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10.魔王と欲深な隠し事

 偶然だった。ルノーが彼女に出会ったのは。

 ルノーが人間として生を受けて、五年。冬になれば丸六年になろうとしていた。当時、ルノーは既にその生に見切りを付けようとしていた。

 人間は、酷く欲深で面倒な生き物であった。汚い。醜い。世界はいつもそんなモノだ。つまらない毎日など、ルノーにとって何の価値もなかった。

 ただの暇潰しだった。目の前に地図があったから。ルノーは何となく、目についた領地に転移してみたのだ。

 静かな森。風が木々を揺らすから、木漏れ日がそれに合わせてチラチラと光っていた。

 森から出る道と入る道があったから、ルノーは入る道を選んだ。森の奥へと続く一本道を特に目的もなく歩いていく。

 大きな木だった。一際目立つその木に何気なくルノーは焦点を合わせた。合わせて、少し驚いた。

 少女がいたからだ。太い幹に座って、ぼんやりと遠くを見ている少女。貴族の令嬢なのか、ドレスを着た少女は一人のようであった。

 焦げ茶の髪色は魔力がないことを示していた。ならば、少女はあそこまで自力で登ったのだろうか。

 ルノーは何をしているのか聞いてみたくなった。なぜ態々、木に登ったりしたのか。木の側に近付いても、少女がルノーに気づく事はなかった。

 木漏れ日の中の少女は、普通の少女に見えた。焦げ茶の髪は、影の部分は黒に見える程で、日の光に照らされると茶が混じっていると分かる。


「きみ」


 気づけば声を掛けていた。少女は驚いたように肩を跳ねさせ、真ん丸の瞳をやっとルノーに向けた。

 澄んだ黄緑色の瞳だった。悪意を知らないような。そんなものはないとでも言うような。そんな瞳をしていた。

 その瞳がキラキラと輝く様は、ルノーを不思議な気分にさせた。少女は何でもないことを凄いと言った。普通なものを綺麗といった。

 ルノーにとって代わり映えのない汚く醜い世界が、彼女には全くの別物に見えているようであった。理解は出来なかった。

 しかし、悪くはないと思った。彼女が世界は美しく綺麗だと言うのなら、そうである気がしたからだ。

 彼女が瞳を輝かせて、煌めかせて、嬉しそうに、楽しそうに、笑うのなら。世界はきっと、そう悪いものでもないのだろう。


「ルノーくん」


 彼女はルノーをそう呼ぶ。彼女がそう呼ぶのなら、ルノーのままでいようと思った。


 彼女は自分に向けられる悪意に疎かった。ぼんやりしているのは、彼女の良いところで悪いところだった。

 けれど、彼女は向けられている悪意に実は気づいていたらしい。気づいた上で「でも、魔力なしは事実だもの」と相手にしていないようだった。

 その時に、ルノーは彼女に売られた喧嘩は全て自分が買おうと決めた。しかし、「物理的に消すのはどうかと思う」と反対された。


「君が望むなら首を並べてあげるよ」

「いらないです」


 全力で首を左右に振る彼女を見て、この子が欲しがらないなら僕もいらないな。嵩張るからね。などと考えたが、口に出すのは何となくやめておいた。

 ならば、社会的に消すまでだ。公爵家の地位や今まで習った知識を上手く使えば容易いことだと感じた。


 悪意が彼女を襲った。今まで感じたことのない怒りだった。殺してやると思った。

 ルノーは彼女が関わると、時折感情の制御が上手く出来ないことがあった。人間という器に対して魔力量が膨大だからだろう。それにより魔力も不安定になるようで、気づけば何かを爆発させてしまっていた。

