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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
111/170

36.モブ令嬢と開戦

 時は開戦から少し遡る。

 今日もベンチで魔法薬の勉強でもしようか。シルヴィは侍女としての役割を終えて、ナディアと隣り合って女子寮の廊下を歩いていた。


「シルヴィ様はこの後、何かご予定はありますか?」

「予定ですか? 特に重要なものはないですよ」

「でしたら、お茶会にご参加されませんか? ヴィオレット様が是非に! と、おっしゃられておりますの」


 是非にの圧が凄かったが、それを抜きにしても有難いお誘いだった。そのため、シルヴィは参加する旨を伝える。


「ロラ様やジャスミーヌ様、リル様にも声を掛けますか?」

「大丈夫ですわ。ヴィオレット様が、必ずやり遂げて下さいます。……おそらく」

「あぁ、なるほど」


 どうやらロラとジャスミーヌ、そしてリルにはヴィオレットが声を掛ける手筈になっているらしい。ヴィオレットのツンツン具合は、関わる内に緩和されてきており、少しのデレが現れだしてはいる。

 しかし、相も変わらず言葉足らずであるので、ナディアの心配も理解できた。まぁ、ロラやリルが一緒なら大丈夫なのではないだろうか。


「無事に誘えてると良いですね」

「参加して下さるのなら、後悔はさせませんのに」


 ナディアの淹れる紅茶は絶品だ。シルヴィも淹れ方を教えて貰ったが、どうにも同じにならなかった。奥深いものである。


「アミファンス伯爵令嬢、さん……?」


 言い慣れないのか、何処か自信なさげな声に呼び止められた。それに、シルヴィは足を止めて振り返る。


「……イヴェットさん」

「こんにちは」

「えぇ、ごきげんよう」


 このタイミングで声を掛けてくるなんて、嫌な予感しかしない。しかし、シルヴィは平静を装って、優雅に貴族らしく挨拶をしてみせた。

 それに、イヴェットは纏う空気を不機嫌なものへと変える。別に煽った訳ではないのだが。


「呼ばれてますよ」

「あら、誰にかしら?」

「さぁ? 私はただ、貴族のご令嬢に呼んでくるよう頼まれただけなので」


 これで、ついてくると思われているのだろうか。いったい、イヴェットにはシルヴィがどれだけ世間知らずに映っているのか。流石にあからさま過ぎる。

 とはいえ、ここで断って暴れられるのも困る。ナディアは何も知らないのだ。出来れば巻き込みたくはない。


「分かりました。でも、困ったわ。リル様に用事があったのに」


 シルヴィは心底困ったと言った表情を作る。そして、申し訳なさそうにポケットから手紙を取り出した。それをナディアへと差し出す。


「これをリル様へ渡さなくてはならなかったのです。ナディア様、どうかお願い出来ませんか?」


 先程まで、そのような話は一切していなかった。寧ろ、重要な予定はないとシルヴィは言っていたのに。

 それに、ナディアは何かを感じ取ったようだ。シルヴィと目を合わせると、しっかりと頷いた。


「お任せください」

「ありがとうございます」


 あくまでも穏やかに。いつも通りのやり取りであるかのように。シルヴィはニコッと優しげな微笑みを浮かべた。

 ナディアは手紙を受け取り、それを両手で大事そうに持つ。シルヴィへの心配をイヴェットに悟られないように、普段通りに歩き出した。

 これで、ナディアに危害が加わることはないだろう。そして、リルへの連絡も。ナディアなら問題なくリルに手紙を届けてくれる筈だ。


「じゃあ、行きましょーか。こっちです」


 イヴェットもナディアが邪魔であったらしい。ナディアの姿がなくなった事を確認するように、視線が一瞬シルヴィから外れた。

 シルヴィはその一瞬の隙を見逃さずに、身を翻す。今度はちゃんと走り出すことが出来た。


「あっ!? 待て!!」


 イヴェットが見逃してくれる筈もなく、後ろから追い掛けてくる。想定内だと心の中で呟いて、シルヴィは自身を落ち着けようとした。


「メェナ!!」


 シルヴィの呼び掛けに答えて、メェナが下から飛び出してくる。迷いなくイヴェットに向かって、魔法を放った。


「魔物!? クソッ!!」


 イヴェットは舌打ちすると、即座に杖を構えて魔法防壁を展開させる。


「“ミューデル”!!」


 光の魔力で作られたそれに、闇魔法であるメェナの攻撃は防がれてしまった。しかし、メェナは言われていた通り追撃はせずに、シルヴィの隣に並ぶ。


《申し訳ありません!!》

「大丈夫!! このまま一定の距離を保とう!」

《はい! 距離を詰められた際には、私がもう一度魔法を放ちますので!!》


