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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
113/170

38.モブ令嬢と腕輪の威力

 力加減の概念がないのかもしれない。冗談を抜きにシルヴィはそう思った。圧倒的な力が光さえも蹂躙する。忘れてはならない。彼は聖なる国内でしか倒せないラスボスなのだと。

 吹き荒れた爆風に耐えきれずに、シルヴィは後ろにひっくり返る。どこか冷静な部分が、これで怪我したら本末転倒なのでは? と、他人事のように考えた。

 暫くして風が止んだのを感じたシルヴィが最初に思ったことは、気絶しなかった私凄いであった。恐る恐るときつく閉じていた目蓋を開ける。目に飛び込んできた光景に、シルヴィは息を呑んだ。

 ドラゴンが炎を吐いたかのような惨状が、腕輪に込められていた攻撃魔法の凄まじさを物語っている。何かに燃え移ったのか、パチパチと爆ぜる音が耳についた。


「どうしよう……」


 シルヴィは呆然とそう呟く。頭が真っ白になり何も考えられなくなった。


「みんな! 無事か!?」


 不意に耳朶に触れたのは、よく通る暗闇を明々と照らす光のような声であった。その声に守られているような気持ちになり、シルヴィは止めていたらしい息を吐く。

 弾かれたように顔を向けた先、爆煙を背景に美しい白金色を持つ王女が辺りを見回していた。脇にはイヴェットを抱えている。

 シルヴィが動いた気配に、リルの視線がそちらへと向く。目が合って、リルは心底安堵したように息を吐いた。


「すまない。間に合わなかったようだね……」


 シルヴィの方へと駆け寄りながら、リルが申し訳なさそうに眉尻を下げる。そんな事はない。間に合っている。まさに、ヒーロー。


「リル様ぁあ!!」


 ぶわっと泣き出したシルヴィに、リルが驚いたように目を丸める。


「守ると約束したというのに、不甲斐なくて申し訳ない!」

「ちが、ち、うぅ~っ」


 安心したからだろう。涙が止まらずまともに喋れない。首を左右に振りながらベソベソと泣き続けるシルヴィに、リルはハンカチを差し出した。


「手で乱暴に擦らない方がいい。腫れてしまうよ」


 どんな時でもキラキラが凄い。しかし、脇に人を抱えるヒロインというのは、なかなかの絵面である。やはり筋肉。筋肉は裏切らない。シルヴィは段々と冷静になってきた頭でそう確信した。

 ハンカチを有り難く使わせて貰いながら、シルヴィは改めて辺りを見回す。ロラとジャスミーヌはどこにいるのか、と。


「ロラ様ー! ジャスミーヌ様ー!」

「いった~……」

「わたくし、生きてます?」

「私が生きてるんだったら生きてる~」


 後ろから声が聞こえて、シルヴィとリルは顔を見合わす。どうやら二人も無事であったらしい。


「二人共、無事……ではないな」

「派手にひっくり返ったから~」

「光魔法で治療しよう」

「お願い致しますわ」

「咄嗟に魔法防壁張ったのに~。普通にぶっ壊れたわよ」


 あれだけの爆風だったのにも拘らず、シルヴィ達がこれだけで済んだのはロラのお陰であったようだ。しかし、おかしい。シルヴィはロラやジャスミーヌ程ズタボロにはなっていなかった。


「因みになんだが……。シルヴィ嬢の後ろの綿? のような塊は何なのだろうか」


 リルはジャスミーヌを治療しながらシルヴィの後ろへと顔を向ける。それに釣られるようにしてシルヴィやロラ、ジャスミーヌもそれを見た。


「……っ!?」


 白く大きなモコモコとした何か。それだけしか分からなかった。シルヴィはそっと後退りながらそれから距離を取る。


「うわ~お! 何これ?」

「分かりませんわよ!」

「なん、でしょう? 魔法?」

「私じゃないわ~」

「わたくしでもありません!」


 じゃあ、これは一体? 四人共に首を捻った瞬間、何の前触れもなく綿の塊がしぼみ出す。


「なっ、なっ、何なのです!?」

「小さくなっていくわ~!」


 どんどんと縮んでいき、最終的に中型犬くらいのサイズにまでなったそれに、シルヴィは見覚えがあった。まさか。そう思ったと同時に、ヒョコッと顔と手足が綿の塊から出てくる。


