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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
116/170

41.魔王と喧嘩

 もはや、逃げ場などないだろう。目の前の哀れなドラゴンには、ルノーと戦うという選択肢しか残されていないのだ。


「でも、そうだな。僕は寛大だからね。特別に選ばせてあげよう。君は、海と森ならどちらが好きかな?」

《さっきから、意味分かんないことばっかり言うな!!》


 まるで癇癪を起こした幼子のように、ドラゴンが吼える。それに憐憫を滲ませた微笑が返ってきて、ドラゴンは更に喚いた。


「騒がしいな。面倒事は好きではないんだ」


 暗に黙れと圧を掛けたルノーに、ドラゴンは泣きそうに震えだす。後悔するくらいならば、怖じ気付いて魔界に帰れば良かったものを。


「安心するといい。僕は、売られた喧嘩は全て買う主義だ」


 好戦的に鈍く光ったルノーの瞳に、ドラゴンが反射的に身を守ろうと魔力を集める。しかし、何もかもが手遅れであった。

 瞬きの間にルノーの姿は消え、次の瞬間にはドラゴンの背後に現れる。大きく振りかぶった腕と握った拳。そういえば、“殴るしかない”と言っていたなとフレデリクはそんな事を思い出した。


「雷よ」


 取って付けたような詠唱と同時に、ルノーは拳をドラゴンの顔にめり込ませた。雷は拳に纏わせたらしい。痛々しい音と共に、雷がドラゴンの体を痺れさせた。

 それに、ドラゴンが悲痛な鳴き声を上げる。ルノーは無視して、拳を振り抜いた。勢いよくドラゴンの体が地面に叩きつけられ、土煙を巻き上げる。


「風よ」


 ルノーの魔法が土煙を遠くに追いやり、呆気なくボス戦は終幕を迎えた。上空から地に伏せる白銀のドラゴンを見下ろしたルノーは、つまらなさそうに息を吐く。


「ルノーくん!!」


 不意に耳朶に触れた愛しい声に、ルノーはパッと表情を変えた。直ぐに地上へと降りると、ソワソワと声の聞こえた方をじっと見つめる。

 それを見て、フレデリクは深々と溜息を吐き出した。これとあれが同一人物なのだから、敵がシルヴィ嬢を狙うのも納得だな、と。

 しかし、人質にとったとて何とかなるものだろうか。寧ろ、扱い方を間違えれば逆鱗に触れてこの辺一帯が本気で更地になりかねない。諸刃の剣もいいところだ。


「シルヴィ!」


 シルヴィの姿が見えて、ルノーが嬉しそうに頬を緩める。シルヴィは真っ直ぐにルノーに向かって走ってくると、その勢いのままルノーに突進した。それをなんなく受け止め、ルノーは驚きに目を丸める。


「大丈夫!? 無事!?」


 シルヴィの第一声がそれであった。慌てたようなシルヴィと目が合って、ルノーは瞳を蕩けさせる。あぁ、彼女は本当に……。

 ルノーの全身を支配したそれは、抱えきれない程の幸福。シルヴィはいつもルノーを幸せにしてくれる。


「うん。大丈夫だよ」

「よかったぁ」


 心底安堵した声音が耳を擽る。珍しくシルヴィがルノーを力一杯に抱き締めるものだから、ルノーは耐えきれなかった。このままでは力加減を間違える。そうなるくらいならばと、ルノーは色々と諦めた。

 ルノーが先程消火した木の一本が爆発する。メラメラと燃える炎に、フレデリクは久方ぶりに見たなと冷静にそれを眺めた。こうなるだろうと予測していたからだ。


「無事も無事。まだまだ余裕そう~」

「寧ろ、無事ではなかったら驚きますわよ」

「なるほど。これが噂の【(ワン)トキメキ、(ワン)爆発】か」


 周りの声など最早ルノーの耳には聞こえていない。顔を赤くさせながら、シルヴィの背に恐る恐ると腕を回した。そして、優しく優しく触れる。ほとんど力など入っていなかった。