 シルヴィは後ろを振り向き、イヴェットの様子を窺った。魔法を防いだイヴェットが走り出そうとして、ふらつく。


「はっ、うぅ……」


 イヴェットは苦しそうに壁に体を預けていた。そこで、“魔法を使うたびに、激痛が走る”とルノーが言っていた事をシルヴィは思い出す。

 思わず止まってしまいそうになった足を無理に動かして、シルヴィは前を向いた。今この時、この感情に価値などない。


「行こう! メェナ!」

《御意に!!》


 女子寮の廊下を走り続けていると、不意に《開戦!! 開戦でございます!!》というフランムワゾーの声が聞こえてきた。


「あー!! だよね!!」

《遂にですか!》

「尚更、捕まる訳にはいかない!」


 何とか自身の部屋へと辿り着いた時だった。何処からかドラゴンの咆哮が轟く。

 それに、シルヴィは驚いた声を上げながらも部屋へと飛び込んだ。メェナと協力して、扉にバリケードを作り直ぐに窓に近寄る。


「頼んだこと覚えてるよね」

《しかし、魔王妃様》

「絶対に、大丈夫だから。貴女が頼りよ、メェナ。やってくれるでしょう」


 メェナはこの状況でシルヴィを一人にしたくはなかった。しかし、命に従わないという選択肢などメェナには用意されていないのだ。


《必ずや!! どうか、どうかご無事で!!》

「任せて頂戴!」


 メェナを見送ったシルヴィは、部屋の窓を開け放つ。ここは、二階だ。少し高さはあるが、窓から逃げたという演出は出来なくはないだろう。

 瞬間、ドンッ! と扉を叩かれてシルヴィは肩を跳ねさせた。あの程度のバリケード、魔法を使えるイヴェットにとっては大したことがない筈だ。

 シルヴィはベッドに置いてあった兎の人形を掴むと、衣装クローゼットの中に滑り込む。人形を抱き締めると、きつく目を瞑った。

 あの日、ルノーは言っていた。“よく覚えておいてね”、と。ひそひそ話の内容を思い出していれば、バリケードごと扉を破壊したらしい轟音が耳を打った。それに、シルヴィは覚悟を決める。


「“助けてルノーくん”……っ!!」


 シルヴィの声は音に紛れて、誰の耳にも入らなかった。しかし、“ウサミ”だけは別である。それを合図に、人形から深い紺色の魔力が溢れ出した。それがシルヴィを優しく包み込む。

 木片を踏みつける音がして、シルヴィは悲鳴が出そうな口を自身の手で抑えつけた。どうか騙されて、真っ直ぐ外へと行って欲しい。


「……馬鹿にしてんのか」


 流石にそこまで甘くはなかった。シルヴィはなるべく小さくなり、更にウサミを強く抱き締める。

 イヴェットが乱暴にクローゼットを開け放った。何とか悲鳴は呑み込んだシルヴィだったが、これは確実に見つかっただろう。この状況から逃げるには、どうしたら。


「……いない?」

「……?」

「はぁ!? マジで窓から飛び降りたのか? 嘘だろ!?」


 イヴェットが慌てたように、クローゼットから離れていく。シルヴィは何が起こったのかと目を瞬かせた。

 シルヴィを探して暫く部屋の中を歩き回っていたイヴェットは、諦めたのか苛立たしげな声を上げる。そのまま部屋から飛び出していった。

 安心して気が抜けたシルヴィは、ズルズルと壁伝いにずり落ちていく。“逃げる”という行為が、これ程までに難しいとは。


「これは、落第点だ」


 伯母に顔向け出来ない。いや、いっその事これを機に伯母に弟子入りでもしようか。……何故だろう。父親に猛反対されそうな気がするのは。

 秘密にしたとしても、即座に気づかれそうだ。ルノーの言う通り、父親もアミファンス伯爵家の血筋ということなのだろうか。


「捕まらずに済んだのは、ルノーくんのお陰なんだろうな」


 いったいウサミに何の魔法を込めていたのか。おそらく出発の日、あの時に腕輪と同じ鉱石か何かを人形に仕込んだのだろうが……。


「どうやってよ」


 まぁ、ルノーならば魔法を使えば簡単にやってのけそうなので、考えるだけ無駄か。


「せめて何をしたかくらいは、聞き出すべきだったなぁ」


 ひそひそ話の内容はこうだ。“ウサミに贈り物をしたんだ。困った時は、ウサミにこう頼むといいよ。『助けてルノーくん』、と”それだけ。

 イヴェットには、シルヴィの姿が見えていないようであった。考えられるとすれば、目眩ましの魔法の類いだろう。

 ひとまず言えることがあるとするならば、“攻撃魔法ではなくて良かった”である。可愛いウサミの目からビームなど、勘弁して欲しい話だ。

 シルヴィは溜息を吐き出すと、ぼんやりとクローゼットの天井を見上げる。そんな場合ではないのは分かっていたが、少しだけでいい。休憩したい気持ちが勝った。

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