31.ヒロイン倶楽部と聖具
風が気持ちいい。迎えた週末は、お出掛け日和の晴天であった。
リルが浮かせるホウキの前に大人しく座り、シルヴィは眼前に広がる景色に感嘆の息を吐く。練習で何度か乗ったが、毎回感動してしまうのだ。
因みに、シルヴィが最初に乗ったのはルノーのホウキである。何故ならリルのホウキに乗せて貰うとウキウキで話したら、勢いよくルノーがスプーンをへし折ったからだ。
ルノーとの空の旅は頗る楽しかったし、安全運転で飛行酔いもなし。ルノーもご満悦であったので、話して良かったとシルヴィは思っている。危なかった。
「ロラ嬢、ジャスミーヌ嬢、平気かな?」
「やってやるわ~!」
「あのスパルタの成果をご覧遊ばせ!!」
言葉の通りに二人は、危なげなくホウキをコントロールしている。シルヴィは猛特訓の日々を思い出して、感動でちょっと泣きそうになった。本当にリルはスパルタだったのだ。
「少し距離がある。最後まで気を抜かずに行こう!!」
「は~い!」
「頑張りますわ!」
シルヴィは間違っても落ちないように、ホウキの柄をしっかりと持つ。とはいっても、リルが後ろから片手で抱き締め支えてくれているので、安定感も安心感も問題ないが。
暫く飛び続けていると、森が見えてきた。リルの出した指示に従い、皆その森の入口に着地する。
「ここですの?」
「あぁ、この森にダンジョンが隠されている」
「そうそうそう! ここよ~!」
「さぁ、行こう。夜を明かす場所は、ダンジョン内の方が安全だからね」
リルについて、森の中へと足を踏み入れた。滅多に人は寄り付かない森だとリルは言うが、不思議と獣道などではなく。まるで丁寧に手入れが施されているような。そんな道を四人で進んでいった。
「逆に心配になってくるレベルで、何にも起きないですね」
「だから、危険なことはないって言ったでしょ~」
「凄いですわね。獣か魔物か……。飛び出してきてもおかしくはありませんのに」
ジャスミーヌの言う通りだと、シルヴィは首を上下に振る。まるで、何かに守られているかのようだった。
「不思議だ……」
「……? リル様?」
「何かに呼ばれているような感覚がする」
リルが前だけを見据えて、そう溢す。それに共感出来るのは、ロラだけであった。
「分かる~。私もそうだったから。聖なる剣もようは聖具の一種な訳だけど~」
「持ってきていましたわね」
「まぁ、使わないとは思うけど~」
街で魔物と出会した場合を考慮して、聖なる剣を持っていくようにフレデリクに言われたそうだ。
ロラの瞳の色と同じ薄い桃色の美しい細剣が、ロラの腰に吊るされている。そこにあるのが常だと言わんばかりに、剣が煌めいた。
「今から行くダンジョンにあるのは、指輪よ」
「装備すると、光魔法が強まる。正確に言うならば、純度が跳ね上がる指輪だね」
「一定のレベルに到達してないと駄目なんだけど、そこは心配いらないかな~」
リルならば、軽く越えているだろう。満場一致であった。
「ダンジョンは、光魔法の結界で守られてるのよね~。間違っても、選ばれていない者が足を踏み入れないように」
「ヒロインしか、聖具には触れられないんですよね」
「そうで~す」
やはり、ヒロインにはヒロイン足る理由があるのだ。その特別が、プレイヤーに幸せをもたらしてくれる。
「大分、歩いたな」
「日が傾いてきましたね」
「本来であれば野営のスチルがね~。最高なんです」
「誰が一番ですか?」
「トリスタン様ですわ」
「それは、結構な幻覚見てるから~。ないから~」
「あぁ、やはりそうだよね。一瞬、あったような気がしたよ」
「わたくしには、見えております」
ジャスミーヌのぶれないトリスタン過激派具合に、一番は禁句だったなとシルヴィはちょっと反省した。
「そうだなぁ。野営のシナリオでは、ランメルトのスチルが私はお気に入りだったな」
「無印は勿論、フレデリク様だけど……。2では、マリユス様かな~」
「ロラ様の2での推しは、マリユス様だったんですか?」