「メェナ!?」


 謎の物体の正体はメェナであったらしい。しかし、メェナの魔法は生き物を眠りに誘うものだ。レーヴムートンは低位魔物であるため、扱える魔法は一つだけの筈である。


《魔王妃様、ご無事でございますか!?》

「う、うん。何とか」

《左様で。ようございました。魔王妃様だけは絶対に守らねばと頑張ったのですが、力及ばず……。木に引っ掛かったのが幸いでした》


 その言葉によくよくメェナを見ると、地面を転がったのか白い毛が土まみれになっていた。


「何と言っているのです?」

「えーっとですね。皆さんをお守りしたかったけど力及ばず的なあれです」

「絶対に違う気がする~」

「とある国には、知らぬが仏という諺が存在しておりまして」

「やだ~、懐かしい」


 ジルマフェリス王国には、仏教は入ってきていないのである。郷愁の念にかられているロラに、ジャスミーヌは溜息を返した。


「まぁ、良いですわ。それで、メェナは何故魔法を二つも使えるのですか?」

「そうでした。メェナ、今のは魔法なの?」

《いいえ、今のは魔法ではございません。我々レーヴムートンは、威嚇や身を守る時に毛が膨らむのです》

「なるほど。フグとかハリネズミみたいな感じで、威嚇や身を守る術みたいです」

「そういう生態ということですのね」

「すご~い!」

「魔物の生態は謎が多いからね。興味深いなぁ」

《いえいえ。私の事はさておき、敵はどうなりましたか。あれ程の魔法ですから、仕留めましたよね。流石は魔王様です!》


 メェナの言葉に、シルヴィは苦笑する。やはりあの威力、敵を仕留めるつもりだったのだろうか。正直、やめて欲しい。


「あのね、メェナ」

《はい!》

「全員、無事なの」


 シルヴィがリルの方への顔を向ける。気絶はしているが生きているイヴェットを見て、メェナが《何と!?》と驚いた声を出した。


《何故です!? あぁ、いえ、そうでした。首はいらないのでしたか》

「そうだね。首はいらないです」

「物騒な話をしないでくださいませ」

「流石にイヴェットまでは無理だったのよね~。リル様しか勝たん! って感じ~」

「そう言って貰えると有り難いよ。本当は腕輪の攻撃魔法が発動する前に合流出来るのが一番だったんだけどね」

「いやいや、合流出来てたとしてもどうだろ?」

「キャンセル出来ないなんて、不良品ですわよ! 返品した方がよろしいのではなくて?」

「誕生日プレゼントを返品するのはちょっと……」

「まぁ、どっちの意見も分かる~」


 キャンセル機能を実装して貰えば、何とかなるだろうか。あと、威力の調整も必須だ。シルヴィはあれだけの攻撃魔法を放ったというのに、いまだ深い紺色のままである腕輪に触れる。

 この腕輪はいったいどういう仕組みになっているのやら。とはいえ、効力を失ってしまってはメェナと意志疎通が出来なくなってしまう。それでは困るので、このままでも……。


「攻撃魔法って一回だけなのかな」

「急に怖いこと言わないでよ~!!」

「確かに、一回だけとは言っていなかったような気もいたしますわ」

「これ以上の被害は、防ぎたいな」


 場に妙な静寂が落ちる。それを破ったのは、イヴェットであった。


「うっ、ん……?」

「意識が戻ったようだね。大丈夫かな?」


 リルの声掛けに、イヴェットが視線をリルへと向ける。意識がはっきりしないのか、緩慢な瞬きを何度か繰り返した。


「……は? え、はぁ!?」


 自身の置かれている状況を理解したらしい。バタバタと暴れ出したイヴェットに、リルは問答無用で杖を突き付けた。それに、イヴェットが唾を呑んで固まる。


「おっと、流石に逃がすのは無理だ。大人しくして貰おうか?」


 それでもイヴェットは、リルを睨み付ける。何かを言おうと口を開いた瞬間、爆発が起こる前までイヴェットがいた場所近くの木が、ガサガサと音を立てた。

 それに、全員の視線がそちらに集まる。木の上から何かが落下した。よくよく見ると、それは人間であるらしかった。


「うそ、誰か巻き添えになってる……」

「あれは!」

「リル様のお知り合いですか!?」

「いや、違う。違うが、これこそ怪我の巧妙というのかもしれないよ」


 ニヤリとリルが嬉しそうに笑む。それに、シルヴィは不思議そうに首を傾げた。


「あの服装、間違いない。教会の過激派連中だ」

「リル様が追ってた人達ってこと~!?」

「その通りさ。よくやった、イヴェット。いや、イヴォンと呼ぶべきかな?」

「……っ!?」


 本名を呼ばれたからか、イヴェットの格好をしたイヴォンは息を詰める。一瞬で怯えたような表情になった。秘密を握られているというのは、恐ろしいことである。


「あら~、言っちゃっていいの?」

「あぁ、こうなってはな。最早、私の正体も含め隠す方が問題だろうからね」

「まぁ、リル様のいう通りですわね」


 イヴォンが完全に沈黙する。この状況から逃れる術を探しているのか。はたまた、戦意喪失してしまったのか。

 シルヴィがイヴォンに疑いの眼差しを向けた時だった。メインストリートの方角に複数の稲妻が落ちる。遅れるように雷鳴が轟いた。


「何だ!?」


 シルヴィには分かった。ルノーがこの戦いを終わらそうとしているのだと。

 恐怖は起爆剤に成り得る。それは、白銀のドラゴンとて同じであるらしかった。焦燥感を滲ませた咆哮が空気を震わせる。


「ソレイユ……!!」


 イヴォンの祈りにも似た声が誰かの名を呼んだ。それはきっと、あの白銀のドラゴンであるのだろう。

 ドラゴンから膨大な魔力が感じられて、ゾワリと肌が粟立った。ルノーの燃え上がるような赤い炎とは違う青白い炎が、白銀のドラゴンの口から漏れだす。


「ははっ、終わりだ! やっちゃえ、ソレイユ!!」

「……とめないと」

「はぁ? 命乞いか?」

「ルノーくんに喧嘩を売ったらそれこそ終わる!!」


 シルヴィが焦ったように立ち上がった。それに、イヴォンは目を丸める。


「リル様は教会の過激派さんを連れていきますよね?」

「そうだね。逃げられると困る」

「じゃあ、イヴォンさんは自力で走って!!」

「は、はぁ!?」

「ルノーくんは寛大とか言いつつ、埋まるか沈むかの選択権しかくれないの!! メェナにはそれすらくれなかったからね!?」

《左様でしたか……》

「ソレイユは負けねぇ!!」


 威勢よくイヴォンが叫ぶ。しかし、それにシルヴィが気圧される事はなかった。


「彼は、魔王だよ」


 静かな、静かな声だった。嫌に冷静なそれが、イヴォンの勢いを削ぐ。急激にイヴォンは不安感に襲われた。

 シルヴィの後ろで、ドラゴンが青白い炎を吐いたのがイヴォンの視界に入ってくる。しかし、イヴォンを真っ直ぐに見つめるシルヴィのやけに澄んだ瞳から目は逸らせなかった。

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