというように、シルヴィは唇に人差し指を当てる。それにロラとジャスミーヌは顔を見合わせると、悪どく笑った。


「詳しく聞かせて~?」

「わたくしに出来ることがあるなら」


 これは止めるべきかどうしようかと迷ったフレデリクは、ひとまずシルヴィの話を聞くことにした。王家として下すべき決断は浮かぶが、それでは救いが足りない事も分かる。


「ひとまず、目指すのは魔界との平和条約締結です」

「えぇ!? どういうこと~??」

「魔界と!? どうやってそんなものを結ぶつもりですの!?」

「え? 魔王様と普通にです」


 皆の視線がルノーに向く。いや、そんなこと……。不可能という事もない、のか? などとよく分からなくなってくる。


「やだなぁ、皆さん。ルノーくんは、“ただの”人間ですよ? 平和条約の打診は、白銀のドラゴン、ソレイユにして貰います。魔界に行って魔王様に直接」

《オレがするの!?》

「イヴォンさんのために、やって欲しいな?」

《イヴォンのため……。うん、やる! オレ、頑張るね!!》

「いい子だね、ソレイユ」


 一瞬にしてソレイユを引き込んだシルヴィに、フレデリクがひくりと頬を引きつらせる。これは、やはり止めるべきなのではと変な汗が出てきた。


「僕は?」


 シルヴィに“いい子”などと褒められているソレイユに、ルノーが不満そうに口をへの字に曲げる。シルヴィはどうしようかと悩むように目を伏せた。

 後でこっそり頼もうかと思っていたが……。まぁ、ここまで派手にやったら隠す方が難しいか。魔物達の言葉も分かってしまうし。それに、魔王だとバレた所で証明など不可能だろう。