 それが、まさに起こってしまった。自分の意思に反して爆発するのに、更に苛立つ。狙いが上手く定まらない。逃がさない。殺す。


「いっ!!」


 彼女の呻く声に、はっとした。


 彼女が気を失ったあとの記憶は酷く朧気で。気づけば、ルノーは公爵家の自分の部屋にいた。

 自分を見上げて息を呑んだ彼女の顔が頭にこびりついて、離れなかった。怖いと思った。しかし、何を恐れているのかは分からなかった。

 ダメなことだとは理解していた。理解はしていたが、ルノーは彼女の部屋のバルコニーに転移した。部屋に誰もいないことを確かめて、魔法で鍵まで開けて、部屋に入っていた。

 彼女が目覚めるまで、何度かそれを繰り返した。何をするでもなく、眠る彼女を眺めて帰るのだ。生きていることが確認出来れば安心した。

 その日も、同じだった。しかし、いつもの場所に彼女の顔はなかった。掛け布団の中に埋まる彼女に不安と期待が同時にきた。


「ルノーくんが魔王?」


 くぐもった声だった。しかし、はっきり聞こえたのはバレたくなかった“本当”だったからかもしれない。

 ルノーは再び怖いと感じた。彼女が離れていく気がした。それならば。そうなるなら。自分から手を離した方が良いと思った。

 ルノーが掛け布団を捲るよりも早く、彼女が急に起き上がったので、ルノーはビクッと体を揺らしてしまった。

 彼女は夢を見たのだと言った。ルノーが魔王に、ドラゴンになる夢。「それで、」そこで言葉を切った彼女は、急に泣きそうに顔を歪めた。


「いかないでしょ?」


 何のことか分からなかった。


「どこにも、いかないよね?」


 縋るように力が込められた手が。震える声が。ルノーを得も言われぬ気持ちにさせた。

 欲しい。ルノーは心の底からそう思った。

 目の前の少女が、シルヴィが、欲しい。手に入れたい。誰にも渡したくない。あぁ、そうか。そうしよう。

 手に入れればいい。ルノーはうっとりと微笑んだ。

 なるほど。人間とは、欲深で面倒だ。自分も、随分と毒されたらしい。いや、“人間らしくなった”ということにしておこう。

 魔物はもっと単純だ。欲しいなら無理矢理にでも自分のモノにしてしまえばいい。このまま連れ去ってしまえばいい。

 しかし、ルノーはそれでは物足りないと思った。思ってしまった。どうせならば、全て欲しい。シルヴィの全てが欲しい。

 体も心も、笑顔も声も、煌めく瞳も、全て。閉じ込めるのは勿体無い。それでは、手に入らないものが多すぎる。ならば、手を考えなくてはならない。あぁ、なんて欲深なのだろうか。


「さて、どうしようかな」


 シルヴィと別れて自室に戻ってきたルノーは、ソファーに腰掛けて足を組んだ。思案するように目を伏せると、肘掛けに腕を置き、指先で肘掛けをトンットンッと規則正しく叩く。

 邪魔なのは、間違いなく“あの人”だ。ルノーの父親。フルーレスト公爵。

 それと、ファイエット学園。シルヴィは普通科。ルノーは魔法科。只でさえ学年が違うと言うのに、学科まで違うとなると会える時間が減る。


「この髪色、いらないな」


 そうだ。髪色。それと魔力。これらがなくなれば良い。

 シルヴィならば、きっと大丈夫だろう。こんなものがなくなっても、離れてはいかない。……はずだ。

 ルノーは溜息を吐く。これが最後だ。彼女を試そう。

 それでも自分といてくれるなら、話してもいい。ルノーの“本当”を。


「手を離した方がいいよ、シルヴィ。僕から逃げた方が君は幸せになれる」


 自嘲気味にルノーは笑う。逃げて欲しくなどないくせに、と。


「シルヴィ……」


 それは、酷く特別な響きでもってルノーの口からこぼれ落ちた。

 それを遮るように、扉をノックする音が耳を打った。ルノーは不愉快そうに目を細める。


「なに?」

「ルノー様、お客様がお見えです」


 ルノーの不機嫌を感じ取ったらしい使用人は、ちゃんと部屋の外から用件を伝えた。


「だれ?」

「ディディエ・オーロ・ガイラン様です」


 ガイラン公爵家の令嬢ではなく、令息? ルノーは珍しい人物が来たものだと考えを巡らした。目的は何か、と。


「いいよ。通して」

「畏まりました」


 面白い話であるならば、聞くくらいはしても良い。ルノーは再びノックされた扉へと、視線を向けた。


「どうぞ」

「失礼致します」


 ディディエが畏まって部屋へと入ってくる。真剣な瞳を向けられたが、ルノーはゆるりと笑みを返した。


「用件は何かな」

「はい。ルノー様に折り入ってご相談とご提案をしに参りました」

「ふぅん……。自信があるなら聞くよ」


 ルノーの態度に、ディディエは気圧されて少し怯んだようだった。しかし、覚悟を決めたように背筋を伸ばす。


「勿論、自信があるので伺いましたから」

「それは、いいね。場所は?」

「人はいない方が有難いです」

「なら、ここで聞くよ。ここが一番、人が来ないからね」


 ディディエは緊張したように、話を始めた。

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