「ルノーくん?」

「ん?」

「何か、びっくりするくらい力が入ってないような……」

「久方ぶり過ぎて、力加減が分からない。シルヴィが潰れる」

「えぇ……? それは気を付けては欲しいけど、流石にこれは」

「無理。これ以上力は込められない」

「じゃあ、離れ」

「いやだ。絶対に離れたくない」


 食い気味に返ってきたそれに、シルヴィは苦笑する。まぁ、これで機嫌が良くなるならいいかということにしておいた。


「分かった。でも、このままじゃ会話出来ないから後ろからにして欲しいなぁ」

「う、ん……?」


 シルヴィの言葉通りに一旦離れたルノーが、シルヴィの格好に気づいて固まった。それに、シルヴィが不思議そうに首を傾げる。


「……?」

「シルヴィ、怪我したの?」

「あ~……。うん、腕輪の威力が凄すぎて後ろにひっくり返ったんだよ」


 ここは正直に言うべきだと判断して、シルヴィは誤魔化さずにありのままを告げた。それに、ルノーは衝撃を受けて顔色を悪くさせる。


「ぼくのせい……」

「でも、怪我はロラ様が治してくれたから大丈夫よ。ただ、威力が可笑しかったので緩めて貰いたいというか」

「あれでも、加減したつもりだったのに。ごめんね、シルヴィ」


 本気でしゅん……としてしまったルノーに、シルヴィは慌てて首を左右に振った。


「本当に大丈夫だから。でも、う~ん。そっかぁ」

「じゃあ、しょうがないねとはならないから~」

「そこはちゃんと叱ってくださらないと困りますわよ!!」

「……承知しております」


 あまりのショックにルノーの魔力がゆらゆらと不安定に揺れる。まるで泣いているかのように、燃え上がっている木に水が雨のように降り注いだ。

 自分で消火している。シルヴィ含めて皆の心にそんな言葉が浮かんだが、空気を読んで誰も口にはしなかった。


「えっと、その……本当に怪我は大丈夫でね」


 わたわたとルノーを慰めつつ、何とか叱ろうともしているシルヴィを見て、ジャスミーヌは全くと言いたげに溜息を吐く。


「本当に甘いんですから」

「ま~ま~、だから今も世界は滅亡してないのよ~」

「凄まじい魔力が凄まじく不安定になっているのだが、大丈夫なのかな」

「大丈夫で~す。シルヴィ様がいれば」

「そう、なのか」


 手助け出来る事がないのが、何とも歯痒い。リルは困ったように眉尻を下げた。


「リルさん!! ご無事でしたか」

「あぁ、勿論だよ。マリユスも大丈夫そうだね。ヴィオレット様も」

「リルさんのお陰です」

「何を言ってるんだ。マリユスのお陰だろう」


 思わず騎士の礼をしそうになって、マリユスは誤魔化すように手を頭の後ろに持っていく。そして、リルが引き摺っている何かに気付いて頬を引きつらせた。


「貴女は何をしたんですか!? いや、もしかしてその男!!」

「そうだ、マリユス。捕獲した」

「この騒ぎの中でですか!?」


 まぁ、それはそうなる。ロラがマリユスに詳しく説明しようとした時、「ロラ」と心配を滲ませたフレデリクに呼ばれて口を閉じた。


「随分と頑張ってくれたようだが……」

「ふふっ、褒めてくださってよろしいのよ?」

「そうか。そうだな。ありがとう、ロラ」

「あと、まだ正式に婚約はしてないでしょ~?」


 意地悪に笑ったロラに、フレデリクはハッとした顔をする。誤魔化すように咳払いをすると、「すまない、ロラ嬢」と照れたように顔を逸らした。

 フレデリクに隠れるようにして、トリスタンはジャスミーヌを盗み見る。あれに巻き込まれたのかボロボロになっているが、怪我はなさそうだ。

 それに、どこかほっとしている自分に気付くより先、「トリスタン様!!」とジャスミーヌに呼び掛けられて肩を跳ねさせた。


「はい!?」

「ご無事ですの!? お怪我は!?」

「してません!」

「嘘はいけませんわ! 擦りむいておられるではありませんか!!」

「え??」


 擦りむいたとは何処をいつ? そこで、そういえばルノーに突き飛ばされたのだったと思い出す。しかし、あれは守って貰ったのであって、態々言うような事ではないだろう。


「必死だったので。気付いてませんでした」

「あまり……。いえ、全力を尽くされたのですね。素敵ですわ」


 ジャスミーヌに褒められて、トリスタンは目をパチクリと瞬く。次いで、嬉しそうにへにゃりと目尻を下げた。


「そう、ですかね。ありがとうございます」


 少しの照れが混じったトリスタンの笑顔に、ジャスミーヌが「うっ!」と心臓を押さえる。それに、トリスタンが目を真ん丸にした。


「ガイラン公爵令嬢!?」

「推しが尊い!! 明日も生きられます……」

「……???」

「落ち着いてジャスミーヌ様~。やべーオタクになってる」

「ハッ!! わたくしとしたことが」


 佇まいを正したジャスミーヌは、優美に髪を後ろに払う。ついていけずに困ったトリスタンは、曖昧に笑った。


「だから大丈夫! そういえば、凄い魔法防壁だったね!!」

「……分かった」

「え?」

「攻撃魔法発動と同時に、君に魔法防壁を張ればいいんだ」

「それは、もう防壁だけでいい気が」

「駄目だよ。シルヴィに攻撃するような者は消さないと」

「やめて欲しい」


 どうやらシルヴィとルノーのやり取りはまだ続いていたらしい。無理やり終わらせ話題を変えようとしたシルヴィだったが、しくじったようだ。

 困ったシルヴィが「うう~ん……」と唸ったのと、白銀のドラゴンが頭を上げたのは同時であった。それに、皆の意識がドラゴンへと向く。


「ソレイユ!!」

「まずい! 忘れてた!!」

「素直~。でも、私も気が外れてたわ~」

「相手方よりも身内の心配が勝つのは致し方ないのではありませんこと?」

「まぁ、否定はしないが……」


 止めるために走ってきた訳だが、間に合わなかった事もあり、シルヴィの優先順位がルノーに切り替わってしまったのだ。それは、ロラやジャスミーヌ、リルも同じだったらしい。

 唯一、身内のイヴォンだけが一直線に白銀のドラゴンの元へ行っていたようだ。ドラゴンの傍で安堵の表情を浮かべていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シルヴィと一緒にいるルノーくんが大好きです( ´◡` )
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