 あと、今言わないと再びルノーの機嫌諸々最悪なことになりそうだ。それが、一番まずい。シルヴィが出した結論は、“じゃあ、いいかな”であった。


「ルノーくんには、その……。嫌かもしれないんだけど」

「僕はシルヴィのためなら、何でもやる」

「本当? じゃあ、本格的に魔界を手中に収めてきて欲しいなぁって」

「そんな事で良いの? 分かった。魔界を焼け野原にしてくるね」

「あぁ~……なるほど。そういう感じなんだ」


 手中に収める方法が過激な気もするが、魔界方式に詳しくないシルヴィはルノーにお任せする事にした。魔物達がルノーの言うことを聞いてくれれば、何でもいいからだ。


《お待ちください!!》

《もはや、魔王様に歯向かおうなどという者は魔界におりません!!》

《わ、我々が! 責任を持って言い回りますので!!》

《どうか焼け野原だけは、ご容赦ください!!》

《平に! 平に~!!》


 気絶から復活したらしい。反魔王派の魔物達がズラリと地に伏していた。余程の恐怖を味わったのか、ブルブルと震えて涙声になっている。


「それではシルヴィに褒めて貰えないだろ? 意味がない」

《うぐぅう……っ!!》

《どうか! お情けを!!》

「魔物の君達がそんなモノを求めるの?」

《ま、魔王妃様ぁあ!!》

《申し訳ございませんでした!!》

《焼け野原はご勘弁をーー!!》


 ルノーの説得は無理だと魔物達は早々に諦めたらしい。お情けを求められたシルヴィが、困ったような笑みを浮かべた。


「んー……。私は皆がいい子にしてくれればそれで」

《します!!》

《面倒事は起こしません!!》

《首を大事に!!》

「ルノーくんは何をしたの」

「……大した事はしてないよ」


 拗ねたような声音が返ってきて、シルヴィは目を瞬く。そんなに褒めて欲しいのだろうか。確かに褒められるのは嬉しいけれど。

 シルヴィはルノーの顔が見えるように、後ろを振り向く。何処までも不服そうな色を隠しもしない瞳と目が合って、困った人だと眉尻を下げた。


「でも、大怪我を負った人はいないみたいだから、守ってくれたんでしょう?」

「それは別に」

「ふふっ、理由は何でも良いの。凄いことだよ、ルノーくん。とっても素敵」

「すてき」

「お手柄です。ルノーくんのお陰で、この芝居はきっと上手くいくと思うのよ」


 嘘は言っていない。誰かが大怪我を負ってしまっていては、流石にイヴォンを罪に問わねばならなくなっていたであろう。

 可哀想なくらいズタボロになっているのは魔物達の方なので、皆を説得しやすい雰囲気になっているというのか。丸め込める気がするというか。


「だから、ありがとう。ルノーくんはもう十分過ぎるくらい頑張ってくれたと思うの」

「まだ頑張れるよ」

「うう~ん、そっかぁ。じゃあ、焼け野原は止めて、もう一回岩山を消し飛ばすくらいにしとくのはどうだろう?」

「シルヴィがそう言うなら、そうする」

「そうしよう」


 しかし、岩山を消し飛ばすのもどうなのだろうか。シルヴィは心配になったが、魔物達が喜んでいるようなので大丈夫なのだろうということにしておいた。


「えっと、それで……。事は起こってしまったので、もう誤魔化しはききません。ですので、そこはそのまま。皆の力を合わせて止めたあと、やはりリル様がいいかな。リル様の説得に心を入れ換えたと」

「私は特に何もしていないが……。まぁ、必要ならばその役割受け持とう」

「ありがとうございます。リル様、言ってましたよね。闇の魔力持ちの方々への偏見を無くしたい。より良い国にしたいって」

「あぁ、そうだ」

「そのためにも、魔物達と和解するのは悪くない一手だと思うんですよね。ということで、ソレイユは友のイヴォンさんのため、魔王様に直談判をしに魔界に旅立ちます」


 リルを平民だと思っている面々が、何とも言えない顔をする。ヴィオレットが訝しむように眉根を寄せた。

 マリユスはシルヴィが求めているのは“平民リル”ではなく“次期女王リル・イネス・ヴィノダエム”なのだと察する。リルが何も抗議しないのならと、マリユスは黙った。


「細々とした部分は割愛というか、伯母様を何としてでも引き込んで後々詰めるということで。魔物達は人間界で暴れない。人間達は魔物と見るや攻撃しない。この辺はリル様と……。ルノーくん興味ある?」

「ない。けど、まぁ……。考えておくよ」


 思いがけず前向きな返答がルノーの口から出てきたのに、シルヴィは目を瞬く。次いで、柔らかに笑んだ。


「うん。そっかぁ。うん」

「なに?」

「ふふっ、何でもない」

「……?」

「じゃあ、条約の内容はお任せします。光の魔力持ちのリル様とイヴォンさんは魔界に行けるので、二人が立役者になって締結。この騒ぎを止めるのに一役買ったジルマフェリス王国も魔界との平和条約を結びましょう」

「なに!? 我が国もか!?」

「勿論です」


 急に出てきた自国の名前に、フレデリクの声が裏返る。驚きすぎて少し噎せていた。

 そこまで驚く事だろうか。シルヴィは、ここまでやったのだから自国の利も考えた方がいいかと思ったのだが。まぁ、言うだけいってみようと続ける。


「トリスタン様とイヴォンさんの生い立ちが似ていて、二人は親しくなった。もしくは、トリスタン様の交渉術で……。前者の方がいいかな」

「力不足にすみません……」

「トリスタン様だって、頑張れば出来ますわよ!!」

「分かります。けど、嘘を吐くならリアルティーは必要なんです。嘘と真実を絶妙に配分すると、嘘は真実に溶けて見えなくなるって伯母様も言ってたので」


 オロオロとシルヴィは両手を胸の前で振った。それが余りにもいつも通りのシルヴィで、逆に得も言われぬ恐怖のようなものが込み上げてくる。それに唾を呑んだのは、フレデリクかロラか。

 悪意のない。企むような気配もない。本当にただの演劇の筋書きを語るように、ただただ穏やかな声音が言葉を紡いでいくのだ。


「兎に角、魔界に同行するのはトリスタン様だけです。ロラ様は魔王様を退けた光の乙女なので止めた方がいいと思います」

「そうね~。普通だったら火に油を注ぐようなものだし。トリスタン様、ファイト!」

「が、頑張ります」

「トリスタン様の功績。延いては、殿下の功績にもなるかと」

「ふむ。魔界との平和条約か。上手くいくならば、願ってもない事ではあるな」


 シルヴィは、おしまいと言った風に手を叩く。「この惨状を一転、涙を誘う美談にと急繕いで考えてみましたが……。どうでしょう? 流石に無理がありますか?」と、自信無さげに首を傾げた。

 その様子に、フレデリクは父親の言葉を思い出していた。“周りを動かして自らは平凡を謳う”とは、こういうことか。


「そうだ。それなら、条約の内容は殿下も一緒に……。でも、国が結ぶんだから女王陛下と国王陛下の許可はいるのか。その辺もお二人にお任せします」


 色々と穴がありすぎるなと、シルヴィは眉尻を下げたのだった。

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