「ふふっ、実はね~。だって、いい男でしょ~」
「勿論、マリユスはとても良い子だ」
「なんか違う気がする~」
ロラとリルのマリユスに対する印象は、少々食い違っている気もするが。概ね一緒ではあるだろう。
「だからこそ! ヴィオレット様とお幸せに~って応援してるの!」
「フレデリク様一筋ですものね」
「浮気は駄目よ~。ね? シルヴィ様」
「何で私に言うんですか……」
「シルヴィ嬢が浮気したら、世界が滅ぶのでは?」
「重い……。あのですね。言っておきますが、私だって浮気はしません。誠実な筈です」
「そこは、言い切って欲しい~」
そんな事を言われても、未だに恋愛は難しくて理解しきれていないのだ。恋に溺れるみたいな感覚も未経験であるし。
「アミファンス伯爵家は一途だと、伯母様が言ってました」
「確かに、そのような事を言っておられたような気はしますわ」
「シルヴィ様は?」
「わ、私はですね。初心者ですので……」
「言い方よ」
「“気になる人”から、始めてみようかと」
「なるほど~」
「ルノー様なら、気長に待ってくださいますわよ」
「そうね~。“気になる人”だけでも、辺り一面爆散しそう」
「どうしてそのような事に……」
三人の会話を黙って聞いていたリルが、困ったようにしながら口を挟んだ。それに、三人がパチクリと目を瞬く。
「言ってなかったでしたっけ?」
「魔王ルートは、【1トキメキ、1爆発】なの~」
「ワン爆発とは??」
「ルノー様の周りの何かが爆発するのですわ」
「そう、なのか」
「バリバリのハードモードよ~」
「しかし、そのような話は入ってきていないが……」
不思議そうに首を捻ったリルに、シルヴィはそう言われればそうだなと思案する。この国に足を踏み入れてから今この時まで、ルノーが何かを爆発させた記憶はなかった。
「もしかして、普段からやれば出来るのでは?」
「……何ですって?」
「確かに、一回も爆発してないかも~」
「では何故、普段からしないのです!?」
「んー……。甘え、とか?」
何かを爆発させたとしても、ディディエやガーランドが消火してくれる。フレデリクやジャスミーヌから小言は飛んで来るが、本気で怒っている風でもない。許して貰えるという明確な甘えが、ルノーの中にあるのではないだろうか。
「それって~、シルヴィ様がちゃんと怒ればなくなるって事じゃない?」
「……私ですか?」
「この国でしっかり出来ているのは、シルヴィ様のため以外に何があるとお思いなのです?」
「自分で言っておいて何ですが……。甘えられる場所があるのは、良いことだなぁと。なので、爆発しても」
「良くはなくってよ」
「ですよね」
まぁ、それはそうだ。婚約の条件でもあるし、やはり爆発は駄目だろう。シルヴィは最初から通るとは思っていなかったので、素直に考えを改めた。
「しかし、まぁ……。辺り一面爆散する可能性があるのなら、さっきの会話は知られない方がいいのではないかな?」
「ルノー様には申し訳ないけど、私達だけの秘密にしときましょ~」
「い、言いませんよ。そんなの本人に……」
「やだ~! シルヴィ様ってば、可愛い~」
「本人に言ってこそ、意味がありますのよ」
「ジャスミーヌ嬢のガンガン行こうぜも良いことだけどね」
「人それぞれよ~」
言わなくて良いことまで言ってしまったと、シルヴィは溜息を吐き出した。まぁ、ルノーの耳に入らないのならそれでいい。
話の矛先がシルヴィからジャスミーヌに変わっていった。ジャスミーヌがトリスタンに、「気を付けてください」と送り出されたことを嬉しそうに話している。
それに、どういう意味での気を付けてくださいなのだろうかとなったが、シルヴィもロラも野暮なことは言わないことにした。
「あら~?」
「開けた場所に……」
「うん、出たね」
「リル様、ここが?」
「あぁ、到着だ」
唐突に、神殿を思わせる建物が目の前に出現する。荘厳な雰囲気に、シルヴィは圧倒されて唾を呑んだ。